第53話 恋の事実 1

「すげー、すげー」


 マイシがずっと繰り返して言っている。もう何度この言葉を聞いたことか。そんなに下を見ていないで、前を見てブラックを操縦して欲しい。って、龍って、別に操縦しなくても賢い生き物なので、ちゃんと言われた所へ行ってくれるけれど。マイシと私の乗っている前方に、タケルイとサファイア。後ろにダニーとスカイ。私達は雲の上をものすごい勢いで飛んでいたから下からは見えなかったと思う。

 でも今は王都に近づいてからは、高度を下げてゆっくりと飛んでいる。こうすることで、龍姫が無事なことと、この国に三匹の龍がいると言うことを知らせる。そして神殿の人達が私達のいきなりの帰りに驚かないために。ダニーがそう提案した。その異見をを聞いた時はいい案だと思ったけれど、マイシの今の様子を見ていてその案が適切じゃなかったと思える。


「マイシ、危ないよ」


 一応注意をしてみたけれどマイシは「大丈夫」と言って下を見ている。確かに猿のマイシには大丈夫かもしれない……。


「マイシ、私達が住む所に着くよ」


 私達は龍屋敷の庭へ降りた。マイシがいたから人しか出入り出来ない龍屋敷の庭へ降りた。この庭は龍が降りれるようにかなり広い面積だけれど、流石に龍が三匹だといっぱいに場所を取って狭くなる。特にこのブラック。どうして、三番目の龍と龍騎士が、こんなんだろうと思う。


「ミーナ」


 屋敷からクレイさんが駆け寄ってくる。クレイさんは涙を流しながら、龍から降りた私を抱きしめた。私もクレイさんに抱きしめられてやっと安心して身体の緊張をほぐした。確かに龍騎士のタケルイとダニーがいたけれど、クレイさんとは違う。なんか家に帰って来た子供の安心さを感じる。


「クレイさん」


「ミーナ、お帰り」


「ただいま」


 嬉し涙が出た。クレイさんは何も言わないで、私を抱きしめて髪の撫でてくれた。


「ミーナ。無事でなによりだった」


 クレイさんんから離れた後隣で自分の番を待っていたバロンさんが私の頭をくしゃくしゃした。


「安心しろ。あのダラシナイお前の龍騎士達は、今度こそはしっかり教育し直すからな。ミーナを失うなんて言う失態してからに。それに、勝手に失踪なんて無責任な行動するなんてな。そんな若造達には俺は大事な娘をあげられない!」


 バロンさんが、わざわざダニーとタケルイの方を向いてデカい声で宣言する。ダニーとタケルイは、周りに寄って来た人達に助けを求めるような顔をしたけれど皆バロンさんに賛成して頷いている。


「ところでこの龍は、どうしたんだ?」


 バロンさんがブラックを見て言った。


「あっ、それは第三騎士の龍」


「そうか」


 バロンさんは分かっていたみたいであまり驚かない。


「バロンさん、あの龍、火を吐くの」


 きっとバロンさんが驚くと思ったのに、


「そうか」

と言う返事だけだった。


「サファイアは、水を吐きます」


 タケルイが続けて言った。


「スカイは激しい風を吐きます」


 ダニーが教えてくれた。


「……そ、そうなんだー」


 なんか龍について、何も知らないのは私だけなんだ……。


「それで、この黒龍の騎士はどこだ?」


ーーあれ、もちろん私の後ろにいるマイシに気付いていると思うけど。


「あっ、この人」


 私は後ろにいるマイシを引っ張って、バロンさんの前に立たせた。マイシはブラックから降りてからも、「すげー、すげー」と言ってあっちこっちキョロキョロしている。


「はっ?」


 バロンさんが驚いた声を出してマイシを見ている。ううん、バロンさんだけじゃない。私達の会話を静かに聞いている周りの人達は、目を点にしてマイシを見ている。


「オイ、ミーナ。龍騎士には男しか選ばれないって決まっているんだぞ。そんな冗談を言っている暇はない。龍騎士はどこなんだ?」


 バロンさんが聞く。


「俺は、男だ!」


 てっきり周りを見ていて、話を聞いていないと思っていたのに。マイシがバロンさんを睨みつける。マイシの声は、まだ少年のような声だから中世な感じがする声だ。まだ声変わりしていないに違いない。って、ことは、龍騎士さんは今のままの姿のままだから、マイシって声変わりもしないで、一生あのかわいい美少女ってことなの? 


 私はあんな美少女の隣に一生いないといけないの? く、比べられる。って、私はミーユの姿だったんだ。なんかミーユの姿でよかったかも、もし美奈の普通の顔だったら……。いけない、美奈は、美奈で普通の顔だったけど、それなりに愛嬌のある顔だったと思う。


「……はあ」


 バロンさんが言葉を失っている。


「だから、俺は男だ! だから、俺を襲うなよ!」


 マイシが大きな声で言った。


「……」


 バロンさんが今度こそ声を失った。


「お、お、俺がお前を襲う?」


 やっと声が戻ったバロンさんが、マイシに聞いた。


「ああ、こう言う毛もじゃな奴に限って、性欲旺盛だからなあー。俺も逃げるのに苦労したよ。なあ、ミーナ。ここ本当に安全なのか?」


 プルプル奮えているバロンさんを無視して、マイシが聞く。私はバロンさんが怖くて、怖くて。私はダニーとタケルイに助けを求めた。あいにくタケルイは、側近達に囲まれて説教を受けていた。でも私達の様子を見ていたダニーが、神妙な顔で私達の横へ来てくれた。


ーーダニー、ありがとう。


 やっぱりダニーは大人。きっとバロンさんを抑えてくれるかも。


「オイ、俺がお前を襲うって言ったのか? 俺は神官だ。そんなことはしない。ましては相手が男」


 バロンさん、怒っているのけどたくさん人が見ているので、落ち着いた態度でマイシに話しかけている。


「ん? そっか、あんた男のケツは嫌な奴なんだなあ。そうか、よかった。って神官って何?」


ーーケツって……やばい、バロンさんの顔に青い筋がー。


「てっめー」「バロン様、マイシは流刑の島出身で一般常識と言うものがないのです!」


 バロンさんが怒り顔だ。マイシにゲンコツをあげようとした手をダニーが止めてくれた。マイシはケロンとした顔でバロンさんを見ている。その無邪気な顔がまたかわいい……。


「流刑の島出身……マイシって、こいつの名前か?」


 ダニーの声を聞いて、少し落ち着いた感じのバロンさんが聞いた。


「ああ、俺マイシって言うんだ! かっこいい名前だろ? 俺のじっちゃんから名前もらったんだ! 俺のじっちゃん、騎士なんだぞ! 俺も騎士になったんだー。すげーだろ!」


 マイシが胸を張って言った。


「マイシ……騎士……ああ、いい名前だ。とってもいい名前だ……」


 そう言ったバロンさんの声が寂しそうだった。バロンさんの顔も悲しそうな顔をしている。


「マイシ」


 バロンさんが何度かマイシの名前を呟く。そして、マイシに言った。


「お前がその名前に相応しくなるように、俺が特訓してやる! その前に、ダニー、これまでのことを報告しろ。ミーナはそのガキなお前の旦那に部屋を案内しな!」


 バロンさんがそう言った。ダニーさんはしぶしぶとバロンさんの後を付いて行く。どうやらバロンさんの最初のターゲットは、ダニー。タケルイは側近達に囲まれて屋敷へ連行された。本当にタケルイが逃げられないように四方をしっかり固められている。



 私は今だに「すげー、すげー」と屋敷を見ているマイシを引っ張って屋敷の中へ入った。もちろん屋敷の中でも「すげー、すげー」とマイシがずっと言っていた。通りすがり使用人達が「ご無事でうれしく思います」とか、「お帰りなさい」と温かい言葉をくれる。何人かの人達は涙を流していた。皆は龍姫として私の帰りを喜んでいるのかもしれないけれど、私は嬉しかった。

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