第47話 恋の冒険 3

『ギャーギャー』


 空からすごい音がしたので、「はっ」として目を開く。そして空にいる物を見て、さらに目を見開く。


『ギャーギャー』


「なんだー!?」


 私の服を脱がせようとしていた猿も、その音にびっくりして私から離れて空を見た。


「なっ、なんだよ。あっ、あれ、一体、何だよ」


 猿が驚きながら、後ろへ後ずさり私達の真上でぐるぐる回っている生き物から逃げようとしている。


「龍……」


「はあ? 何それ!? それより逃げるぞ。あいつの口見てみろ。歯、歯が、行くぞ。俺が抱っこしてやるぞ。あいつは、まだ俺達を食べる気はなさそう。くそー逃げきってみせる。行くぞ。俺が合図したら、立ち上がれ!」


 猿が小さい声で私に命令した。猿はなぜかこんな危険な状況でも落ち着いて判断出来る性格みたい。でも、私には今危険でないと知っている。


「あっ、あのね。あれは、龍。龍は、龍姫の私には危害を加えないの」


 私が立ち上がりながら、猿に言った。


「はあ~? あれって、お前の物なんか?」


 龍が私の物と言われても、どう答えていいか分からない。


「あっ、えとね。あの、多分、あの龍は、あなたのだと思う……」


 空に飛んでいる龍は、サファイアでもスカイでもない。サファイアは、ミーユの目の色でスカイは、ミーユの水色と銀色の髪の色。そして体系も、かわいいサイズ。でも今私達の真上をぐるぐる飛んでいる龍は……真っ黒。黒い。そして、デカい。目が真っ赤で、私達を見ている目が怖い。多分別に私達を睨んでいる訳じゃないと知っているけれど、睨まれている気になる。


ーー恐ろしい。


 龍を差別にすべきじゃないけれど、ついそう思ってしまう。


「はあ? 俺のじゃないよ」


 猿が私の横に立って言った。


「えとね。あの生き物は、『龍』と呼ばれる生き物で、この世の『神の使い』と言われている生き物なの。  龍はこの世界にいる『魔獣』と呼ばれる生き物を倒すことが出来る生き物なの。魔獣自体、どうして、どこから来たとか分からないけれど、魔獣は人を襲うの。人の敵。だから、龍は人にとって、尊い存在。そして、この龍に選ばれる人達がいるの。この世界に、龍に選ばれる人がいるの。女の人は、『龍姫』と呼ばれ、男の人は『龍騎士』って呼ばれるの。私は、その龍姫であなたは、龍騎士。あの龍は、あなたの龍。パートナー。つまり相棒。あなたを乗せてくれる龍よ」


猿がしばらく私の言葉を理解しようと考えている。


「俺が騎士……じっちゃんのように騎士になれるんだ……」


 猿がいきなり拳をプルプル震わせて呟いた。


ーーまあ、騎士だけど、龍騎士だよ。じっちゃんの騎士とは違うのに……。


「あのー、龍に降りてくるように言って?」


「ん? なんで俺が?」


 首を横に傾げて聞くのは可愛いけれど……タケルイもダニーも龍のことが自然に分かると言っていたのに、なんでこの猿には分かんないのだろう……。


「だーから! 呼んでみて!」


 イライラして、つい叫んでしまった。


「オイ、こ~い~」


 と、デカい声で叫んだ。


ーー耳が、い、痛い。ま、まさか、叫ぶなんて……


「そんなにデカい声出さなくても、龍と龍騎士はお互いに離れていても意思疎通出来るの!」


「いしそつう? なんで聞こえるの?」


ーーダメだ。イライラする。なんで、この子が龍騎士なの!って、この子が、私の旦那!?


 私はとても不安で、なんか絶望的な気持ちになった。


 龍がゆっくりと降りてくる。近づくにつれて、この龍の大きさが分かる。てっきりサファイアとスカイの二倍だと思っていた。でも三倍の大きさ。怖くないと分かっているけれどその大きさに圧倒される。

 龍の鱗はオニックスのようにキラキラ光っている綺麗な黒だった。私はてっきりこの子の名前は、オニックスと思ったけど口から出た言葉は違っていた。


「あなたの名前は、『ブラック』」


 この命名も、私の意志に反する。


『ギャーギャー』


鳴き方も全然可愛くない。サファイアとスカイの鳴き方は、可愛かったのに。


『ギャーギャー』


と、鳴いた後にあのすごい牙のある口を思いっきり見せる。人をビビらせた後に鼻を私にすり寄せる。『撫でろ』と言っているのは、分かるけれど……あんまり撫でたくない。サファイアとスカイは、つい可愛くて触りたくなるけれどこの龍は……。絶対に極道の方々に大変好かれると思うけれど、乙女達は一斉に逃げていくと思う。


 仕方なく恐々と撫でる。


『ガーガー』


 今度は『ギャーギャー』が『ガーガー』になって、ますます怖い上に耳が痛い。


「お前、可愛いなー。ブラックって言うのか? なんかカッコいい名前だなー」


 猿がブラックを触りながら言った。


ーーど、どこが、可愛いの!?


と聞きたかったけれど、ブラックが怖いので止めた。


「俺もやっぱり騎士になったから、『猿』って言う名前はよくないなあ。やっぱり、もっとカッコいい名前にしないといけないな……う~ん、何にしよう」


 猿が始めてまともの異見を言った。でも、名前なんて今更と思ってしまうの。だって、私の中で『猿』は、『猿』になってしまったし。


「う~ん、そうだ! 決めた!」


ーーはっ、早い!


「俺の名前は、『マイシ』マイシだ! じっちゃんの名前。騎士になった俺に、ぴったりだ!」


 猿がそう言って、うれしそうに浜辺を飛び回った。バック転をしたり、走ってヤシの木に登ったりして


「俺の名前は、マイシだー。カッコええー、俺は、騎士だー。じっちゃんと同じで正義の騎士だー」


 と叫んでいる。


『ギャーギャー』


と、ブラックも叫んでいる。これが、神殿の広場でなかっただけでもよかったかも。もし国民達が、こんな龍と龍騎士を見たら不安になると思う。ううん、それか可愛い少女が無邪気に遊んでいるように見られるかのどっちかかも。


 私は猿を見ながら、なるべく猿に龍姫と龍騎士の関係について説明しないことに決めた。この猿には、龍騎士の説明の前に人としての、ううん現代社会の一員としての教育を受けるべきだと思う。


「オイ、あのさー、ちょっと聞きたいんだけど」


 今まで飛び跳ねていた猿が、いきなり目の前に来たので、びっくりして後ろへ下がる。どうして、この猿はいきなり目の前で話すのだろう。


「なっ何?」


ーーびっくりしたー。


「あっ、あのさー。俺が騎士になっても、人助けれないよ?」


猿が真剣な顔で言った。


「っえ! どうして?」


「だって、俺ここから出られないもん!」


「ここって?」


 猿がため息をついた。


「はあ、ここって、ここだろ。この島だよ。この島は、海流で外へ出れないんだ! 舟はお前が乗っていた舟があるが、今まで外に出ようとした奴は波に流されてこの島へ戻ってくる。まあ、戻ってこれた奴は運がいいが、海流に巻き込まれて舟が沈んでしまった奴の方が多い。だから、俺達がここから出るのは無理なんだって。だから、俺は騎士になれない……ち、ちくしょうー。俺だって、この島から出たいんだ!

 じっちゃんが、この島の外はたくさんいい人がいるって言っていた。殺し合いをしなくて、いい世界があるって言ったんだ。服も綺麗な物があるって言っていた。ああ、あんたの着ているみたいな綺麗な服が!」


 私は何も言わずに、猿を見ていた。可愛い綺麗な顔に、ボロボロのあっちこっち穴の開いている擦り切れた茶色の簡単な形のズボンとシャツを着ていた。


「別に着るもんは、みんな死んだからかなりあるが。俺は、じっちゃんみたいに剣を持って、悪い奴を倒すんだ……。お、俺は、こんな所に生まれたくなかった……外の世界へ行きたい……」


 猿の、ううん、マイシの寂しい願いだった。私はこの犯罪者達の中に生まれたこの綺麗な少年のことを愛おしくなった。

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