第48話 第三の龍騎士

「マイシ」


「っえ! 俺の名前、お、俺の名前。もう一度、呼んでくれ!」


 マイシがうれしそうな顔で、自分の名前を呼んでと言った。


「あっ、ええ、マイシ」


「そうだ。俺の名前だ。俺は、猿じゃない! マイシだ。って、オイ、ごめん! 俺は、お前のことをお前って呼んでいた! やっぱりちゃんと名前を呼ばないといけないよな。名前なんだ?」


 マイシが私に尋ねる。


「ミーナ。ミーナよ」


「みーなー。ミーナだな。ミーナとマイシだ。俺達は、二人で仲良くここで暮らすんだ。結婚するんだ。ブラックも一緒。よし、早速体を合わせるよ。行くぞ、ミーナ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 今まで可哀想とか、素直だとか同情して損をした! なんでこんなにエッチなことしたがるの?




「ちょっと、待ってよ! ブラックに乗ればいいのよ! 私達はここから、出られるのよ。ブラックに乗って空からこの島から出られるのよ!」


「えっ、俺達、ブラックに乗れるの?」


 マイシが立ち止まり尋ねる。きょっとんとした顔をしている。


「ええ、私とマイシには、この龍に乗ることが出来るの」


「俺が空を飛ぶ……この島から出られる……」


 マイシは、ブラックを見つめていた。


『ギャー』


 ブラックがマイシに答えた。きっと自分に乗ってと言ったと思う。


「ほら、ブラックも早く背中に乗ってって言っているよ。ほら、乗って早くここから出ましょう」


 私はなるべく早くここから出たい。今頃私を心配してダニーが絶対に私を探し回っているだろう。舟では私は死んでもいいと思ったけれど、よく考えてみたら私が死ぬと言うことはタケルイもダニーも死んでしまう。


 一刻も早くダニーに、私の無事を知らせたい。


「ちょっと、待った。俺、家に戻って取ってくるのがあるし……それに、じっちゃんや俺の兄弟達に別れを言ってくる」


ーーああ、そうだった。マイシにも出かける準備があるんだ。




「本当に落ちないよなあ?」


 マイシが聞いた。さっきから何度も同じ質問をする。


「龍騎士は、龍のことを自然と分かるのに、何でマイシには分かんないの?」


 本当に不思議。タケルイもダニーも、自然に乗り方を知っていたのに。



「すげー、すげー、この島ってこんな形してたんだー。すげー、ブラックって早いなー、あっ、あそこだー。あそこの山のてっぺん。ほら、でっかい木が見えるだろう。あそこが俺の家だ。ブラック、あの木より下の方に開いた場所があるからそこに降りろ」


『ギャー』


 ブラックがゆっくり地面に降りた。


「お前は、すげーなあ。俺はお前に出会えてうれしいよ」


 マイシが、ブラックを撫でながら言った。


『がー』

と、ブラックが可愛くない声で鳴いた。


「ちょっと、ここで待っていろよ。俺すぐ戻ってくるから」


 マイシがブラックに言ったので、私もその言葉に従った。


「オイ、お前来るんだよ。じっちゃんに会いたいだろ」


 マイシが私の腕を掴んだ。


ーーそうだね。きちんとお墓参りをしないと。


 私はマイシに引っ張られながら獣道を登る。本当にどこかのジャングルに迷った気になる。


「ホラ、ここが俺の家。すげーだろう?」


 目の前のあばら小屋を指してマイシが言った。


「あ、うん」


 マイシの言う「すげー」の意味が分からない。ボロくてすごいのか? まさか本当に自慢して「すげー」って言っている訳じゃないよね。


「じっちゃんが作った家だ。俺達くらいだぜ。こんな立派な家を持っているの。今日からここが、ミーナと俺の家になる」


「ちょ、ちょっと待って。どうして、私達はここに住むの? 島を出るんじゃないの?」


「もちろん島を出る。出て、眠くなったらここに戻ってくる。じゃないと、俺達寝る家ないよ。俺、みんなみたいに洞窟や木の下に寝るなんて嫌だからなあ。ちゃんと屋根のある家で寝たい。それともミーナは、そんなところで寝るって言うんじゃないのかあ?」


 私はそんなことを言わない。


「ううん。私もちゃんと家で寝たいよ。あのね、私、外にちゃんと家があるの。だから、マイシも一緒にそこに眠ればいいよ」


「えっ、ミーナも家持ってんの? すげー。あっ、男からもらったんだろう。そうか。そうか。俺は別にその男と一緒に住んでもいいけど、そいつミーナに興味があるんだろう? 決して、男のケツなんて興味ないだろうなあ?」


ーーそれって、BL?の心配?


「あっ、もちろん。誰もマイシなんて興味ないよ」


「そ、そっか。そうだよなあ。外にはおなごがたくさんいるってじっちゃんも言っていたしなあ。わざわざ女がいるのに、男のケツほじるやついねーよなあ。分かった。何日間は、ミーナの家で寝て、何日間はここで眠ればいいかあ」


 マイシは、まだここに帰って来る気でいる。


「さあ、中へ入るぞ」


 マイシに引っ張られて中へ入った。中は……何もなかった。辛うじて汚いブランケットと木で出来た皿があった。まだ床が木で出来ていたからよかったけど、これが土の床と言う可能性がある家。ううん、あばら小屋。これは、家畜小屋よりひどいかも。


「すごくいいところだろう。ちょっと待ってなあ」


 マイシが隅でごそごそし始める。


 

「あった。これこれ。ほらこの床の下に隠していたんだ。見てみろ。これはじっちゃんが唯一持ってこれたじっちゃんの騎士の勲章だ」


 マイシが手の平を開く。そこには、緑色の小さな紋章の入ったバッチがあった。


「じっちゃん。これを服の裏に縫いつけてずっと持っていたんだって。これはじっちゃんの宝物で、今は俺の宝物だ」


 マイシがそれをしばらく見た後に、大事そうに着ている服に付けた。


「じゃあ、次はじっちゃんのところへ行くぞ」


 またマイシに引っ張られて、今度は家の外へ出て家の裏側へまわる。私はすぐに墓を見つけることが出来た。そ小さな石の前にまだ新しい花がある。


「じっちゃん。俺、騎士になったんだ。俺、外に行けるんだぞ。俺、みんな守る立派な騎士になる。俺、ミーナと結婚する。ミーナと子どもたくさん生む」


 マイシがしゃがみ込んで、その石を撫でながら話すマイシを見ていて涙がこぼれる。


ーーあー、私とマイシには、子どもなんて出来ない。あー、神様。なんと酷いこと……



 マイシはまるで愛おしい人と話すように、その墓に一つ一つ話かけた。石は片方だけが丸い。マイシが、いつもそうやって話していたからて角が丸くなったんだ。きっとこの島で一人、話し相手はこの墓だけだったのかもしれない。石の数は十個以上はあった。それくらいの小さい子どもたちがこの島で生まれ、死んで逝ったのだろう。


「じゃあ、行くよ。元気でな」


 マイシが立って、墓に向かって挨拶をした。


 私達はブラックに乗って空へ舞い上がった。島が段々小さく見える。


ーーさようなら。寂しい悲しい島。楽園じゃない、地獄の島。


 マイシには悪いけれど私は二度とこの島に足を踏み入れたくない。

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