第18話 愛する恋織物 2
「こ、これは、『夏の日』……」
「流石、織り手様。この恋織物の名前をご存知ですね」
会長の息子が言った。
「はい。この布は去年の夏に出来て……幼馴染が織った布です。彼女が唯一私と同じ年の女の子で……。恋織物は織り終わった時に名前を付けます。
『夏の日』皆その名前が珍しくて『どうしてそんな名前を付けるの?』と聞いたら『私は来年のこんな晴れた夏の日に結婚式をするの』と言いました。
成人式が春に終わったら、私とその子、結婚出来る歳になって。彼女、許嫁と夏に結婚する予定でした。結婚式は……あの日から一週間後だったのに……」
私はその恋織物を撫でて親友の顔を想い出す。目から涙が出てきたから、布から手を離した。
「大丈夫か?」
タケルイが胸ポケットから布を取り出し、私の顔を拭こうとしたけれど、布を受け取って自分で拭いた。彼が私の背中を気遣って撫でる。
「この恋織物を龍姫様に献上します。どうぞお納め下さいませ」
会長が言った。
「いいえ。私には必要ありません。この恋織物を受け取ることは出来ません。きっと、たくさんの花嫁達がこの恋織物を着て結婚したいと思っています。どうぞそんな方へお譲り下さいませ。その方があの子も喜びます」
私も織り手。私も花嫁が幸せになるように、布を織った。
「しかし、龍姫様も、花嫁です。どうぞこの布で、花嫁ドレスを作って着て下さい」
会長が布を私に渡して言った。
「ありがとう。『夏の日』にまた逢えてよかった。でも私の花嫁衣装を作る恋織物は、自分で織ります。それが織り手の伝統です」
私はもう一回その布を触って会長の息子に返した。ミーユはカイシと結婚式に着る恋織物を織った。その布は家にあった。大事に仕舞っていた。布の名前は『幸せ』魔物があの村を襲った時に、何件かの家の竈から火が出て村中にすぐ火の粉が飛んだと後でバロンから聞いた。私はその火に巻き込まれなくて、幸運だったと彼が言っていた。私は本当にカイシとトニーに守られていたと思う。
「それでは、次の布を」
会長と会長の息子がお辞儀をして、次の人が来た。その人の横にあの少年が布を持って待機している。私はその布を見て、また涙が出そうだった。私にはどの布も名前が分かる。どの布にもそれぞれ個性がある。
織り手の好む模様があって、色の配合する。藍色を糸に染める時に微妙に色が違う。薄い色と濃い色を上手に組み合わせていろんな模様を織っていく。この布を織った人は、私に美味しい人参炒めの作り方を教えてくれた人だった。
その後、次々に恋織物を見せてもらう。その度に私は布の名前と、それを織った人と織られた日のその恋織物に込められた名前を伝える。
「どうして名前を知っているんだ?」
布を見て泣いたり、笑ったりしている私にタケルイが聞いた。
ーーああ、王子様には分かんないんだ。
「この恋織物を織るには早くて半年、普通は一年かかります。毎日一日のほとんどを只この布を織ります。冬の寒い日に村の女達は村長さんの家に集まって糸を巻いたりして、お喋りをしたりしました。
そんなに時間をかけて作った布が出来上がった時は、村中で喜び合う。村人達の喜びがあったから、この恋織物を着たら幸せになれるのかもしれない」
「そ、そんなに時間を使って作られたんだ。ごめん、私はそんなことも知らないんだな」
「ううん。普通は知らないと思うから、謝らなくていいの」
その後にミーユのおばあちゃんが織った『香り』に出会ってまた大泣きをしてしまった。村人が織った恋織物に出会ったけどミーユのお母さんと彼女が織った織物はなかった。
「はじめまして、クルイ商会の『ダニー』です。こちらが、最後の恋織物です」
一人の男の人が、他の人同様に布を紙から出して私に渡した。
「こ、これは!?」
私は信じられない思いでその布を受け取った。
「ど、どうして!?」
私は驚いてその男の人に聞いた。私の問いにその人は、意味が分からないようで戸惑っている。彼は焦茶の髪で、エメラルドグリーンの端正な顔をした人。背もタケルイより少し高いと思う。肩まである髪を後ろで結び、大人の男性。私はまた聞いた。
「これは四年前の布! どうしてまだあるのですか? まさか不遇で売れなかったの?」
「違います。これは私の弟が結婚する時に花嫁さんに着て貰おうと取っておいた物です」
「そ、そうですか。よ、よかった」
私が驚くのは変だけれど、これはきっとミーユが驚いていたのだと思う。最近私は自分が美奈とミーユ両方綺麗に融合されている。
「この恋織物がどうされましたか?」
男性が不思議そうに聞いた。
「はい、それは私が織った物です。はじめて認められた恋織物です。だ、だからてっきり、売れなかったと思ったのです。恋織物は予約がたくさんあって。何年先から予約をして待ていると聞いています。
人によっては女の子が生まれたら、すぐに予約をする人もいると聞きます。だから私の織った恋織物が売れなかった、と思ったのです」
「そうだったんですかあ」
男性が私を見て、手元にある布を見て呟いた。そしてその後柔らかいん笑顔を向けられた。
「この恋織物を見た時に、ぜひ弟の嫁にいいと思って買い取り、その日まで保管しておりました。今回織り手様が恋織物を見たいと聞いて来ました。この恋織物の名前がなぜか分かりませんでした。
普通布に名前の着いた用紙があるのですが、この恋織物には名前がありませんでした。それでもしかしたら名前を知っているかと思い、こうしてここへ来ました。どうぞこの恋織物の名前を教えて下さいませ」
男性が頭を下げた。
「そ、それは……」
私の脳裏にあの日が思い浮かぶ。雪どけの季節に織り終わった。ミーユが十二歳の時に。おばあちゃんに見せたら「よくやった」と、何度も言って頭を撫でてくれた。お母さんとお父さんも私に抱き付いて
「頑張った。お前も一人前の織り手だ」
と言ってくれた。ミーユは、村では珍しく一人っ子。かなり甘やかされて育ったけれど、織り手としては両親に厳しく指導を受けていた。
「名前は、『初恋』」
そう『初恋』、トニーへのミーユの恋だった。
「ミーナ、ミーナは誰か好きな人がいるのですか!? それとに初恋の人も……」
タケルイが驚いて聞いた。
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