第3話 異世界の少女 2

「ねえ、大丈夫?」


 私は頬に流れる涙に「はっ」として、目を開けた。まだ朦朧としている頭で天井を見ていたら、横から女の人の声がした。


「やっと起きてくれたわ。痛い所がある?」


 その人は肥えた青い目の外人のおばさんだった。


「だ、大丈夫」


 私は返事をした後に、また「はっ」とした。


ーーこの声? 私の声と違う。


「どれ、水でも飲むかい。起き上がれるかい。どれ、ゆっくりでいいんだよ」


 おばさんが私が起き上がろうとしているのを支え、手伝ってくれる。周りを見渡すと、とても簡素の部屋だ。部屋全体は石作りで、私のベット以外の家具はおばさんの座っている椅子と木で出来た小さいテーブルだけだ。窓には鈍い色の窓ガラスが張っている。でもここがミーユの住んでいた村より上等だ。


「水を飲んでごらん。喉がすっきりするよ」


 差し出されたコップを受け取る。コップの中の水面に写る自分に一瞬驚いたが納得した。


ーーやっぱり……。


 コップを受け取った私の手が違ったから。白くて小さな手なのに、アカギレがあり爪の先が藍色に染まっている。勉強とたまに手伝う家事しかしたことのない私の手は、すべすべした手だった。

 返事をした時の声が違った。美奈は低い声だったけれど、今は高いか弱い声だ。


ーー私は、ミーユの体にいる……。


 水面に写るミーユは綺麗な少女だった。日本でもすぐにモデルになれると容姿をしている。美奈は平均的な日本人顔だった。綺麗な子は愛されるて当たり前と、生きるのを諦めて魂が死んだミーユを羨ましくなった。羨ましくなったのは、ほんの一瞬だったけれど。そんな風に思った自分が恥ずかしくなる。


 私の心にはミーユの苦しさがある。二人の男に愛された辛さと、愛する人を失った辛さ、一人残された辛さ、重なりあうごちゃごちゃな気持ち。私はミーユがトニーのことも好きだったのを知っている。

 彼女はトニーのことを許嫁として幼い時から年上の彼に淡い気持ちを持っていた。本当にこのまま結婚すると思っていたけれど、カイシが村へ移って来て彼に恋をした。

 トニーへの恋は幼い静かな恋で、カイシへの恋は大人の激しい恋。


 この世界では十六歳で成人する。私はミーユの恋に胸が痛くなって、また目から涙が流れる。愛されたいと願った私が、生きるのを止めた少女の中に入ってしまった……。それともショックで転生で前世の美奈の記憶が思い出されたの?


「大丈夫? やっぱりどこか痛いところがあるんじゃない? もうすぐ先生が来るからね、ほら水でも飲めば元気出るよ」


 進められるままに水を飲んだ。冷たい天然水。


「あ、あ、ありがとうございます」


「どれどれ、龍姫様が起きられたらしいなー」


 ドアが勢いよく開けられ、真っ赤なヒゲが顔中に生えた大きな男の人が入って来た。


「どこか痛い所はないかい? 龍姫様?」


 おばさんが今まで座っていた椅子を男の人へ譲った。男の人はおばさんに、お礼もせずその椅子に座りながら私へ話かける。


「りゅう、龍姫様?」


 龍姫と言う言葉が分からず聞き返したら、男の人が驚いた顔をした。


「お前、自分が龍姫って知らないのか?」


 おばさんも驚いた顔をして尋ねた。


「あっちゃー、今時、自分が龍姫って知らない女がいるのかい? 普通、どの少女も未婚の女は、皆成人したら毎朝鏡で背中を見て過ごすもんと思っていたよ。 

 そうか! だから、この国には龍騎士様がいないんだなー」


「龍騎士……」


 ミーユの記憶を頼るけど役に立つ情報がない。


「まさか龍騎士を知らないのか?」


 つい頷こうとして止めた。


「ま、まさか分かんないのか?」


 こう言うは素直に聞いた方がいいと思い頷く。


「やっぱ頭打ったんじゃないかあ?」


 と男の人が言うと、


「可哀想に」


 と、おばさんが可哀想な子供を見るように私を見ている。


「お前のいた場所は僻地だし。あんな先の先の未知のおとぎ話にされている村だしな。まさかそんな所に龍姫がいたなんて誰も思わないぞ。

 それにしても龍姫が生きていてよかったよ。龍姫が死んでいたら、それこそこの国はヤバいことになった。二十年ぶりに出た龍姫が殺されましたなんて、他の国に恥ずかしくて言えないしなあ」


 ミーユがいた村は相当な田舎だったんだ。


「流石、龍騎士様だな。龍が龍姫様を見つけて助けてくれたってことよ。隣国の龍騎士が異変を感じて、龍姫様の村へ行ってくれたのさあ。龍とは不思議な生き物だなー」


「お母さんとおばあちゃんは。他の人は?」


 私は最後に見たミーユのお母さんとおばあちゃんのことを思い出して尋ねる。


「あ、あ、そ、それはなあー」


 さっきまでお喋りだった男の人が吃る。


「龍姫様、助かったのは、死体の下に隠れていたあなただけだった……」


 おばさんが悲しそうな声で言った。


「う、嘘よ。お母さんとおばあちゃん、村の人達、皆逃げたよ!」


「……」


「嘘じゃない。魔物は一匹だけじゃなかったんだ! 皆が逃げた所にもいたんだ」


「あっあっあああああああああぁぁぁぁー」


 胸が痛い。涙が溢れてくる。私にとって知らない人達だけど、記憶にはきちんと知っていてミーユを愛した人達だ。

 私はミーユの体だからかもしれないけれど、皆のことが好きだった。小さい村で、皆家族のようだった。下半身にかかっているブランケットに顔を埋める。次々と終わりのない涙が溢れ出す。私の背中を男の人が励ますように上下に撫でてくれた。

 私は泣いていつの間にか眠っていた。私の手をおばさんがずっと握ってくれた。 

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