無影将軍は旅に出たい(3)
「やっぱり滅ぼした方がよかったんじゃないの、人類」
「そうね……なんか俺もそんな気がしてきたわ……」
アテンを脱出して半日。
俺たち二人は砂漠の片隅、交易路から離れた小さなオアシスの片隅で休憩を取りながら、人類の愚かさについて思いを馳せていた。
メルネスの《
アダマンタイトは希少な上に高額で、市場にもなかなか流通しない。
だから、俺の知り合いの商人の店まで行き、直接交渉する。
金なら払う。
売ってくれ。
……たったそれだけの話が、何故こうもややこしくなってしまうのか……。
四つめの町で購入した黒パンをかじりながら、メルネスが静かに言った。
「なんかもう、交渉どころじゃなかったね」
「いちばん最初の"外出中です、アポを取って下さい"、までは分かるんだけどな。さっきの町なんか、アダマンタイトの名前を出した瞬間に"レオとメルネスだ! 殺せ!"だったしな……これじゃあ、俺の人脈を活かすとかそれ以前の問題だよ」
「僕のせいか。これは」
遠くで舞い上がる砂埃を眺めていたメルネスが、珍しく神妙な面持ちで言った。
「最初の町で、僕が堂々と名乗ったからいけなかった。そういう事だな」
「……まあ、結論から言うとそうなんだけどね。あらかじめ口封じしてなかった俺も悪かったよ」
結局のところ、人類は愚かでもなんでもない。彼らは何も悪くないのだ。
魔王軍が人間たちからどう思われているか――そこのところを俺が見誤っていた。それだけの話である。
確かにエキドナは、魔王にしては優しい。いや率直に言おう、あれは優しいとかそういう次元ではなく、甘い。甘すぎる。
よくもまああんなのが魔界の王になれたものだと、感心すらしてしまうレベルだ。
軍を率いて魔界から侵略しておきながら、可能な限り町を破壊せず、人も殺さない。占領した町には必ず一人以上の幹部を置き、徹底して現地の治安維持に努める。
結果として『侵略される前より暮らしがよくなった』と喜ぶ民も出た、という冗談のようなエピソードひとつとっても、エキドナという女がどれだけズレた魔王なのか分かるというものだろう。
そんな甘さの化身と付き合っていると、どうにも奴が侵略者という事を忘れてしまうのが困りものだ。
武力を持つ侵略者とは日常の破壊者であり、絶対的な『悪』の存在である。エキドナが平和主義であろうとなかろうと関係ない。
『私はあなたをいつでも殺せる武器を持っており、やろうと思えば今すぐ貴方を殺す事が出来ますが、それはそれとして仲良くしましょう』なんて言われて安心出来るヤツはいない。居るとしたらよほどの呑気者か、自分の命を軽く見積もりすぎているだけだろう。
そんな魔王軍の幹部が、人間の町にふらふらとやってくる。
追い出されるに決まってるわな。そんなもん。
「ヒロインの好感度がマイナスからスタートする恋愛ゲームみたいなものなんだよな……。多少良い事をしたところで、好感度がようやくゼロ地点に戻るだけ。人間界と魔界で本気の友好関係を築きたかったら、ここから頑張って好感度を上げていかなきゃならんわけだ」
「お前の喩え、ときどき意味が理解できないんだけど」
「魔王軍は嫌われ者だってのを忘れちゃいけない、って事さ。俺の人脈を活かすにしても、まずはある程度の信頼関係を築かなきゃ話にならん。なあメルネス、好感度最低の状態から信頼関係を築いていくなら、どうやるのが一番効果的か知ってるか?」
「ん」
一瞬だけ、メルネスが口元に手を当てて考え込み、
「――"本気になればお前なんていつでも殺せる"って事をアピールする?」
「全然違うよ! なんでそうなる!」
「ギルドではそれが有効だったんだよ。殺しの腕がすごい、イコール仕事ができる、イコール信頼できるヤツって事だから」
「相変わらず酷いところだな、
アサシンギルドの歴史は古い。3000年前、ベリアルとの戦争が終わって20年ほどした頃には、もう暗殺者ギルドの前身のようなものが中東に存在していたように記憶している。ああいう組織は混沌とした時代ほど重宝されるし、時代が暗殺者を望んだのだろう。
歴史が長ければ組織の体質も凝り固まっていく。今では本当に、『殺しの上手さが全てを決める』という、恐怖のキラーマシーン量産工場みたいな組織になっているに違いない。
……なんでそんな組織のギルマスが魔王軍四天王やってるんだ、と思う事もあるんだが、まあそれは機会を改めてメルネスかシュティーナあたりに聞けばいいだろう。
とにかく重要なのは、魔王軍は相変わらず恐怖の対象であるということだ。
人類からの信頼度&好感度はFランク、最低ラインをぶっちぎっているという事だ。これでは俺の人脈も満足に活かすことができない。
「で、正解は?」
小石を手の中で弄びながら、メルネスがせっついた。
「効率的に信頼関係を築きたいなら、どうすればいい?」
「そうだな。色々やり方はあるだろうが、俺が長年生きてきた中で一番無難だったやり方は、ズバリ、これだ。――――《
三つの円盤型真空刃が、砂塵を切り裂いて砂漠の彼方へ飛んでいった。
そして、
『――――ギョォォォ――――!』
飛んでいった先。オアシスからだいぶ離れた砂丘の一角から生える、巨大な芋虫――体長2~30メートルはあろうかという巨大な
念のため言っておくと、俺が唐突に原生生物イジメに目覚めたわけではない。大砂蟲の群れが、砂漠を行く一般人を襲っているのが見えたから、反射的に呪文を放って助けただけだ。
メルネスも当然、それに気づいている。かなり距離があるにもかかわらず、いち早く戦況を把握して俺に伝えてくれた。
「襲われてるのは
「自力でなんとかできそうか?」
「無理だと思う」
メルネスがかぶりを振って即答した。
「ここから見えるだけでも
砂航船は魔導技術の賜物だ。
目を凝らすと、砂塵の向こうに砂航船のシルエットが見える。『ギガント級』と呼ばれる、船の中でも最大級に近いものだ。
そんなギガント級と同じくらい巨大な
「さっきの話の答えだ。好感度を効率的に稼ぎたかったら、近道はただ一つ。……恩を売る。それもガッツリと、な。行くぞ、やつらを助けて恩を売る!」
俺が駆け出すとメルネスも後に続いた。砂航船まではかなり距離があるが、俺たちならばあっという間だ。俺は《
「いいかメルネス。ヤバそうなら一、二匹は瞬殺しても構わないが、それ以外は多少長引かせろ。もしあいつらが自力でなんとか出来そうなら、俺たちは大人しく撤退。恩を売るのはやめだ。いいな?」
「なんでだよ。無駄だろ、それ」
明らかに面倒臭そうな声色とともに、メルネスが眉根を寄せた。
「普通に全部瞬殺してから、"僕たちは魔王軍だ、助けてやったことを忘れるな"とか言えばいい話じゃないか。あいつらの出方を伺う理由がどこにある」
「自力で切り抜けられるところを無理に助けたら恩の押し売りになっちゃうだろ。恩の押し売りってのは、下手したら助けない場合より印象を悪くするんだよ」
恩の売り方にも上手い下手があるが、一番やってはいけないのは『恩の押し売り』だ。
覚えはないだろうか? マジで大変な仕事を抱えている時は誰も声をかけてこないくせに、自力でなんとか出来る楽な仕事に限って『助けようか?』などと声をかけてくる場面に、出くわした事はないだろうか?
大抵の場合、そういう奴は恩を売るタイミングを見計らっている『押し売り屋』だ。できるだけ楽な仕事を手伝い、恩を売ってから、『あの時助けてやったんだから次は俺を手伝え』などと注文を付けてくることが多い。
そうなれば当然、こちらとしても良い思いはしない。助けて貰ったのは事実なのだが、むしろ印象が悪くなる。『もっと大変な時に助けろよ』とすら思ってしまう……恩の押し売りというのはそういう問題点があるのだ。もちろん、今メルネスが言った"助けてやったぞ"という態度など論外の極みである。
「恩の売り方の極意その一、"押し売りをするな"。恩の押し売りをすると、かえって助けた相手から文句を言われたりする事すらある。本当に困っている時に助けてくれた相手にこそ、人は恩を感じるものなんだ」
「ああ……そういえばお前も僕と戦った時、街の連中に損害賠償を請求されてたよね。あれと同じ?」
「そうだ。あの街は、アサシンギルドマスターのお前が支配してるって事で犯罪者達が鳴りを潜めてたからな。むしろ、お前との戦いで街の建物に被害を出した俺のほうが迷惑だったって事なんだろう」
「ふーん。ねえ、あの損害賠償、結局どうしたの? 払ったの?」
「そしてもう一つ。極意その二」
「ねえってば」
大きな砂丘を飛び越える。もう一つ二つ飛び越えれば砂航船は目の前だ。
「"見返りを求めるな"。金を貰って殺しをするお前には、まず理解できない理屈だと思うが……」
「理解できない。助けてやるなら対価を要求するべきだろ」
「仕事なら、な。俺たちがこれからやるのは仕事じゃない。相手を助け、信頼してもらい、良好な交友関係を築くだけだ。そこにはカネも見返りも要らない」
「理解できない」
メルネスの言っている事は正しい。仕事において対価を要求しないのは、自分のスキルを、ひいては同業者すべてを卑下しているのと同じだからだ。
もし暗殺者ギルドマスターのメルネスが『タダで殺しを請け負います!』なんて言い出したらどうなるか、考えてみればいい。きっと、世の中の暗殺者全てが軽んじられる事だろう。『暗殺なんてタダでやらせていいレベルの仕事なんだ』と皆が勘違いすることだろう。
それでは、いけない。
誰かから依頼されて磨いてきたスキルを披露するならば、それ相応の報酬を要求するべきなのだ。仕事なら。
だが、交友関係を築くなら話は別だ。
見返りを求めない無償の愛。
あなたが好きだから、あなたの為になることをしたい。
偽善者臭いと呼ばれようと、裏がありそうだと思われても構わない。見返りを求めない人助けこそ、人望を築き信頼を得るための、ただ一つの近道なのだ!
「強いて言うなら、見返りはただ一つ。最後の最後、その場を去る直前に本名を名乗って、俺たちの名前を覚えてもらうこと……それだけでいい。"レオとメルネスが助けてくれた"と心に刻みつけられれば、その行いはいつか必ず、自分のところへ返ってくる」
「見返りなしの人助け、か。勇者みたいだな」
「……そうだな。だからこれは、暗殺者メルネスではなく勇者メルネスがこなす、最初のひと仕事だと思え。行くぞ!」
最後の砂丘を乗り越える。のたうつ大砂蟲の巨大な胴体と、それから必死に逃げる砂航船、そして甲板から必死に弓矢や呪文で応戦する用心棒達の姿が一気に飛び込んできた。
メルネスの《風神剣》を直すため、アダマンタイトを手に入れる。そんな目的からはだいぶかけ離れた展開になってしまったが、たまにはこういう旅も悪くないだろう。少なくとも、城に籠もりきりで書類仕事に追われるよりはだいぶマシだ。
最後の砂丘を乗り越え、俺とメルネスは大砂蟲の群れの中に飛び込んでいった。
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