『勇者、辞めます』

 酷い有様だった。


 左半身の大部分が跡形もなく吹き飛んでいる。


 かろうじて無事な右側もあちこちが焼け焦げ、

 毒に侵され、ズタズタに引き裂かれている。

 

 奇跡的に皮一枚で繋がっていた左腕が、

 胴体と別れを告げるようにぼとりと地面に落ちた。


 何の防御呪文も無しで四天王の攻撃を受けたのだ。

 むしろ、この程度で済んだのが不思議な程だった。


 こんな状態でなお、奴――――勇者レオ――――は、まだ息があるようだった。


「……ああ、負けたか」


 何がおかしいのか。半ば原型を留めぬままの勇者が、気の抜けたとした笑いを浮かべた。


「いい気分だ」

「にいちゃん」


 メルネスが腕を伸ばし、ぺたぺたと歩み寄ろうとするリリを制止する。


 しばらくの間、静寂があたりを支配した。

 誰も彼もが無言だ。時間にすれば僅か数秒だったろうが、何時間にも感じられた。


 ……綱渡りの勝利だった。

 ギリギリすぎて、勝利したという実感すら未だに抱けない。四天王達も同じだろう。ここからどうするべきなのか、誰もが困惑していた。

 我も《対勇者拘束呪アンチ・レオ》の反動で身体がろくに動かない。ただ、こいつに引導を渡す前に言ってやりたい事は山ほどあった。


「悪役の真似は――魔王ごっこは楽しかったか?」

「うん。すっげー楽しかった」


 レオの左胸、本来ヒトの心臓があるべき場所には黒い渦が浮かんでいた。

 渦の勢いが徐々に弱まっていく。レオがまた笑った。屈託のない笑顔だった。


「一度やってみたかったんだ、魔王役。

 相手がお前らでよかった」


 殺しても死なないような奴らだからな、と冗談めいて言う。

 いい気なものだ。お前としてはちょっとした余興のつもりだったのだろうが、そのおかげで我も、四天王も、全員死にかけたわ。このアホったれめ!

 そんな文句も言ってやりたかったのだが、なにぶん気力が無かった。短く言う。


「手加減なんぞしおって」

「なにが?」

「とぼけるな! 貴様わざと当たっただろう」


対勇者拘束呪アンチ・レオ》を放った時、絶対に避けられたと思った。

 否、こいつならば当たる直前でも軽々と避けられたはずだ。そして、あれを避けられた時が我らの終わりの時だと分かっていたはずだ。


 確実に我々は負けていた。

 結局、我らはこいつに勝たせて貰ったのだった。


「しょうがねえだろ、お前らマジで全滅しそうだったんだもん」

「あなた、やはり」 シュティーナが横から口を挟む。 「最初から負けるつもりで――倒されるつもりで来たのですね」

「まあな」


 最初から。

 最初からとはいつからだ?


 会議室で正体を明かした時か。

 酒宴で我の考えを聞いた時か。

 あるいは――あの面接の日。魔王城に来た時には、もうそのつもりだったのか。


 酒宴の時、我はこいつに何と言っただろうか。



『オニキスよ。そなたはどうだ?

 そなたは何故、魔王軍我らの元へ参ったのだ?』


『人に裏切られたか。世界を終わらせたいか。

 ――それとも、ただ死に場所を求めてまいったか?

 そなたの動機を聞かせてほしい』



「ふっ、ふふふふ」

「何だよエキドナ。何がおかしい」


 図らずしも我はあの時、既に正解を言い当てていたらしい。

 世界を守り続けた勇者は闇に呑まれかけ、侵略者である魔王の元へ。

 なんと馬鹿馬鹿しい。なんと愚かな結末だ。


「でも安心しろ。これで賢者の石はお前らのものだ」


 ――いつの間にか、レオの胸のモヤは晴れていた。代わりに浮かんでいるのは、小指の爪ほどの、小さな小さな透明の球体。

 中には七色の光がきらきらと瞬いている。知らぬ者からすれば新種の宝石か何かにしか見えぬだろう。

 もちろん、宝石であるわけもない。恐らくあれが《賢者の石》。

 DHシリーズの心臓にして、レオの力の源。虚空機関アカシックエンジンとやらに相違ないはずだ。



緊急権限エマージェンシーで、賢者の石からのエネルギー供給を一時的に断った。

 ――残り300秒。あんまノロノロするなよ」


「こいつを引っこ抜けばいいの?」


 二刀短剣を腰の鞘に収めながら、いつも通りの淡々とした口調でメルネスが横から口を挟んだ。こくりとレオが頷く。


「ああ。ちと固いだろうが、今ならビンのフタを開けるくらいの手間で済むよ。

 こいつを奪えば、」


「やだー! やーだー!」


 リリの泣き声が会話を遮った。メルネスがため息をつき、レオが思わず苦笑する。


「こらリリ、静かにせよ。

 エキドナ様の身体に障る……!」


「やーだー! にいちゃん、しなないでー!

 うあああーん!」


 じたばたと暴れるリリをエドヴァルトが必死に押さえつけている。

 その様子を見やり、レオの目つきが優しさを帯びた。ああ、この顔!


 結局、こいつは最後まで人類の味方だった。

 最初から誰も殺す気などなく、どの世界も滅ぼす気などなかったのだ。


 己の命を捨てて世界が平和になるなら、そうしよう……という自己犠牲。

 悔しいが認めるしかない。

 こいつは紛れもなく、勇気をもって道を照らす者。勇者であった。


「思い残すことは無い。 言い残す事も」


 いつの間にかレオは目を閉じていた。

 少し間を置いてから、再度口だけを開く。


「……いや。一つだけあったな、言い残す事」


 更に間があった。

 レオの口調には、微かな――しかし、確かな後悔が感じられた。


「迷惑をかけた。すまん」





 ――再び静寂が訪れた。


 我の横に立つシュティーナと目を合わせる。

 彼女はパチパチと瞬きし、小さく頷いた。

 長年の付き合いというのはこういう時に便利だ。お互いが何を考えているかがすぐにわかる。


 やる事は決まっている。

 我は重い身体に鞭打ち、一歩前へ足を踏み出した。


 勇者レオとの戦いに、ケリをつけるために。



 ----



「――残り300秒。あんまノロノロするなよ」


 四天王どもはまだ躊躇っているようだった。

 エキドナは――うん。大丈夫そうだな。

 あれはやるべき事を分かっている顔だ。


 良い感じだ。

 さすがに万事が計画通りとはいかなかったが、四天王もエキドナも殺す事なく、人間界を巻き込む事もなく、魔王城の下っ端共を殺すこともなかった。限りなくベストな形で戦闘不能になれたと思う。


 思い残す事など何もない。

 言い残す事も、何もない。

 俺は目を閉じ、真っ暗な世界の中で安楽に包まれていた。


 俺という魔王を駆逐し、この星は新たなステップへ進むだろう。

 かつてない大事業。人間界と魔界の和解という、新たな次元へ。


 勇者は不要となるだろう。

 3000年前の亡霊は眠りにつくだろう。


(やり残した事、ないよな?)


 自分に問いかける。


 仕事の引き継ぎは完了した。

 魔王軍の業務改善も、概ねは完了した。

 最後に魔王ごっこができたのも嬉しかった。

 うん、大丈夫だ。無い無い。


「しなないでー! うあああーん!」


 遠くからリリの泣き声が聞こえる。

 お前、本当に四天王かよ……こういう時くらい、もうちょっとこう、さあ……


 ため息をつこうとして思い出す。

 いや、ある。あったわ。

 言い残したこと、あった。


 そうだよ。考えてみれば、結局、俺の自殺にこいつらを巻き込んでしまった事になるんだよな。

《賢者の石》をくれてやるんだからこれくらいはいいだろうと思っていたが、流石にさっきの戦いではちょっと調子に乗りすぎた気がする。


 竜鱗、砕いちゃったし。

 エキドナは死にそうだし。

 リリも泣いてるし。


 俺にだって良心はある。むしろ良心があるからこそ――自我が芽生えてしまったからこそ、『世界を守れ』という絶対命令と『滅ぼしてでも世界を守りたい』という欲望の間で苦しんでるんだ。

 ならば、俺が最後に言うべき言葉は一つだった。



「――迷惑をかけた。すまん」



 ガラにも無い言葉だな、と思った。

 それを境に全てが静かになった。



 もう死んだのかな?

 そう思ったが、まだのようだった。さすがの俺も死ぬのは初めてだから、勝手がよく分からない。


 耳が微かな音を捉えた。エキドナのものだろう――足音が一歩一歩近づいてくる。

 残り240秒。虚空機関は俺の有機ボディと強く結合しているが、エキドナであれば容易く引き抜けるだろう。


 さらばだ四天王。

 さらばだエキドナ。

 俺はお前らに会えて、


 べちん。








「………………?」


 エキドナのゆるいビンタが俺の頬に打ち込まれた。

 何が起こったのか分からなかった。閉じていた目を思わず開け、残った右腕で頬を抑える。エキドナが俺を見下ろしていた。

 豪奢な赤いドレスのいたるところが無様に破けている。その隙間からにゅっと脚が伸び、俺をぐりぐりと踏みつけた。


「――やはり、やめた。面倒だ」


 なに?

 なんて言った? こいつ?


「人間界との和平だと? たわけが!

 我を誰だと思っておる。魔王だぞ。魔王エキドナだ!

 魔界の王であり、女王! どれだけ多忙だと思っておる!

 そんな雑務をやっている暇などありはせんわ!」


「はあああ!?」


「そういう事で勇者……いや、もはやただのレオだな。レオよ、喜ぶがいい。

 貴様を魔王軍にて正式採用してやる。賢者の石の持ち主として、3000年生きた唯一の存在として、魔界と人間界の和平特使となるがいい」


「なるがいいじゃねえ!」


 思わず吠える。エキドナの脚が後ろに引かれた。

 かわりに、砕かれた竜鱗も痛々しいエドヴァルトの巨体がゆっくりとこちらへ迫ってくる。手には竜族に伝わる金剛不壊の聖剣、カラドボルグ。


「おい……おい、エドヴァルト。この馬鹿を説得しろ。

 いや違う! はやく賢者の石を抉り出せ!」


「うん? 何を言うのかレオ殿。

 貴公にとっては残念であろうが、吾輩もエキドナ様と同意見である」


 あと200秒。愚か極まる竜将軍はカラドボルグを地面に置くと、その隣にどっしりと腰を降ろした。

 バカ! 大いなるバカ!

 バカすぎる!


「先日の一件でわかったが、吾輩の了見はあまりに狭い。まだレオ殿に教えて貰いたい事が沢山ある。正直に言って、いま貴公に死なれると大変困るのだ。

 ……そもレオ殿、貴公はを自覚していないのでは?」


「と、特別……特別?」


「多くの智慧、多くの武勇。

 エキドナ様の言う通り、この世で3000年も生きているのは貴公だけよ。

 貴公以外の誰に、魔界と人間界の橋渡しが務まるとお思いなのか?」


「誰にって……そりゃエキドナに……」


 エキドナを見る。

 ぷいと顔をそらされた。ふざけやがって。


「それに、娘だ。ジェリエッタがどうもレオ殿を気に入っているようでなあ。

 父として娘を悲しませるのは辛い。どうか、いま一度考え直しては頂けぬか」


 エドヴァルトが地面に両手をつき、丁寧に頭を下げた。

 もしかして、こいつは神話級のバカなんじゃないのか。悲しむとかそういう問題じゃないだろ。世界の危機……俺の覚悟……

 呆れて二の句が告げなかった。あと170秒。なんとか言葉を絞り出す。


「バカかお前……そういう問題じゃ……」

「――バカは! にいちゃんでしょ!」

「ぐぼあ!」


 小柄な影が飛び込んできた。リリだ。

 万力のような力で俺を抱きしめると、耳元で大声を……うるせえ!

 引き剥がしたいところだが、ただでさえ重症なところに動力源からの魔力供給を断っている状態だ。リリの怪力に抗えるわけもなかった。


「どーして! どーして一人で考えて、一人で終わらせちゃうの!

 協力きょうりょく

 あたし、にいちゃんから一言ひとっこと相談そーだんしてもらってない!」


「なんでって、お前、そりゃそうだろ……

 こんなこと誰に相談しろっていうんだよ」


「あたし!」

「ぐええ」


 首根っこをひっつかまれ、前後にユサユサと揺さぶられる。


「あたしに相談そーだんして!」


 わかる! お前の言いたいことは分かる!

 こういう、人を信じないところが俺の駄目なところだっていうのは分かるよ!


 だからってお前、それをいま言うか?

 150秒。こいつら状況を分かってるのか?


「あたし、バカだから、なんでにいちゃんが死のうとしてるのかわからないけど……死んでほしくないよ。生きててほしいよ。

 おなやみ相談そーだんならいつでものってあげるから、死なないでよ。 バカ!」


「ちょっと待て……」


「うあーんああーん!」


「どうしてこうなる」


 リリの涙と鼻水で顔がベタベタにされていく中、さくさくとメルネスが近づいてくるのが見えた。いつも通りの無感情かつ無愛想な仏頂面だ。

 そうだ、メルネス! 良かった、まだお前がいたな! 暗殺者アサシンギルドで育ったこいつなら、きっと状況を冷徹に捉え、最適解を導き、俺を殺してくれるに違いない。

 残り140秒。信じているぞメルネス……! お前は感情に流される奴ではないよな……!


「なに言ってんのお前?」


 そんな俺の予想に反して、飛んできたのは蹴りだった。

 殺意のカケラもこもっていない、雑すぎる蹴りだった。


「てめえ!」


「聞き上手になるまでもない。戦えばすぐにわかったよ。

 お前の言葉も、態度も、目も、全部“生きたい”って言ってるんだよ。最初から、ずっと」


 メルネスがしゃがみこみ、俺に向けて右手を伸ばした。

 そしてそのまま、小馬鹿にするように、ぺちぺちと俺の頬を……

 このクソガキ……絶対に殺す……


 戦闘のダメージが相当に残っているのだろう。メルネスは紫色のフードを外し、口元を覆うマスクも外した。ふう、と深いため息をつく。


「……暗殺者アサシンは殺す者だ。この地上でいちばん命のやり取りに長けた者だ。

 命の扱いにおいて、暗殺者アサシンギルドマスターの僕を騙せると思うな」


「いや、騙すとかそういうのじゃなくてさ……」


「――生きたいなら生きろよ!」


 強い口調で遮られた。エキドナ達もぎょっとした目でメルネスの方を見る。

 かくいう俺もだいぶびっくりした。こいつ、こんな大声も出せたのか……


「だいたいお前、僕が旅に出ようとした時なんて言った? 覚えてる?」


 なんて言ったっけ? 例のあの、湖畔の時だよな。

『寂しいのか? お誕生日パーティー開くか?』

 ……いや違う、絶対にこれじゃない事くらいは分かるぞ。ええと、他には……クッソ! この野郎また蹴りやがった!


「“大事なのは自分を後悔させない事だ”。

 そう言ったのはお前だろ。

 お前、なんだよ。後悔だらけじゃないか」


「……」


「自分の言った事くらい守れよ。

 この、バカ。バカ」


 げしげしと蹴られる。


 残り110秒。緊急権限による機能制限が徐々に解けてきたのか、自動再生機能が復活しはじめた。

 消し飛んだ左半身が復元し――おいヤバい、やばいやばいやばい! このままだと本当に蘇ってしまう!


 エキドナの傍らに立つシュティーナが杖を振りかざすのが見えた。

 お、おいシュティーナ! お前は大丈夫だよな?


「頼むぞ!」

「何が頼むぞですか」


 杖でぽこんと叩かれた。

 心底呆れた、という口調でシュティーナが、


「さっきは言えなかったのでちゃんと言います。

 貴方は自分の言っている事の矛盾に気づいているのですか?」


「――矛盾?」


 こいつまで何だよ……何が矛盾だって?


「おかしいでしょう。どうして死のうとしているのか、

 いま一度理由を言ってみなさい」


「……“人類を守れ”。それが俺たちDHシリーズに植え付けられた絶対命令だ」


 仕方がない。俺は行き掛けに口にした事をもう一度説明する。

 あと95秒。だから時間がないんだってば。弁護士協会で学んだ早口スキルを活かす。


「DHシリーズはその命令に逆らえない。

 もう一つの絶対命令――《思考マスキング》という反逆防止機能が、

 反逆の意志自体を摘み取るんだ」


「でも、貴方の場合は――」


「そうだ! 俺は成長してしまった。自我が目覚めてしまったんだ。

 俺の自我が《思考マスキング》を無効化してしまった。

 世界を、人類を守らないとアイデンティティを保てない。このままでは俺は、命令を守る為に、俺の身勝手で人類を危機に陥れてしまうかもしれない」


「なるほど、なるほど」


「わかったか? 所詮そんなもんなんだ。

 他人が植え付けた命令なんて、強固な自我、自由意志の前では――」


 そこまで口にしてひっかかりを覚えた。

 ちょっと待て。何かおかしいぞ。

 これ……これは知っている。

 『必勝! 就職面接マニュアル』に書いてあったやつ……


 誘導面接! 誘導面接だ!

 シュティーナがおもむろに口を開いた。


「その理屈でいけば、

 あなたの強固な自我とやらで“守れ”の方の命令も無効化できるのでは?」

「いや……」


 そんなわけないだろ……試しに、俺は頭の中で人類に反逆するイメージを描いてみた。

 基幹プログラムからの応答は一向にない。いや、かなり遅れて、ようやく声なき声が聞こえてきた。


 ――人類を守れ!

 ――悪しきものから人類を守れ!


 わかったから、ちょっと静かにしてくれない?

 なんでもないよ。ほんとなんでもない。


 次の瞬間、声は驚くほどあっけなく聞こえなくなった。

 最初から声などなかったかのようだった。


 聞こえると思えば聞こえる。

 聞こえないと思えば聞こえない。


「……マジかよ……」


 守っても守らなくてもいいよ。好きにしろ。

 そう言われているようだった。


 ……なんてことだ。

 絶対命令も、《思考マスキング》も、とっくの昔に無効化されていた。

 でどうにでもなる問題だったんだ。

 固定観念に縛られていたのは、他でもない俺自身だった。


 世界を守らなければ“ならない”。

 勇者でいなければ“ならない”。


 それだけに憑かれ、3000年間ずっとそうしてきた。

 生きている限り絶対命令を遵守しなければならないと、

 生きている限り呪縛から逃れるすべは無いと、そう思い込んでいた――。




「レオ」

「うおっ」


 エキドナの顔が間近に現れた。

 時間はあと30秒。わずか30秒にまで減っていた。


 30秒後には虚空機関アカシックエンジンからのエネルギー供給パスが完全に復元し、俺は瞬く間に復活を遂げる。

 さっきの《対勇者拘束呪アンチ・レオ》、恐らく耐性がついてしまっているだろう。俺を殺せるチャンスは、あと30秒。


「まあ、お前の命だ。好きにするがいい。

 本気で死にたいならば殺してやる」


 3000年前に出会ったインプの言葉がリフレインした。


『無理はするなよ!

 辛くなったら、他の事なんか全部ほっぽって逃げろ。

 辛くなったら、自分がやりたい事をやれ!

 生体兵器だかなんだか知らんが……


 使



 エキドナの口が動く。あと20秒。



「だが、もし生きたいのなら、我と共に来い」


『あとな! 人を守るとか、そういう事に囚われすぎるな!』



「人間にも追い出されたし、丁度良い機会であろう?

 我の元で働きながら、いまいちど、“勇者”以外の生きる道を見つけるがいい」


『守る必要がなくなったら……

 いいチャンスだ、別の生きる意味を見つけろよ!』



「迷える子羊よ。ずっと孤独だった哀れな赤ん坊よ」


 視界がぼやけ、滲んだ。

 俺の頬を熱いものが伝っていった。

 エキドナが俺に手を差し伸べた。


「勇者を辞めて、我と一緒に来い」




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 ――これは、俺が魔王軍に入るまでのお話だ。


 勇者レオが――3000年前に作られた生体兵器が、

 古代の呪縛を断ち切って前へ進む話だ。


 大切な仲間を得た話だ。

 信じられる友を得た話だ。


 俺が、ようやく、勇者を辞められた話だ。







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 勇者、辞めます ~次の職場は魔王城~


 最終話:『勇者、辞めます』 ~完~

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