(破-甲):「俺を止めてみせろ、勇者ども」

「ワンパターンすぎだろ……お前、前回の面接もこんな感じで追い出したじゃん」

「うるさい。黙れ。死ね」

「別にいいじゃねえか泣き顔見られたくらい。

 魔王が泣いたって全然おかしくない。恥ずかしがるなよ」

「黙れ。死ね。死ぬがいい」


 勇者レオが現れてからかれこれ10分近く。ようやく平静を取り戻した我は、改めて卓を挟んでレオと向かい合っていた。

 ……魔王エキドナ最大の不覚であった。部下の前で魔王が涙を流すというだけでも十分すぎる失態だというのに、よりによって、よりによってこんな奴にその失態を見られてしまうとは……


 しかもこの勇者、炎熱呪文の中でも最高位の《六界炎獄インフェルノ》をぶち当ててやったのにぴんぴんしている。これも我のプライドを傷つけるには十分だった。険悪なムードもそこそこに、四天王たちが我先にと群がってくる。



「――エキドナ様。いま説明申し上げた通り、レオは多大な貢献を――」

「レオ殿の魔王軍入りを認めて頂きたい! 吾輩、レオ殿が居なければ今頃は」

「あのね! あのねいてエキドナちゃん!

 にいちゃんがアドバイスくれて、兵站へーたんがすっごいらくらくになって!」

「私の残業も減りましたし、ここは一つ、寛大な措置を」

「娘のジェリエッタもレオ殿にはたいそう感謝しておりまして、」

「みんなで協力きょーりょくするとね! 仕事しごとがね! めちゃくちゃ早く終わるの!」

「ねえ。食堂のバイト、賃金が安すぎると思うんだけど」

「…………わかった! 分かったから静まれ!」


 腰にしがみついてくるリリをべりべりと引き剥がし、隣の席に座らせる。失われた威厳を少しでも取り戻すべく、と大きく咳払いして全員を黙らせた。改めてレオに向き直る。


「……この際、貴様がオニキス卿だった事は不問とする。

 それより《賢者の石》だ。もうひとつの石がセシャト山脈――つまり、この城のすぐ近く――にあるというのは、本当なのだろうな」


「ほんとだよ。やたらと強い番人が守ってるんだが、お前らなら問題無いだろ」


 勇者レオをもってして“強い”と言わしめる番人とは何なのか。一瞬気になったが、それよりも情報の真偽のほうがよほど気になった。こいつの話がどこまで本当なのか、正直怪しいものだ。


「……本当だろうな?」


「しつこいやつだな! お前、俺がどれだけ魔王軍の業務効率化に力を注いできたか知らねえのか!」


「知っておるわクソったれめ! さすがオニキス卿、どこの誰か知らんがやるものだと感心しておった。だから余計に腹が立っておる!」


「んもー! ケンカしてる場合じゃないでしょ、エキドナちゃん!」


 卓を挟んで再び言い争いになりかけたところで、見かねたリリが仲裁に入る。


 ――頭を冷やそう。

 確かにリリの言う通りだ。もはや我々には一刻の猶予もない。


《賢者の石》さえ手に入れば、閉じかけた《大霊穴》を再び固定する事もできるだろう。石を手に入れられるかどうかに魔界の全てがかかっているのだ。

 その行方をレオが知っているとなれば、取るべき行動は決まりきっていた。


「よかろう。レオ、貴様の同行を認める。

 ただちに《賢者の石》の在り処まで案内するがいい」


「四天王はどうする。俺としては、連れて行った方がいいと思うんだが」


「……連れていく! お前と二人きりなどまっぴら御免よ!」



 ----



「――――さむいー! さーむーいー!」

「ここか?」

「さむいー!!」

「もうちょい先だけどな。こっからは徒歩で行こう。エキドナとも話がしたい」

「さむ! さむさむさむ! ふおおお」


 レオに案内された先は、セシャト山脈の中でもひときわ高い山の中腹であった。

 寒さはともかく――いやまあ、震えているのは熱帯育ちのリリだけで、残りは平然としているのだが――我らの身体能力をもってすれば山頂までそう時間はかからないはずだ。

 シュティーナに命じ、リリに《暖流ウォーム》の呪文をかけてやる。静かになった。


「なんだ急に。いまさら何を話すというのだ」

「引き継ぎだよ引き継ぎ。

 仕事を引き継ぐ時は後任者にキチンと仕事の概要を教えなきゃいかん!

 お前は俺から《賢者の石》という最重要プロジェクトを引き継ぐんだ。前任者の話くらい、まじめに聞いておけ」

「ふむ……仕事、仕事か……」


 こうしてレオに仕事の話をされるのはなんとも奇妙な感覚だった。

 職場全体の事はおろか、後任者の事まで考えた仕事運び。オニキス卿……レオ……の仕事っぷりはシュティーナ達からの報告で聞いていたが、傍若無人な性格からは予想もつかぬ生真面目さだ。こんなのでは肩が凝るだろうな、と思った。

 四天王たちと共に歩きながらレオと話す。


「さっきも言ったが、《賢者の石》は古代の超機関だ。莫大なエネルギーを供給するだけのな。何でも願いを叶えてくれる魔道具マジックアイテムじゃない……そこんとこ、理解できてるか?」


「無論だ。魔界の土に植えれば翌日には一面のお花畑ができているとか、水に浸すと酒になるとか、そういう都合の良いモノではない。そう言いたいのであろう」


「そういう事」 レオが頷き、雲間に広がる山のふもとを指差した。

「無事に《賢者の石》を手に入れたら、人間達と和解して世界中を探してみろ。

 石の取扱説明書……正式名称は “虚空機関アカシックエンジン機能仕様書”。そいつがどっかに眠っているはずだ。協力して探せば、まあ100年以内には見つかるだろ」

「和解。和解か」


 人間界に侵攻する前、一度は考えた事だった。我らは《賢者の石》さえ手に入れば良いのだから、人間たちと無駄にコトを構える必要は無いと。

 結果的に和解路線は無しになった。だってそうだろう。

『あなた達の宝物を奪いますが、それはそれとして仲良くやりましょう』

 なんて道理が通るわけもない。


 結果として我ら魔王軍は武力での強奪を選択し――勇者レオに敗れたわけだ。


「出来るだろうか。もう手遅れではないか?」

「出来るよ。お前は知らんだろうが、人間は機械文明のずっと前からヨソの国と戦争しては仲直りしてきた。3000年前……お前らのご先祖、魔王ベリアルと一緒にやってきた魔族どもの子孫が、今じゃ道端で露店を開いて人間と子を成してたりもする。そんなもんだよ」


 レオの言葉はひどく優しかった。そして実感が篭っていた。


「まあ、魔界と人間界の和解はこれまで誰もやらなかった事だ。

 めちゃくちゃ大変な事に変わりはない。

 どうする? それでもやってみる気はあるのか?」


 めちゃくちゃ大変だと?

 やってみる気があるのか、だと?

 さすがに無礼すぎる。こいつは魔王を、エキドナを何だと思っておるのか!


「当たり前だ。我は魔王だ。魔王エキドナだ!

 和解の一つや二つ、軽くこなせずに何が魔王か。

《賢者の石》を手に入れ故郷を救う為ならば、

 どんな苦難も乗り越え、どんな強敵も打ち破ってくれるわ!」

「俺には負けたけどな」

「やかましい!」


 会話が途切れた。降り積もった雪をざくざくと踏みしめて進む。

 ふと、ひどく基本的な疑問が浮かんだ。


「レオよ」

「あ?」

「貴様、なぜ機械文明の事にそんなに詳しいのだ?」

「機械文明出身だからだよ。そういや、お前には言ってなかったな」

「なるほどな。機械文……なに? なんだと?」


 さらりと返されたので、思わず納得しかけてしまった。

 機械文明は今から3000年前、歴代魔王の中でも悪名高い混沌王・ベリアルの頃に人間界で栄えていた文明だ。

 機械文明出身だと? ではこいつ、一体何歳なのだ?

 そもそも人間ではないのか?


「ベリアルが攻めてきた時、当時の魔術師科学者達はお前たちに対抗するべく、総力を結集して12体の勇者を作った。

 お前ら魔族の力を元にした救世の超兵器。

 生体兵器、デモン・ハート・シリーズ。

 その五号機が俺、“05-Leo”ってわけだ。開発コンセプトは“超成長”」


「背でも伸びるのか」


「ちげーよ!

 交戦した相手のあらゆる能力を模倣コピーし、無限に成長するんだ。

 機械、人間、魔族、魔獣。剣、魔術、体術、戦術。

 凝縮された3000年が俺の中に詰まっている」


「なんだそれは! ずるいぞ!」


 率直に呆れた。なんというインチキか。

 強い強いと思っていたが、こんなの強くて当然だ。むしろこれで弱い方がおかしい。もとから、まともに戦って勝てる相手ではなかったのだ。


 「強いわけだ。こんな奴が居ると分かっておれば、最初から別の路線で《賢者の石》を狙っておったわ」


 とため息をつく。

 しかし分からないものだ。その勇者が何故か魔王軍に入り、こうしてもう一つの《賢者の石》の元へ案内してくれているのだから。レオがぽつぽつと語りだす。


「俺以外のデモンハートシリーズは全員消滅した。生き残りは俺だけだ」

「兄弟が全員死んだようなものか。ふむ。同情はしてやろう」

「ありがとうよ」


 ここではない、どこか遠いところを見ながらレオが続けた。


「俺達のコアには“人類を守れ”という絶対命令が刻み込まれている。

 だから3000年間、命ある限り守り続けた。人類を守ることが俺のアイデンティティなんだ。平和をもたらす為に戦って……平和になったらなったで、人類の危機を待ち望んだ事もあった」


「バカめ、それでは本末転倒ではないか!

 己の力で勝ち取った平和を喜ばんか!」


「いや、ほんとだよな。お前の言う通りだ。

 成長機能のせいで、俺の中は“兵器としての役目”と“人間の心”がグチャグチャに絡み合っちまってる。ちょっとおかしいんだよ」


 レオがかぶりをふり、


「時々思うんだ。俺のやってる事はただのお節介なんじゃないかって。

 人類は勇者抜きでもやっていけるのに――アイデンティティを保つためだけに、自己満足のために、俺は勇者として強引に活躍しているだけなんじゃないかって」


「そんなことはなかろう。お前抜きでは人間達は我らには勝てなかった」


「今回はな。次回は分からん。

 いつの日か、マジに人間だけで魔王に勝てる日がやってくるかもしれん。

 勇者が要らなくなる日が来るかもしれん」


 熱に浮かされたような口調だった。淀みなくレオが言葉を綴る。


「俺は、多分、だめだ。そうなった時、俺は――自分の存在意義を守り続けるために、世界に混沌を呼び寄せるだろう。

 自分で世界の危機を招き、自分で世界を救う。人類のことなど考えない、世界を救うだけの永久機関となるだろう。

 それはもう、魔王以上に性質が悪い。

 そうなる前に何とかするべきだと思わないか」


「――何を言っている?」


 こいつが何を言っているのかわからなかった。

 いや、言っている事自体はわかる。今言った通りの存在が生まれれば、確かに魔王なんぞよりも遥かにが悪いだろう。


 だが、何故このタイミングでそれを言うのか。

 “そうなる前に何とかする”というのがどういう事か分かっているのか。


 将来自分が人類の敵になってしまうかもしれない。

 それを防ぐ一番簡単な方法は、




「ついたー!」




 ――視界がひらけた。リリが歓声をあげる。


 山頂は予想以上に広かった。もっと狭い、それこそ槍の穂先のような狭さを想像していたのだが、そんなことはなかった。

 我が城をそのまま持ってきても余裕がありそうな広大な空間。ところどころに岩壁がそびえ、ちょっとした大広間のようになっている。

 見晴らしは実に良い。雲の切れ間から遠くの海や人里までが見える。


 平和な空間だった。

 《賢者の石》の番人どころか、生物の影は何もなかった。

 我々以外は。


「さて」


 レオが一人でざくざくと歩いていき、距離を取る。

 ふいに立ち止まり、こちらを向いた。


 「結論を述べると、賢者の石は俺が持っている。

  デモン・ハート・シリーズの心臓――無限エネルギー機関、

  虚空機関アカシックエンジン。それが《賢者の石》の正体だ」

 「なに?」

 「石が欲しければ、俺を殺して心臓を抉り取るしかない」


 先ほどと同じだ。世間話でもするような口調でさらりと言われてしまった。

 我や四天王たちが言葉を挟むよりも早く、レオが大声を張り上げた。


「――元・勇者、レオ=デモンハート!

 特技は剣術、黒魔術、精霊魔術、神聖魔術、その他全般!

 1対1で魔王エキドナを打ち倒した実績あり。即戦力として活躍可能!」


 ビリビリと空気が振動する。ふざけているのかと思ったが、レオの目は間違いなく本気だった。


「未だ仮採用の身ではあるが――愚かな人間どもを本気で滅ぼすべく、

 本日限りで魔王軍から脱退させて貰う!」


 ちょっとした間があった。

 声のトーンが下がり、静かに言い放つ。


「言っておくが、お前らに“逃げ”の選択肢は無いぞ。

 人間を滅ぼすついでに、人間界に散らばった《賢者の石》の文献も燃やし尽くしてくるからな」


「何を――――!」


 一歩前に出ようとしたシュティーナの足元に雷撃が落ちた。

 威嚇射撃。次は当てる。レオの目がそう言っていた。


 レオは動かない。

 じっと我の方を見ている。


「魔界を救いたいって言ったな、エキドナ。

 人間たちとの和解の一つや二つ、軽くこなしてみせると。

《賢者の石》を手に入れる為ならどんな苦難も乗り越えてみせると」


 レオの魔力が一気に膨れ上がり、爆発した。



 山頂を覆っていた雪が一瞬で溶け、熱湯となって流れ落ちた。





「――《賢者の石》が欲しければ! 人間界と魔界を守りたいならば!

 俺を止めてみせろ――――勇者ども!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る