7-2. A.D.2060 東京某所(下)

 2059年、突如世界中に出現した悪魔たち。


 彼らを倒す為に作られた、自動成長する十二体の生体兵器。

 悪魔の力を参考にして造られた究極兵器、デモン・ハート・シリーズ。

 そのうちの一体が私。DH-05-Leo[レオ]です。


 私は自己成長に特化しています。

 交戦、あるいは遭遇した悪魔の能力を分析・解析し、限りなくオリジナルに近い形でエミュレートする、全自動盗作兵器。

 現段階では“03-Gemini”のような超火力も、“06-Virgo”のような超再生能力も、“11-Aquarius”のような自動反撃能力も有していませんが、将来的には……成長すれば、DHシリーズの中でも最高戦力になると想定されています。


 悪魔の力を片っ端から盗み己を成長させていけば――将来の私は最強の生体兵器になれるはずです。


 人々は我々DHシリーズを“世界を守る勇者”と呼びます。

 別の人々は、我々を“悪魔と同じバケモノ”と呼びます。


 どちらが正しいのかはわかりません。

 ただ、我々は人類を護る為だけに作られました。


 圧倒的な力。

 圧倒的な耐久性。

 死という概念から限りなく遠い我々こそが、

 人類を護る要であり、剣であり、盾なのです。


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 A.D.2060 - 東京某所

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「――つまりお前さんは、人間を護るためだけに作られた。そういう事かね」

「はい。私は悪魔と戦い、人類を守護するために作られました」

「それはまた、大仕事だ。可哀想にな」

「それほどでもありません。私は疲労を感じませんので」

「そういう意味で言ったんじゃない」


 いま私の目の前に居るのは、人間の子供程度の背丈しかない小型の悪魔でした。

 旧シブヤ駅の周辺に、人類と悪魔の共存を説く変わり者の悪魔が居る――そういった通報を受けた私は現地へ飛び、彼を尋問にかけたのです。

 結果として、彼はそこそこに友好的であり、多くの情報を得る事が出来ました。


 背中には一対の黒い羽があり、頭には角が生えている。

 一般的なファンタジー存在として世間に知られる“インプ”の特徴通りでした。


「インプさん」

「エイ! ブラッ! ド! さっき名乗っただろ!」


 しかもこのインプは――先程から話していても分かる通り、

 かなり感情豊かな方のようでした。


「あなたの名前にはあまり関心がありません。

 それで、エイブラッドさん。可哀想というのはどういう意味でしょうか」

「言葉通りだよ。これから先、お前さんに待ち受けてる困難を想像すると、いたたまれない気持ちになった」

「発言の意味がわかりません」


 なぜ彼が、私の事をだと思うのか。一体何処がかわいそうなのか。私には皆目見当もつきませんでした。


「人類を守るために生まれたって?

 なるほど、こうして俺たち悪魔と戦争してる間はそれでいいんだろうよ」


 インプ――エイブラッド――は僅かに嘆息すると、

 私をじっと見上げてこう言います。


「だが、どうなる?

 平和な世の中じゃ守る相手もいなくなる。お前さんの存在意義がなくなってしまうじゃないか」


「平和になるのは良い事だと思いますが」


「お前さんにとっては良くないだろ。いいか、良く聞け。

 生きとし生けるものなら、誰しも一度は自分の存在意義について考える」


 エイブラッドはまるで人間のような事を喋りだしました。

 彼が変わり者なのか、それとも魔界の倫理観は人間界のそれと酷似しているのか……どちらなのか分かりませんが、彼の言っている事はそれなりに興味深い事ではあったため、私も腰を据えて話を聞く事にしました。


「なぜ自分はこの世に存在しているのか。なぜ自分は生まれてきたのか――多くのやつがそれで悩むが、何処を探しても答えなんて見つかりゃしない。

だから、やれ“答えを探す為に生きている”とか“生まれてきたから生きている”とか、そういう無難なところに落ち着くわけだ。ここまではいいか?」


「理解はできます」


「……だが、可哀想な事にお前さんには生まれた時から明確な存在意義がある。

 しかも将来、それが奪われる事がほぼ確定している。ひどい話じゃないか」


「発言の意味がわかりません」


 エイブラッドの言っている事が本気でわかりませんでした。


 私は人類を守る為に生まれてきた。

 それはわかります。

 将来平和になれば、その存在意義もなくなる。

 それもわかります。


 しかし、それが何故“かわいそう”に繋がるのかが分かりません。


「持っていたものを手放した後の空虚さは耐え難い。そう言ってるんだ」

「“将来、お前はすごく辛い思いをするぞ”という事ですか?」


 エイブラッドは大きく頷き、


「そうだ。それもいきなり辛さが襲ってくるんじゃない。

 存在意義を失って、守るべき相手を失って、何年もかけて徐々に徐々に心の穴が大きくなっていくんだ」

「穴?」


 心に穴が開く、という表現は知識として知っています。

 知っていますが、自分にその表現が適用されるのは実に妙な気持ちでした。


「“自分は本当にこのままでいいのか”、“自分の役目は終わったのに、何故自分はまだ生きているのか”みたいな、そういう虚無感が大きくなっていく。しかも、よくわからんが……お前さんには寿命がないのだろ?」

「ほぼありません」


 DHシリーズには原則として寿命がありません。

 動力源の虚空機関アカシック・エンジンから半永久的にエネルギーを供給され、少しでも傷つけば有機ボディはすぐさま再生を開始し、腕が千切れようと頭が吹き飛ぼうと元の姿に復元する。


 もちろん、過度のダメージを受けたり虚空機関アカシック・エンジン自体が破損すれば機能停止せざるを得ませんが、経年劣化による死とは限りなく無縁の存在です。


「普通ならやがては寿命が来て死ぬのだろうさ。自分の存在意義を見つけようが見つけまいが、存在意義を失おうが失うまいが、最後は等しく墓の下だ」


「そうですね」


「だが、お前さんは違う。存在意義を失った状態で無限に生き続けなければならん。自分の存在意義に満ちていた輝かしき時代から引き剥がされ、どこへ向かって良いのかすら分からず、それでも無限に生きるしかない」


「やがてどこかで争いが起きれば、その時はまた私の出番なのでは?」


「そうだろうな。無限に生きるお前は無限に世界を救い、無限に存在意義を得て、そして喪失するのだろうさ。それが俺にはたまらなく可哀想で、たまらなく辛い事に見える」


 驚くべき事ですが、このインプは私の事を心配し、しかも同情してくれているようでした。


「お前はいつ休める? お前の生はいつやってくるんだね?」

「ふむ」


 たしかに、私は自己成長に特化しています。

 やがて成長し、人間性すら獲得した日には――悪魔との戦争が終わり、世界が救われ、世界が平和になった暁には。エイブラッドの言う通り、自分が生きている事に苦痛を感じるのかもしれません。


 世界を救う為に生まれてきたのに、どこにも活躍の場所がない。

 世界を救う為に生まれてきたのに、世界の窮地を待ち望むしかない。


 そんな生き方が本当に正しいのか自問自答する日が、いつかやってくるのかもしれません。


「ご安心下さい。悪魔との戦いは激化する一方です。

 北米大陸に新たなゲート……貴方がたが言うところの《大霊穴》が開き、手強い悪魔達が出現していると聞きました」


「……お前たち人類が予想よりだいぶ弱かったからな。本気で人間界を乗っ取るつもりで、魔王様ご一行がやってきたのかもしれん」


「残念ながら、現状の私はデモン・ハートシリーズの中でも最弱です。

 悪魔の軍勢は他のDHシリーズが滅ぼすでしょうが、私はおそらく、人間性を獲得する前に戦いの中で果てるでしょう」


「すぐに死ぬから大丈夫ですって? 簡単に言うなあ」


 エイブラッドが思わず苦笑し、足元の小石を蹴飛ばしました。


「ですから、ご安心ください。貴方の言うような事にはならないと思います」

「……そうだな。そうだといいなァ」


 私の顔をじろじろと眺め、ほっとしたように言います。


「……うん。お前さんが無敵の存在にならないうちに。生きてる事を辛いと感じるようになる前に。戦いの中で死ねる事を願うよ」

「ありがとうございます」


 瓦礫の山の向こうから、旧式の装甲車のエンジン音が微かに聞こえました。

 シブヤ区域の捕虜悪魔回収部隊です。エイブラッドは捕虜としてシンジュク特区に収容され、この戦争が終わるまで外に出る事は許されないでしょう。


「もうヤケだ。こうなりゃ、俺は人間界に骨をうずめる。

 一生をこっちで過ごしてやる」

「一生をですか」

「ああ。人間と悪魔――いや、悪魔って呼び方もやめてほしいけどな。

 コボルト、ゴブリン、オーク、トロル、エルフ、インプ。

 俺たち魔界の住人と人間が共存できる世界を作ってやるさ」


 まだエイブラッドは何か話していましたが、回収部隊がこちらに近寄るべきかどうか迷っていたので、私はこの場を離れる事にしました。

 背を向けて立ち去ろうとしたところで、


「おいレオ!」


 エイブラッドの声がしました。振り返ります。

 回収部隊に拘束されながら、彼は私に向けて叫び続けていました。


「無理はするなよ!

 辛くなったら、他の事なんか全部ほっぽって逃げろ。

 辛くなったら、自分がやりたい事をやれ!

 生体兵器だかなんだか知らんが……お前の人生はお前の好きに使え!」


「はい」

「あとな! いいか、人を守るとか、そういう事に囚われすぎるな!」

「はい」

「守る必要がなくなったら……いいチャンスだ、別の生きる意味を見つけろよ!」


 彼の言っている事は、最後までよく分かりませんでした。

 ただ、記憶には残りました。


 もし――万が一辛くなったら、その時は自分がやりたい事をやろう。

 人類を守るとかそういう事は忘れて、全部ほっぽって逃げてみよう。

 そう思いました。


 2060年の東京。

 しとしとと冷たい雨が降る6月の事でした。

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