6-2. 良い戦士が良い上司になるとは限らない
「――だ、ダメだ! 退け、退けェー!」
ずしん。
ちょっとした家くらいの大きさを誇る純白の巨人が、一歩前に踏み出した。
剣や槍をへし折られたゴブリン重装兵たちがアリの子を散らすように逃げていく。そりゃそうだ。アレはアークキマイラなんかよりよっぽどヤバい代物だ。お前たちで敵うわけがない。
俺は《
死者が出ないよう時折こっそり手助けしてやるが、それ以外は何もしない。この巨人はあいつに倒して貰わないと困るのだ。
(まだかよ、遅いな……おっ、来た来た。来たぞ)
逃げる部下共を叱咤しながら駆けてくる、大柄な影がある。
超硬度を誇る赤い
背負った大剣は、竜人族に伝わる金剛不壊の聖剣、カラドボルグ。
彼こそが今回の主賓――魔王軍四天王にしてジェリエッタちゃんの悩みの種。竜将軍エドヴァルト殿だ。
「何をしている! 敵を前にして逃げるなど、それでも魔王軍兵士か!」
「しかし将軍、あれはいくらなんでも……
あああ、またあれが来るぞ! 伏せろー!」
巨人の目が光った。
それと同時に、薄紫色をした奇妙な光線がきらめき――やっべ!
俺は慌てて呪文を詠唱し、両手で小さく魔法陣を描いた。《
間一髪。光線の進路上に俺が描いたとおりの魔法陣が一瞬だけ現れ、今は使われていない物見台の方向へ光線を捻じ曲げた。薄紫の破壊光線は、まるで物理抵抗など感じさせずに煉瓦作りの物見台を真っ二つに溶断した。
一瞬遅れて炎が吹き出す。辺り一面が瞬く間に紅蓮の地獄と化していくのを見て、俺はちょっと後悔しはじめていた。
「あっぶねえ……火力のレベルがおかしすぎだろ。
やっぱこの作戦やめとくべきだったかな……」
そう。この機械巨人を目覚めさせたのは他ならぬ俺――と、ジェリエッタだ。
当然ながら遊びで起動させたわけではない。ジェリエッタの悩みを、つまりエドヴァルトの考えを改めさせ、ひいては兵士の負担を軽減するというちゃんとした理由がある。
……あるのだが、流石にこれはやりすぎたかもしれない。
「なんだこれは……!?」
「将軍もお退きを! あれは無理無理、ほんと無理です! 死ぬ!」
さしものエドヴァルトも二の句が継げないようだった。ゴブリン重装歩兵、最後の一人がじたばたと逃げていくのを止めもしない。
ゴーレムと名がついているが、現代魔術で造られた
そもそも材質が違う。チタンやタングステン、ロンズデーライトといった高硬度物質を組み合わせた複合装甲は呪文無しでもあらゆる衝撃を吸収するし、若干の自己再生機能すら有している。
当然、現代の人間にそんな事を言ってもわかるまい。それを知っているのは俺くらいだ。
「おのれ! 人形風情が調子に乗るな!」
エドヴァルトはカラドボルグを抜き放ち、真っ向から駆けていく。案の定だった。
あいつは生まれながらにして体格に恵まれ、
『……おいバカやめろ! 伏せろ!』
「!?」
咄嗟に飛んだ俺の声に従い、エドヴァルトが身を沈めた。その数センチ上を、
レーザーブレード。超高温の光を束ねて刀身とした科学兵器。エネルギー消費こそ激しいが、その熱量は炎熱系の最大呪文にも匹敵する。斬られれば何もかもが真っ二つだ。高い防御力を誇るエドヴァルトとて例外ではない。
『古代のレーザー兵器だ。お前は知らんだろうが、直撃すればお前の
「レオ殿……!?」
『オニキス卿と呼べ! とにかくいいかエドヴァルト!』
俺はびしりと指を突きつけ、高らかに宣言する。
『俺がアドヴァイスしてやる! お前は俺の言う通りに動け!』
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そう。今回の作戦――名付けて“強者に弱者の気持ちを知ってもらおう作戦”は、これが重要だった。
エドヴァルトはとにかく強い。
素質にも恵まれ、それでいて努力家で、挫折経験も少ない。
戦士としてはそれで良いのだが、教官としてはどうにも良くない。強いがゆえに……一人で何でもやれてしまうがゆえに、人にモノを教えるスキルが育っていない。他人にも自分と同じレベルを強要してしまう悪癖がある。
弱いやつの心がわからないままでは、いつまで経っても部下は育たないだろう。
そこで
相手の特徴を1から教え、協力して
打ち倒してどうなるかって?
それはまあ……見てればわかるさ。
『――目が光ったらきっかり3秒後に光線が飛ぶぞ。まともに受けるな!
どこでもいいから一箇所に防御呪文を集中させて、
「急にそんな事を言われてもだな……ぐお!」
収束レーザーがエドヴァルトの鎧を貫通し、竜鱗にも穴を穿った。やはり直撃すればエドヴァルトでも危ないようだ。
動揺しているのか、エドヴァルトの動きが鈍い。
『左腕の
上空から指示を出す。マシンゴーレムの攻撃を受け流しながら一歩一歩後ずさるエドヴァルトが悲鳴をあげた。
「ヴィブ……何……? 何だそれは! 知らん!」
『なんで知らねえんだよバカ!
「こういう手合とは戦ったことがないのだ! レオ殿にとっては常識でも、吾輩にとっては初耳だ! わかりやすく言ってくれ!」
『とにかく真横から叩け!』
レオ殿にとっては常識でも、吾輩にとっては初耳。
レオ殿にとっては常識でも、吾輩にとっては初耳!
よしよし、いいぞいいぞ。実にいい言葉が聞けた! ありがとう!
そろそろ頃合いだろう。エドヴァルトに見えないように手で合図を送ると、物陰に潜ませていたジェリエッタが飛び出してきた。
「……ジェリエッタ!?」
「父上!」
「下がれ! お前には手に負えん、吾輩とレオ殿に任せておけ!」
だからオニキス卿だって言ってんだろ……もういいや。周囲に部下もいないし、レオの姿に戻ってしまおう。
父に撤退命令を下されてもジェリエッタは退かない。さきほど俺が教えておいた
「父上、そいつの弱点は右脇腹です! 文献によれば……そこに、動力部に繋がる配線が密集しているはずです!」
「なに……」
「ジェリエッタの言う通りだ。やれエドヴァルト!
これ以上長引けばお前が危うい。やれ!」
「……ッ、でええいッ!」
――ガギン!
硬い音と共に、
あのゴーレムは科学文明時代の某超大国が作った後期タイプだ。
コードネームはファントムIII。出力こそ高いが、ウィークポイントの右脇腹をやられるとすぐさま機能停止してしまうという致命的すぎる構造的欠陥があり、正式採用は見送りになった。
ゴーレムの目から光が薄れ、機能を停止する。同時にがくりとエドヴァルトが膝をついた。
俺は上空から、ジェリエッタは駆け寄ってエドヴァルトに近づく。
荒い息を吐きながら竜将軍が感謝の念を述べた。
「助かった。レオ殿とジェリエッタの助言が無ければやられていた……心から礼を言う」
よし、ここだ。
俺はジェリエッタに目配せし、前もって決めておいた通り憎まれ役を演じる事にした。
「……はッ。まったく、竜将軍様ともあろうものがブザマの極みだったな」
「レオ殿?」
「つーか、なんでレーザー兵器もヴィブロブレードも知らねえんだよ。あんなの一般常識だろ! イッ・パン・ジョー・シキ!」
「一般常識!? い、いや、そんなことは……」
自分でもちょっと笑えるくらいの言いがかりだった。現存する
にも関わらず、真面目で努力家な竜将軍は大いに胸を痛めているようだった。
無理もない。なにせこいつは、俺が口にした言いがかりとまったく同じことを部下に散々言ってきたのだ。
『――なぜだ! 小隊全員でかかって、何故キマイラ一体も満足に倒せんのだ!』
『む、無理です将軍! あんなのと戦った経験はありませんし、何をしてくるかすら予想もできない状態では、連携を取る事も……』
『たわけ! 吾輩の若い頃は、このように強敵と死闘を繰り広げて経験を積んできたのだ。己の努力不足を棚にあげて甘えたことを抜かすな!』
『奴の弱点は後脚部! 足の腱を切り、動きを止めたところで頭部を叩く――これくらい一般常識であろうが! こんな事も教わらんとわからんのか!』
“一般常識”、“努力不足”というのは使い勝手の良い言葉だが、これは決して他人を追い込むための言葉ではない。
部下が育たないのは部下の努力不足ではない。部下をきちんと育てられない上司の努力不足だ。
一般常識? それは本当に一般常識か? 案外、お前しか知らないレアな知識だったりしないのか?
お前はその一般常識をちゃんと伝えたのか?
言わなくても伝わると思ってはいないのか?
ここらへんを理解しない限り、エドヴァルトは一生“悪い上司の見本”として過ごす事になるだろう。
俺は、あえて同じ言葉をエドヴァルトに投げかけた。
「努力不足なんだよお前は! マシンゴーレム一体に手こずって何が竜将軍だ、ああん? 俺がアドバイスしてやらねーと一般常識レベルの情報すら分からない身で、よくもまあ大層な口が利けたもんだなあ?」
「う、ぐ……」
「やめちまえやめちまえ! 四天王なんかやめて田舎に帰って農業でもやってろ!」
エドヴァルトは唸り、一言も言い返せないでいる。ここまではすべて作戦通りではあるのだが……正直言ってこの状況、俺も辛い! エドヴァルトみたいなクソ真面目な奴に難癖をつけるという行為、ここまで心が痛むとは思っていなかった!
俺がなおもエドヴァルトを罵倒しようとした、その時だ。
ジェリエッタが俺とエドヴァルトの間に立ちはだかり、凛とした声で言った。
「……レオ殿。父に対してそれ以上の暴言はおやめ下さい!」
「ああん……?」
俺の視線に怯む事なく、ジェリエッタが告げる。
「自分と他人の常識がまったく同じだと考えてはいけません。経験豊富なレオ殿にとってはともかく、我々からすればマシンゴーレムは未知の相手なのです。そのあたりをレオ殿は誤解されておられませんか?」
うーん、良い煽りだ。
俺はさもイラッとした表情を作り、ジェリエッタに食って掛かる。
「おいおい。“未知の相手だから、やったことのない仕事だから、手こずっても許されます”ってか?
それは自分の努力不足を棚に上げてるだけじゃねえのか?」
「いいえ。初めての仕事に手こずるのは当然のこと!
初めて遭遇する相手の事を知らないのは、当然の事です!」
「……ぬ……」
はっ、と何かに気づいたようにエドヴァルトの表情が変わった。
それを知ってか知らずか、背後の父にも聞こえるようにジェリエッタが声を張り上げる。
「だからこそ、自分にできることは他人にも出来て当然だなんて、考えてはいけないのです。どんな些細な事でも他人に一から教え、知識と技術を丁寧に伝承していく――人を育てるなら、それこそが重要なのではないでしょうか」
「……ふむ。そうか」
エドヴァルトが唸り、しきりに頷く。人を育てる上で自分に欠けていた物はなんだったのか、今のジェリエッタの言葉でハッキリと自覚したようだった
こうなれば憎まれ役の出番は終わりだ。言い争いに負けた俺は気まずげに背中を向け、捨て台詞を残すのみ。
「……チッ、分かった分かった。
ご立派な娘を持って鼻が高いなエドヴァルト。あばよ!」
ひらひらと手を振って退散する。
途中、風にのって父娘の会話が聞こえてきた。
「ジェリエッタ。その、だな」
「はい、父上。ジェリエッタは分かっています。何も仰らなくて結構です」
「……お前にも、兵にも、ずいぶんと苦労をかけたようだ。
明日から再出発だな。兵士たちの教育カリキュラムを練り直さねば」
「ええ。お任せ下さい、ジェリエッタがお手伝いします」
――翌日から、エドヴァルト配下の兵士達からあがる苦情の数は激減した。
確かに、良い戦士が良い上司になれるとは限らないかもしれない。
しかし、正しい教育方法を学んだ良い戦士は、実に良い上司になるのだ。
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