6. 勇者 vs 竜将軍エドヴァルト

6-1. できる奴ほど自分基準で考えやすい

「――父は! なんでもかんでも、自分基準で考え過ぎなのです!」

「ああー、わかったわかった」


 魔王城の自室。俺は向かいのソファに座る竜人族の少女から、かれこれ1時間近く悩み相談を受けていた。よほど不満を溜め込んでいたのだろう。悩み相談というか、後半は殆ど愚痴に近かった。


「お前の怒りはよくわかったから、まずは落ち着いて茶でも飲め。上物だぞ」

「……失礼を」


 軽鎧に身を包む少女の名はジェリエッタ。一見すれば普通の人間と違わないが、よく観察すれば首元や手首など、急所を護るように覆う赤い竜鱗ドラゴンスケイルがあるのが分かる。

 最上級の硬度を誇る赤い竜鱗ドラゴンスケイルは竜人族の中でもかなりレアらしく、今では竜将軍エドヴァルトとその親族くらいしか残っていない。


 そう。このジェリエッタこそ、魔王軍四天王・竜将軍エドヴァルトの副官にして実娘であり、今回、何故エドヴァルトの奴が

“部下が失敗したので自害します”

なんてトチ狂った真似に走ったのか、その理由を知る人物だった。


「つまり、整理するとだ」

「はい」


 背筋を伸ばすジェリエッタ。俺はあまりのアホくささに頭痛を覚えながら、彼女が話した内容を要約してみた。


「“厳しい訓練を施した自分の部下の歩兵部隊がアークキマイラごときに敗北した。なんと情けない。なんという根性なし。こんな奴らを育ててしまった吾輩にも責任がある。もはやこうなれば、部下の教育失敗の責任を取って自害するしかない!” ――と」

「そういう事になります」

「最上級の莫迦だな、あいつ」


 茶をすする。ジェリエッタも頷いて上品に茶を飲み、無言の同意を示した。


「自分が死んだところで、…………」

「?」


「死んだところで部下が強くなるわけでもないし、問題が解決するわけでもない。それくらい分かるだろうに」


「はい。そもそも、アークキマイラは魔獣の中でも最上級に近いものです。

 ゴブリンやコボルトの混成歩兵部隊で倒すのは困難を極めるでしょう」


「しかも一月訓練した程度の新兵だろ? 無理に決まってるわ、そんなの」


 合成獣キマイラというのは錬金術師たちが実験で作り出してしまった人工魔獣だ。普通の魔獣とは体組織から何まで全部違うから、意思疎通はまず出来ない。

 しかもあいつらは相手を選ばず無差別に襲ってくるから、人間と魔族どちらにも共通の敵として認識されている。まあ、そのおかげで軍の訓練相手としては躊躇いなく使えるんだけどな。


 広義的には、俺がリリの訓練で使ったスライムのような魔術生命体もキマイラといえばキマイラだ。錬金術師の増加に伴いキマイラが随分と増えてしまって、世界中に広まって増殖したキマイラの処分は人間界でも重大な問題となっている。


 で、キマイラにはいくつかのランクがある。アークキマイラは上から数えたほうが早い『Aランク』だ。

 ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾という伝承に限りなく近い姿。大型で、猛毒を持ち、鉄をも切り裂く鋭い爪を持ち、オーク20人分以上の怪力を誇り、対魔力防御も高い。倒すのは困難を極める。

 これより上は国家規模の戦力が必要なSランクと、能力や生態があまりに特殊すぎて分類不能なEXランクくらいしかない。


「常識的に考えて、ちょっと鍛えた程度の兵士がそう簡単にAランクキマイラを倒せるワケねえだろうが。エドヴァルトはいつもそうなのか?」

「……恥ずかしながら。父は自分が強いぶん、どうにも他人にも同じレベルを要求してしまうのです」

「あー……」

「お分かりですか。父にとって、新兵たちがアークキマイラに勝てないのは当然の事などではない。ひとえに兵士たちの“努力不足”なのです」



 努力不足。もっともらしい理由に聞こえるが、これがまた厄介な言葉だ。

 何故って、多くの場合この言葉を振りかざすのは『強いやつ』だからだ。


 ケンカが強いやつ。頭がいいやつ。仕事が出来るやつ……なんでもいいが、とにかくそういう『強いやつ』は様々な要因が絡み合ってそうなっている。


 ケンカが強いやつなら、他のやつよりも体格に恵まれて生まれてきたとか。

 頭がいいやつなら、生まれが良くて親から高等教育を施して貰ったとか。

 仕事がデキるやつなら、良い上司に恵まれて仕事のノウハウをきっちり叩き込んで貰えたとか。


 本人からすれば『自分が強いのは努力してきたからだ』と言いたいところだろうが、実際のところは決してそれだけではない。

 他人から授かる多くの外的要因。それを地盤として、本人の才能や努力が上乗せされる。そうやってはじめて『強いやつ』は完成するわけだ。


 強いのは素晴らしい事なのだが、厄介事も多い。

 それが上司だと尚更だ。


「ナチュラルに強いやつが上司だと厄介だよな。

 なにせ、弱いやつ目線で考える事が大の苦手ときてる」


「そういう父が将軍になってしまったのが、そもそもの間違いなのかもしれません。強い人が上司になれば部下も強くなるというわけではありませんから」


 俺も頷いて同意する。

 そうだ。ジェリエッタが言うように、強いやつが上司になったところで部下が強くなるわけではない。それどころか逆にすらなりうる。


 前に俺が遭遇した例だと、とある町の剣闘士ギルドがあった。

 剣闘士というのは簡単に言ってしまうと傭兵で、キマイラをはじめとする魔獣やならず者から村や町を守ったりする連中だ。


 そこのギルドのサブマスターはまだ若かったが、幼い頃から様々な魔獣と戦い腕を磨いてきたせいで剣の腕前はトップクラスだった。当然メキメキと出世し、あっという間にギルドマスターになり、ギルドの全権を任せられるようになった。そこまではいい。


 ……ところが、しばらく経って俺が同じギルドを訪れると、ギルドは荒廃し人はめっきり減っていた。残っているのは古参メンバーとギルドマスターのそいつくらい。何があったのかと問えば、新人が育たずに次々と辞めていくのだという。


 どういう教育をしていたのかと俺は聞いてみた。

 内容はひどいものだった。


 まだ右も左もわからぬ新米をいきなり実戦に連れ出し、大型のキマイラや飛竜ワイバーンといったかなり手強い魔獣と戦わせていたそうだ。

 アホかと思ったが、なにせギルドマスター本人がそうやって強くなってきたのだ。説得力があると言えばあったのだろう。ギルドの幹部たちもそれに同調し、世界一厳しい剣闘士ギルドという方向性でギルドを運営していった。


 まあ、新米はすぐ辞めるよな。技術を身に付ける前に死ぬかもしれないし。

 ギルドマスターはその状況を大いに嘆き、絶望の淵に沈んでいた。


『何故だ。俺はこうやって強くなってきたのに、何故他の奴らはついてこれないんだ。あいつらは軟弱すぎるんじゃないか?』


 悩み、憤るギルドマスターに向かって、俺はこう言ってやった。


『……いやお前、トロル族だろ。

 死にそうな重症負っても三日で治るじゃん。

 フツーの人間がついていけるわけねえじゃん』



 つまるところ、人はのだ。

 トロル族は凄まじい再生能力を持っている。心臓をブチ抜いて頭をふっとばさない限り死なないと言われている。指の一本二本が吹っ飛ぶくらいなら人間で言うところのかすり傷程度で、翌日には新しい指が生えてきている。

 人間からすれば脅威のタフネスなのだが、トロル本人にとってはそれらが当たり前になっていて、ついつい忘れがちになってしまう。


 当たり前の事ほど、それが特別である事に気づきにくい。

 自分が当たり前にやっている事は、いつしか

『他人にとっても当たり前であるはずの事』

 に昇華されてしまう。


 トロルのギルドマスターもそこらへんを忘れていたのだろう。いや、知識としては忘れているわけがないのだが、心の奥底でそこを軽視してしまっていた。

『俺に出来る事は他人も出来て当然』と考えてしまった。それがギルドが荒廃した要因だった。

 俺はお茶を飲み、ジェリエッタにその事例を話した。


「……たしかに。父もそういうところは多分にあります。ひどいときは竜鱗ドラゴンスケイルの防御力を前提にして話を進めたりしますし」


「そうだろうな。竜鱗はあいつにとって、あって当然のもんだからな。

 あって当然の物は忘れやすい。困ったもんだ」


 できる奴ほど自分基準で考えやすい――良い戦士が良い教師になれるとは限らないのは、ここらへんが原因だ。それこそ、本人が強いかどうかより『他人を教育する素質があるかどうか』の方がよっぽど重要だろう。


「しかもエドヴァルトの奴、すげえ努力家だろ?」

「はい。以前はもちろん、レオ殿……あ、失礼。オニキス殿と呼んだ方が?」

「いいよ誰もいないし。で?」


「レオ殿に負けたのはひとえに自分の鍛錬不足だと悔やんでいるようで、それからはいっそうの事、日々の鍛錬量を増やしています」

「だろうなあ……素質があるやつがずっと努力してきたら、そりゃ強くもなるよな」



 他人を教育する時。他人を自分と同じレベルにまで引き上げたい時、人はいったい何をするか。どういう教育カリキュラムを組むか。

 さっきのトロルのギルドマスターと同じだ。『自分がどうやって強くなってきたか』を思い出し、それを他人にもやらせてみる。


 それがまっとうな内容だったらいいだろう。

 素質が無くてもクリア出来る内容ならいいだろう。

 あるいは、素質が無いやつでもクリアできるようなレベルにまで難易度を下げ、内容を調整したものだったらいいだろう。


 しかし、強いやつはそれが出来ないことが非常に多い。

 自分は高難度の試練クエストを乗り越えて強くなってきたという実績があるからだ。

 高難度クエストをやらせる事こそ一番の早道だと信じているためだ。


 君たちだって頑張ればこのクエストをクリア出来るさ。クリアできればきっと俺と同じ強さになれる。クリアできない?それは君たちの頑張りが足りないからだ……


「大方、そんな感じだろ。エドヴァルトの部下どもも辟易してるんじゃないか」


「はい。既に何人か逃亡者も出ておりまして……いえ、私の方で捕えたので父の耳には入っていませんが」


「賢明だな。エドヴァルトにとっちゃそいつらは皆揃って“根性なし”だ。なんで脱走するのかすら分からず、とりあえず明日からの訓練をもっと厳しくするぞーとか言い出すだろう」


「……レオ殿。私はどうすれば良いのでしょう」


 意気消沈し、ジェリエッタががっくりと肩を落とす。かわいそうに。

 断っておくと、エドヴァルトは決して悪いやつではない。しかし戦闘に長けた竜人族の中でも一番の努力家とあって、“強いやつ”特有の嫌なところをふんだんに詰め込んでしまった性格をしているのも事実だ。


 実の娘ともなれば、そういう『強いやつ』の嫌な部分をたっぷりと見せつけられてきたのだろう。燃えるような赤いポニーテールも力なく肩に垂れ、どうすればいいかさっぱり分からないといった顔だった。

 俺は立ち上がり、ジェリエッタの肩を叩いた。


「……まあ任せろ。丁度このあいだ、リリがラルゴ諸島で良いものを発掘してきた」


 机の引き出しから紙切れを取り出し、放り投げる。

 それはラルゴで発掘された《良いもの》の報告書だった。


「そいつと戦わせりゃあ、エドヴァルトも少しは懲りてくれるだろうさ」

「……これは……!」


がたり。音を立ててジェリエッタが立ち上がる。


『つよい』

『かたい』

『ぴかぴか光って、なんでも切っちゃう剣をつかう』


 補給任務中のリリが偶然発掘した機械文明時代の遺産。Sランクキマイラを遥かに凌ぐ超強敵。

 俺がエドヴァルトにぶつけようとしているのは、禁忌の兵器、機械巨人マシンゴーレムだった。

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