4-2. 勇者、飲み会を生き抜く秘訣を語る

「オニキスよー。飲んでおるかー?」

「飲んでおります。いやあ、この酒は絶品ですな。つまみも旨い」

「ふはははそれは結構!」


 太いソーセージを豪快に噛みちぎりながらエキドナが大笑する。

 何も知らない奴から見れば、ごく普通の……真面目な部下と気さくな上司のサシ飲みにしか見えないだろう。


 もちろん実際はそうではない。俺からすれば1分1秒でも早くこの飲み会から離脱したかったし、せっかくの料理や酒を味わう余裕も無かった。

 だというのにこのクソ魔王ときたら、まるで底なし沼のように酒瓶をがぱがぱ空けてやがる! 飲み会が終わる気配はいっこうに見えてこない!


「そなたのような逸材ともなれば、本来はもう少し盛大な宴を開きたいのだがな。なにぶん物資も困窮しておるゆえ、許すがいい」

「とんでもない。私などにこれ程の歓待、十分すぎるほどです」

「そうか? ならばせめて、この場では腹が破裂するまで食って飲んでいけ!」

「ははは……はははは」


 苦笑いを浮かべながら、俺の脳はどうすればこの地獄からスムーズに離脱できるかを考え続けていた。


 ----


 状況を整理しよう。

 魔王城の大広間――俺はかつての敵、魔王エキドナと盃を交わしている。

 それも勇者レオとしてではない。正体を隠した黒騎士オニキスとしてだ。


 地獄の飲み会は極めて順調に進行していた。

 飲み会が途中で中断されるような事態――そう、たとえば、魔王が途中で出て行かざるを得ないような重大極まるトラブルだとか、そういった救いがもたらされる様子は欠片もなかった。

 おかげで、もうかれこれ一時間ほどブッ通しでエキドナと喋り続けている。それはそうだ。ここには俺たち二人しか居ないんだから。しかも俺には会話を途切れさせてはいけない理由があった。


「どうしたオニキス! 飲め飲め!」

「飲んでおります。この果実酒のまろやかな味わいときたら!」


不可追求トゥルースロック》や《正体隠蔽ゴーストフェイス》をはじめとする認識操作呪文の弱点は“観察”だ。じっと観察されればされるほど、隠蔽された真実に気づかれやすくなる。

 相手に観察させない為には――適度に喋り、適度に喋らせ、会話に専心させるのが一番手っ取り早い。というより、飲み会だとそれくらいしか対策手段がない……。


 最高上司たるエキドナに万が一の失礼があってはならない。

 中身が勇者レオだという事がバレないようにしなければならない。

 会話を途切れさせてはならない。

 表向きは平静を装わなければならない。


 このあたりのバランスを取るべく、俺は必死で会話の流れを調整し続けていた。


「さあ陛下、グラスが空になっております。私がお注ぎいたしましょう」

「おう、おう。まこと気の利く奴よなぁ」


 せっかくなので、飲み会がちょっとだけラクになる極意を教えよう。

 極意その1――上司のグラスが空に近くなったら即座に酒を注ぐべし。

 酒を注いでいる間は少しだけ会話の手を休める事ができるし、“気の利くやつだ”と思わせる事もできる。酒の席での基本と言えるだろう。


 ……だが、俺の本当の狙いはそんなところには無い。


「さ、ぐぐっと! ぐぐーっと!」

「んぐ……ぷはぁーっ!」

「ささ、もう一杯!」


 空になったグラスにすかさず追加のエールを注ぐ。

 そうだ。この戦法の真の狙いは――上司を酔い潰す事。その一点に尽きる!


「んぐっ、んぐ……ぷはあ!」

「お見事でございます! さ、もう一杯!」


 さあ、もっと飲め。ガンガン飲め。

 そして酔い潰れろ! このクソ飲み会をさっさとお開きにしろ!

 間違っても二次会など開こうとは思うなよ!


「んん……」

「……陛下、大丈夫ですか?」


 思惑通り酒を飲むペースが落ちてきた。すかさず、さも心配そうに声をかける。


「そろそろお開きに……」


 エキドナが唸り、にぱっと笑った。


「興が乗ってきたぞ! どれ、瓶ごと寄越せ!」

「……ははははは」

「オニキスも飲め! ほれ、ぐぐーっと」

「ははははは」


 なお、このやり方は酒豪には全く通用しない。それどころか墓穴を掘る事もあるので、相手を選んで仕掛けてほしい。

 こっそりと《解毒アンチドーテ》の呪文を自分にかけた後、俺も偉大なる魔王閣下に倣ってエールを一気飲みする。あっぶねえ……こっちが酔い潰されるところだったぞ……



「それにしても、城の食堂には随分と腕の良い調理師が揃っているようですな。陛下が召し上がってらっしゃるそのソーセージとか」

「ああ、これか? 中に何か練り込まれていて、それがまた良い味を出しておる。そなたも食うてみよ」

「は」


 極意その2。人間は――こいつは魔族だけど――自分に対して積極的な興味を示してくれる相手に好意を抱きやすい。

 別に飲み会に限った話ではないけどな。とにかく“私はあなたに興味があります”とアピールしていくのが相手に気に入られる基本だ。

 今みたいな状況なら……相手が食ってるもの・飲んでるものに言及すればとりあえずハズレは無いって事になる。


「このソーセージ、練り込まれているのはラルゴ産の香辛料ですな。刻んだパプリカも入っていて断面の彩りも良い。西方伝来のレシピをアレンジしているようです」

「ほほう。そなた、料理に関しても造詣が深いのか」

「たまたまです。先日、リリ様と共にラルゴへ行きましたゆえ」


 ……断っておくと、このソーセージを作ったのは俺だ。食堂のメシがあまりにもマズいもんだから、二日ほど食堂に篭って調理師達に秘伝のレシピを叩きこんでやった。


 飲み会の極意その3。

 何の料理が供されるかについては、可能な限り事前に把握しておくと良い。食って飲んで話すのが飲み会なのだから、目の前にある料理ネタは思わぬところで思わぬ会話に繋がるものだ。

 “これ美味しいね”でも“これマズいね”でもいい。きっかけを作りさえすれば、後は自然と酒の勢いで会話が発展していくものだ。


「剣も魔術も料理もできる。つくづく万能であるなあ、オニキスよ」

「いやいや。多少の心得があるだけでして」


 謙遜しながら頭を掻く。

 ……そう、兜をかぶったままでは流石に失礼にあたるので、今の俺は兜を取っている。これもさっさと飲み会を終わらせたい理由のひとつだった。

 呪文で適当な顔に変えているとはいえ、この状態で長く話し続ければ正体を見破られる可能性は何倍にも高まってしまう。


 だが、こういったリスクをリターンに変えるのが勇者たる存在だ。

 エキドナがようやく俺の待っていた質問をしてくれた。


「しかしそなた、兜を取ればなかなかの男前ではないか。

 醜い顔を隠すわけでも、呪いの甲冑というわけでもない。

 何故めったに兜を脱がぬのだ?」

「は。これは」


 ――来た!

 飲み会の極意その4。立場の弱い新人が、唯一何の気兼ねもなく自己アピールできるのが“上司からの質問タイム”だ!


“休みの日は何をやってるの?”

“趣味は何?”

“お酒飲める?”

“好きな子はいる?”


 それらに対する回答次第で、飲み会の趨勢、飲み会の中での動きやすさ、ひいては明日からの仕事のしやすさが大きく変わると言っていい。

 さあ行けレオ! この地獄から1分1秒でも早く脱出できる素敵な自己アピールをエキドナにぶつけろ!


「――これは女神ティアナの呪いでございます。日に僅かな時間しか他人に素顔を晒す事を許されず……それゆえ、普段から鎧姿で」

「なんと。大丈夫なのか?」


 エキドナが俺を気遣うような声色になったので、もう少し踏み込んでみる。


「正直、危うい。大変危ういところではありますが……もう少々は持ちましょう。それよりも、魔王陛下とこうしてお話出来る事の方がずっと嬉しゅうございます」

「……こやつめ、言うてくれるではないか! さあ飲め飲め!」

「はははは」


 ――辛い飲み会からなるべく早く抜け出すコツを教えよう。それは今の俺のように、『タイムリミットがあるので長くは付き合えません』と明確に伝えておくことだ。

 出来るならなるべく早い段階……それこそ飲み会がはじまる前に言っておいた方がいい。多くの場合、人間というのは『自分の想定外の事』を嫌うからな。


 “こいつは早く帰る”――そういう印象を事前に植え付けておくだけで、飲み会からの抜け出しやすさは段違いになる。

 『少しだけ参加して帰ります』でも、最初から誘いを断るよりずっと心象はよくなるだろう。もし飲み会が頻繁に開かれるような職場に勤めているなら覚えておいて損はない。ケースバイケースだがな!


「いやあ、今日は良き日だ。黒騎士オニキスと魔王エキドナの友情に乾杯!」

「乾杯! ははは、はははは」


 まあ、このセオリーが魔族のエキドナ相手にどこまで通じるかはわからん。正直言って気休めのような策だが、何もしないよりはマシだ。エキドナも今のやりとりで多少はタイムリミットを意識してくれたはずだろう…………意識してくれたよね?

 オリーブオイルに浸したパンを齧る。ほろよい気分のエキドナは上機嫌で、俺のことを褒めちぎっていた。


「聞いたぞう。入ってそうそう、魔将軍シュティーナの負担を大きく減らしたばかりか、獣将軍リリの面倒まで見たそうではないか。その働き、なかなかに素晴らしい!」


「は。勿体なきお言葉でございます」


「人間であろうとなんであろうと、能力のある者を我は歓迎するし、評価する。

 そなたが魔王軍に入ってくれて本当によかった!」


「……ふうむ。となると」


 ――聞かない方がいいかな。いや、ここは聞いとこう。


「例の、勇者レオ・デモンハート。あれもでしょうか?

 魔王軍に入りたがっていると聞きましたが」


「……勇者!」


 エキドナが無言でエールを飲み干した。瞳が憤怒の色に燃え上がり、空のグラスをテーブルに叩きつける。


「……あんなのは要らぬ。要らぬわ! ぜったい要らん! 性格のねじ曲がった社会不適合者め、あんなのを我が魔王軍に入れたが最後、組織が内側から崩壊するわ!」


 ぶんぶんと手を振り回し、いかに勇者レオが魔王軍に不要かを力説する。

 目の前に居る。目の前にいるよ、そいつ。もうバリバリに組織改革を進めてるよ。


「たとえ千人、一万人ぶんの働きをしようとも要らん!」

「それ程にですか」

「要らぬ! だいたいからしてだな」


 次のエールに手をつけながらエキドナがを巻いた。


「ヤツの邪魔さえ入らなければ、我はいまごろ《賢者の石》を手にしておったのだ! それを、もう……あいつときたら! あいつときたら!」

「……《賢者の石》ですか」

「くそう! くそう!」



 ――どしどしと地団駄を踏み、ありとあらゆる罵詈雑言を勇者レオに投げかけるエキドナ。こいつは放置して、少し《賢者の石》について話しておこう。


《賢者の石》というのは聖都レナイェに存在するらしい秘宝だ。

 遥か昔、地中深くに眠っていたのを初代聖王が発見し、聖都発展の礎にしたと言われている。


 とか、存在するというのは、実物を見たことがある人間が皆無だからだ。外見をはじめとする殆どの情報は謎に包まれていて、王家や大神官といった最高権力者達しかその詳細を知らない。ゆえに、《賢者の石》に関しては様々な噂が流れている。


 曰く、一面の荒れ地だったかつてのレナイェ周辺に緑を蘇らせたとか。

《賢者の石》の守護のおかげで聖都の人間は病知らずだとか。

《賢者の石》に触れた人間は不死不滅の存在になるだとか、世界が危機に瀕した時に《賢者の石》から聖なる勇者が生まれでて敵を討つだとか。

 億万長者になれるとか学力を上げてくれるだとか死んだお爺ちゃんを蘇らせてくれるとか、エトセトラエトセトラ。


 これらはほんの一例で、挙げていけば本当にキリがない。くだらないところだと『美味しいパンケーキを無限に生成してくれる』なんてものまであるから、人間の想像力には恐れ入る。

 エキドナもまた、不老不死を求めて《賢者の石》を奪い去ろうとしているらしいのだが――かわいそうに。《賢者の石》にまつわる噂は、その大半が根も葉もないガセネタだ。


 だってそうだろう。不死不滅になれるなら初代聖王やら欲深い神官どもがとっくにそうなってるだろうが、ついぞそんな話は聞いたことがない。先代聖王は魔王エキドナ侵攻の心労によって昨年死んだばかりだし、《賢者の石》から聖なる勇者が生まれて悪を討つなら、エキドナに世界の半分を奪われたりもしないだろう。


 そして何より――――

 実のところ、俺は《賢者の石》を使


 聖都にあると噂されるやつとはまた違うものだ。しかも、そいつが今どこにあるかまで把握している。俺は石を使い、勇者としての力を手に入れたようなものなのだ。

 まあ、人生経験豊富な俺だからこそ《賢者の石》を扱えたのだが……そこらへんの詳細はまた今度語る事にしよう。


 だからこそ分かる。あれは確かにすごいパワーを持っているし、使い方次第で様々な事ができるだろうが、人間や魔族をホイホイ不老不死にするような都合の良い代物ではないし、枕元に置いておくだけで病気知らずの億万長者にしてくれるようなインスタント奇跡生成装置でもない。

 それを知ってか知らずか、エキドナは未だに勇者への呪詛を吐き続けている。


「我ら魔王軍、いっときはレナイェ中央の尖塔が見えるところまで攻め入ったのだぞ! それを、あの勇者が台無しにしおって!」

「なるほど。軍団の9割を失っても魔界へ退かないのは、支配が目的ではないから。《賢者の石》さえ手に入れば良いからですか」

「そうだ!」


 勇者への悪態をつくのにようやく飽きてくれたらしく、荒い息を吐くエキドナが乱暴に肉団子をひっつまみ、あんぐりと開けた口の中にまとめて放り込んだ。


「もぐ……先の戦いでは大々的にやりすぎた。真に《賢者の石》が聖都レナイェにあるのなら、なにも人間全てと真っ向切って戦う必要もないわけだ」

「騙したり、こっそり盗んだり?」

「手を組んだりな」


 ふふんと笑う。なるほどね。あの面接の日、人間界最強の戦力である俺を即座に追い返したのも、今回は搦手からめてで行くと決めていたからか。


「ふむ、ふむ。しかしそうなると、尚のこと気になります」

「ん?」

「陛下は《賢者の石》でいったい何を?」

「……」

「人間どもは、“魔王エキドナは不老不死を求めて《賢者の石》を狙っている”――と喧伝しておりましたが。まことなのでしょうか」


 ずっと聞きたかった事だった。


 俺に完膚なきまでに叩きのめされ、少女の姿にされ、軍団の大半を失い、支配していた領地は失い……それでもなお魔界へ退かぬ理由。

 それでもなお《賢者の石》を手に入れようとするモチベーションはなんなのか。

 不老不死になりたいだの大金持ちになりたいだの――エキドナの願いがそんなありふれた俗っぽいものなら、とっくに心が折れておうちへ帰っていてもおかしくない。

 いや、てっきりそうなるものだとばかり思っていた。


 だというのに、こいつは諦めずに軍団を再編成し、魔界に退く事もせず、今なお魔王城に留まり続けている。

 エキドナは酒の入ったグラスを置き、少し真面目な顔になった。水を一口飲んで静かに話し出す。


「魔界に来た事はあるか?」

「いえ」


 首を横に振る。


「魔族や魔獣、亜人……人間以外の種族はみなそこから来たと聞いてはおりますが、行った事はありません」

「そうだ。我らの故郷たる魔界は――それはもう荒れ果てた大地でな」


 ゆらゆらとグラスの中で揺蕩う水を眺め、嘆息する。


「日も差さぬ。草木もまばら。

 常に薄暗く、空気は淀み、力ある者だけが生き残る弱肉強食の世界だ」

「まさにですな。

 そのような混沌渦巻く地で生まれれば、なるほど、魔族の強さも納得というもの」


「……それがもう、我は嫌なのだ」


「は?」


 聞き違いかと思い、思わず素で反応してしまった

 彼女の目は真剣そのものだった。静かな、しかし熱のこもった口調で語る。


「混沌とした魔界に秩序を築きたい。争いなき魔界を作りたい。

 あたたかな陽の光を、それに照らされる綺麗な小川を。

 そこで泳ぐ魚を、ざわざわと風に揺れる草原や森を作りたい」


「……まるで人間界ですな」


「ああ。我はそのために――シュティーナをはじめとする協力者を募り、人間界へやってきたのだ。《賢者の石》を手にするためにな」


「なる、……ほど」


 ――平静を装いながら、しかし俺は内心、この言葉にどう反応するべきか大いに困惑していた。

 グラスの底に少しだけ残った果実酒をチビチビと飲みながら思案する。


 意外と言えばあまりに意外な話だ。エキドナが《賢者の石》を狙っているのは周知の事実ではあったが、その詳細までは知らなかった。

 敵対していた頃はこうして動機を詳しく聞く機会などなかったし、そもそも大した理由ではないだろうと高をくくっていた。《賢者の石》の噂に惹かれてやってきた、私利私欲にまみれた、ちょっと他のやつより強いだけのチンピラ女……そう考えていた。


 人間界より魔界。

 確かに、私利私欲である事に変わりはないかもしれない。

 それでも“みんなのために故郷を良くしたい”という言葉が、まさか魔族の、魔王の口から出てくるとは予想もしていなかった。エキドナが喋りだす。


「人間どもに恨みはない。

 だが、聖都にある《賢者の石》は我々魔王軍が手に入れる」


「大人しく《賢者の石》を差し出すならよし。

 逆らうならば容赦はしない。そういう事ですか」


「そうだ」


 大きく頷き、水を飲み干す。


「そこで善を気取っても仕方がない。我らが《賢者の石》を奪えば、どのみち人間界は荒廃し衰退しよう。竜人やリリの故郷の人間など、我に協力する者は魔界にて庇護するが、それ以外の人間はどうなろうが知らぬ。 ――ああ知らぬ! 知らぬとも!」


 無理やり自分に言い聞かせるような口調だった。そして、じっと俺の目を覗き込んでくる。


「我は」


 一度言葉を切り、エキドナが目を伏せた。

 ぱちぱちと二、三度瞬きした後、ふたたびこちらを見る。


「生まれ故郷のために。魔界に秩序をもたらすために。

 ただひたすらな身勝手で、人間界へ混沌を撒き散らしにきたのだ」


「……なるほど」


「オニキスよ。そなたはどうだ?

 そなたは何故、魔王軍我らの元へ参ったのだ?」


 ……今度は俺が答える番のようだった。

 エキドナは既に酒も飲まず、料理も食べていない。ただただ俺の方を見ている。


「人に裏切られたか。世界を終わらせたいか。

 ――それとも、ただ死に場所を求めてまいったか?

 そなたの動機を聞かせてほしい」


「私は」


 言葉に詰まりそうになる。


 ……これだから飲み会というのは困る。さっきまでバカ話をしていたはずなのに、ふとしたところから真面目な話に発展したりする。

 そして、バカ話の延長線だからこそ――飲み会での会話というのは、意外に本音が要求されたりする。


 嘘をつく事は容易い。

 だが、ここまでエキドナが腹を割ってくれたのだ。これ以上欺けば、あとで勇者レオとして正体を晒した時の心象を悪くしそうではあった。

 幸いなことに、俺には《賢者の石》の情報という隠し玉もある。


(仕方がない。シュティーナとリリの仕事を助けてやった――それだけでも、俺が魔王軍入りする実績としては十分だろう)


 覚悟を決める。

 俺はエキドナの認識を操作していた全呪文を解除し、ここでレオとしての正体を晒す事にした。本当は四天王全員を味方につけた後、適切な場を整えてからカミングアウトしたかったのだが、致し方ない。

 おそらくエキドナは俺の魔王軍入りを断固として反対するだろうが、このタイミングを逃すわけにはいかなかった。あとは俺が知っている《賢者の石》の情報を手土産に、なんとかして正式採用を認めさせるしかない。


「私――いや」

「うむ」

「俺は、」




 ――バン!




 ふいに、大広間の扉が開け放たれた。


「ハーッ……ハァーッ……」

「…………なにごとかシュティーナ。騒々しいぞ」


 果たしてそこには――急いで駆けてきたのだろう――シュティーナが、体裁も整えずに息を切らせていた。

 彼女の手には何かの紙切れ。が、二枚。


「申し訳……こ、これ……これを」 エキドナの叱責も上の空といった様子でふるふると震えながら、俺たち二人に見えるように紙切れを差し出してくる。 「これを」


 俺とエキドナが、ほぼ同時に内容に目を走らせた。

 内容は極めて簡素だった。


『旅に出ます。探さないで下さい - 無影将軍メルネス』

『部下の教育失敗の責を負い、自刃致します - 竜将軍エドヴァルト』



「「…………はあああああーーー!?」」



 魔王城の大広間に、勇者と魔王二人分の悲鳴がこだました。

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