3-2. ダメな相手には何をやってもダメ

 ――頼む。頼むぞ。

 マジで頼む!

 今度こそうまく行ってくれ!


 もはや祈るような気持ちで懇願する。俺が用意した試練はこれで最後だ。

 ここでリリが苦戦してくれないと、今日やった事は全て無駄になってしまう。


 ……いやいや、大丈夫だ。今度こそ大丈夫。

 だって全部で12個も試練を用意したんだぞ。そのことごとくをあっさりと突破されるなんて、そんなことあるわけがない。

 あるわけがない――あるわけが――


『――おりゃああああああ!』 あああ、突破しやがった!


 必死の祈りも虚しく、12個目の試練……“部下のみんなと協力しないと倒せない超大型泥巨人クレイゴーレム”は、リリ一人の手にかかり爆発四散した。

 俺のかけた《難問結界リドルルーム》の呪文も解除され、先に進めるようになる。リリが嬉しそうにこちらを振り返った。


『やったー! 倒したよー!』

「倒しちゃったね……」

『じゃああたし、急いでるから! またね!』

「そうだね……」


 去っていくリリを見送る。俺の計画は完全に失敗した。


 どうしてこうなった。いったいどこで間違えた。

 何故こうなったのか説明させてくれ。

 言い訳をさせてくれ――――



 ----



 時間を戻す。そう、俺がヘビに噛まれた直後あたりがいいな。

 俺だってなにも伊達や酔狂で噛まれたわけではない。あれにはちゃんとした理由があった。


「――――にいちゃーん!?」


 持ってきた頭痛薬をほっぽりだし、リリが両手で俺の体を揺さぶった。

 俺を噛んだエルキアマダラヘビは彼女の足元をぬけ、天幕の外へと逃げていく。


「リリ……あ、あの蛇……は」

「あたし知ってる! ヒトカミコロリ! ヒトカミコロリだよ!」


 そう、エルキア出身のこいつはエルキアマダラヘビの恐ろしさをよく知っている。

 一度噛まれれば高位の聖職者でも解毒は困難。しかも、わずか数時間で全身が赤紫色になって死ぬという致死率の高さ。猛毒ヘビ――ついたあだ名が『ヒトカミコロリ』。


 俺が召喚したこのヒトカミコロリ様こそが、

 リリを成長させるキーアイテムだった。


「助けてくれ……ど、毒が回って死にそうだ……」

「にいちゃん! しっかり!」

「もうだめだ……流石の俺でもあと半日くらいで死ぬ気がする……」

「死なないでー!」


 ――筋書きはこうだ。まず、猛毒に冒されて死にそうな俺をリリが発見する。

 この猛毒の治療法はふたつ。高位の術者を呼んできて《清浄光クリアランス》を使うか、西の山に生えているラルゴ諸島特有の薬草を使うか。

 ただし、


「ね、シュティーナ! シュティーナなら治せるよね?!」

「無理だ……誰かが《転送門ポータル》をブッ壊しやがった。城には当分戻れねえ……!」

「わわわ……あわわわわ……」


 ――この通り、前者の選択肢は封じてある。今この付近に《清浄光クリアランス》が使えるような聖職者ビショップが居ないのも確認済みだから、こいつは薬草を取りに行くしかない。そもそも淫魔のシュティーナは《清浄光クリアランス》を使えないしな。

 薬草が生えている西の山までは結構な距離があるが、リリが本気を出せばお散歩感覚で薬草をゲットできる事だろう。


 ……だがバカめ、そう簡単に行くか!

 西の山へと繋がる道には無数の試練トラップを設置済みよ!


 たとえば土精霊ノームの力で生み出した大クレバス。

 これは巨鳥族ロック妖鳥族ハーピーの協力を得ないとまずクリアできない。仲間との連携がキモになるだろう。


 あるいは火精霊サラマンダーの力で生み出した豪炎の回廊。

 これは氷結呪文を使えるコボルトやゴブリンの呪術師を連れてきて、間断なく呪文を浴びせないと通れない。


 そして極めつけは、指定条件をクリアしないと出られない結界に相手を閉じ込める拠点防衛呪文、《難問結界リドルルーム》。いくつかの試練にはこいつを採用した。

 具体的に言うと、最後――第十二の試練は全高100mの超大型泥巨人クレイゴーレムを倒さないと結界からは出られない。


 ゴーレムの弱点は後頭部だ。

 確実に後頭部を叩くには、


 “部下に足止めさせ”

 “その間に巨鳥族ロックに乗って空を飛び”

 “ゴブリンとハーピーの弓兵部隊が矢を射掛けて怯んだ一瞬のスキをつき”

 “リリが後頭部に一撃を食らわせる”


 ――という連携が必要になる。


 こんな具合の難題が全部で十二個。いずれもリリ一人では対応困難だが、部下と協力すればちゃんと突破できるものばかり。


 この試練を通じ、リリに部下との連携を学ばせる。

 それが今回の狙いだった。


 なお、ラルゴ諸島と魔王城を繋ぐ貴重な《転送門ポータル》を誰が壊したのかについてだが、これはさほど重要ではないので割愛する。

 いいんだよ後で直せば。いいんだって。


「――薬草ね? 薬草もってくればいいのね!」

「ああ頼む、西の山だぞ……もう目も霞んできた」

「わかった! 大丈夫、あたしの脚ならすぐだから!」

「ああ、信頼してる」


 バタバタと天幕を出ていこうとして、再度戻ってくる。


「西ってどっち?」

「……あっち」

「まかせて!」


 今度こそ出ていく。

 即座に自前の《清浄光クリアランス》でさっさと解毒を済ませ、獣召喚サモンビーストを切ってどこかへ行ってしまったヘビを消去する。

 そして、上空に浮かべた《遠見魔眼ミラージュアイ》でリリの様子を見守る事にした。


 ----



「西の山の薬草……西の山の薬草……!」


 ――追尾する《遠見魔眼ミラージュアイ》にも気づかず、ものすごい勢いでリリが走っていく。暖かな日差しに満ちた野を駆け、小川を飛び越え、木の枝をジャンプ台のようにして勢いをつけ、更に加速する。

 この時点でもうかなりのスピードだ。全力疾走中のこいつに追いつけるのはせいぜい鷲獅子グリフォンくらいだろうが――こいつにはまだ先がある。


 ふいにリリの全身が輝いた。

 淡い光が全身を覆っていき、光が激しく明滅する。

 そして――ふいに、光が晴れた。


『―――――西の! 山の! 薬草!』


 そこには、リリの代わりに真っ白な毛並みの巨大な狼が立っていた。

 がっしりとした四肢で地面を踏みしめ、再び走り出す。


 こうなると速度は桁違いだ。文字通り飛ぶような勢いで大地を駆けていく。

 すれ違った竜人の親子が目を丸くするのが《遠見魔眼ミラージュアイ》越しに見えたが、まばたき一つしない内に親子は遥か彼方に遠ざかり、次の瞬間にはそれすら黒い点となって地平線に消えた。


 神狼フェンリル。

 リリの故郷、エルキア大陸の守り神として古くから伝わる、巨大な狼。

 何故あいつがそんな大層なものに変身出来るのかは知らない。あいつの部族全員がフェンリルになれるのか、それともリリ特有のものなのかも分からない。

 ただ一つ確かなのは、早くも彼女が最初の試練に到着したという事だけだった。


『む……!』


 西の山に繋がる唯一の洞窟。

 その入口は今や、魔術で生み出した巨岩にすっぽりと塞がれている。


 当然ながら俺の仕業だ。あの巨岩には物理衝撃を99%カットする防御呪文、《絶対物理防御インビンシブル》をかけてあるから、物理攻撃ではほぼ絶対に破壊できない。


絶対物理防御インビンシブル》は“効果対象が移動できなくなる”デメリットを併せ持っているが、現状ではそのデメリットがメリットとして働いていた。なにせ、今やどんな力持ちでもあの岩を動かす事はできないのだ。


 この試練を突破するには呪文を使える部下を連れてくるしかない。

 一見無理でも――まずはそこに気づかせる!


『この岩、壊せないやつかな……?』


 フェンリルが巨岩にガツガツと体当たりする。

 当然、無駄な事だ。弾き返される。


『やっぱり! 壊せないやつだ!』


 何度も何度も繰り返し体当たりする。

 さすがのリリもこの岩が普通でない事に気づいたようだった。


『んもう! いそいでるのに!』


 何度も何度も体当たりを――だから、おい! 無駄だってば!

 お前なら物理攻撃が効かない事くらい感触でわかるだろ……! 近くの村へ戻って、呪文を使えるコボルトやゴブリンどもを連れてこい!

 憤る俺の声は届かない。フェンリルは愚直な体当たりを続けるばかりだ。




 ――リリが正解に気づくまで少し話題を変えると、誰だって最初は初心者だ。

 どんな大魔導師も最初は《薄明ディム・ライト》からはじめただろうし、どんな剣士だって最初はへろへろの斬撃しか繰り出せなかっただろう。


 はじめてやる事は失敗して当たり前。

 教わったことがない事をいきなり上手くやれないのは当たり前。

 じゃあどうやって人は成長していくのかというと、それはひとえに『経験の蓄積』に他ならない。


 “ああ、自分にはこんな事ができるんだ”

 “ああ、こういう風にやってみると楽なんだ”


 いろいろな経験をするうちに、そういった小さな“気付き”が積み重なり、人は徐々に成長していく。それまで出来なかった事が出来るようになっていく。

 リリに課したこの『巨岩の試練』は、まさにその“気づき”が狙いだった。


 自分ひとりではできない事も、他人とやればうまく行く。

 自分ひとりでは時間がかかる事も、皆で協力すれば早く終わる。

 そこに気づいてくれれば、リリもきっと部下との連携を意識するようになってくれるだろう。そうすれば、『――あ! いけそう!』



 なんだって?



 《遠見魔眼ミラージュアイ》に目を戻すと、確かに巨岩に小さなヒビが入っているのが見えた。

 いやいやいや、待て待て待て。

 ありえないだろ! 《絶対物理防御インビンシブル》だぞ!

 物理衝撃を100%カットするんだぞ。おかしいだろ!


 そりゃあ確かに……厳密に言えば100%ではなく99.9%かもしれないが……体当たりのような純然たる物理攻撃には“ほぼ”無敵と言っていい。

 このバカ、ちょっと目を離した間にどれだけ体当たりしたんだよ!


『もうちょい……もうちょい……!』


 もうちょいじゃねーよ! やめろ! ほんとにやめろ!

 フェンリルが繰り返し体当たりする。爪を立て、牙をくいこませ、グリグリと捩じ込んでいく。その度にヒビは徐々に大きくなり、巨大な亀裂と化していった。巨岩はミシミシと頼りない悲鳴をあげた。


『もうちょい! もうちょい!』


 やめてくれ……! これはそういうやり方でクリアしちゃいけないんだよ!

 呼びかけるが、当然聞こえるわけがない。


 俺は、賢明なる獣将軍閣下が考えを改めてくれる事に賭けた。

 ほら、いいから諦めて近くの村に行こう。君の脚なら走って1分くらいだし、部下のコボルト呪術師隊だって常駐してるよ。

 呪文を叩き込めば一発だから、呪術師のみんなを呼んでこよう。

 みんなで一緒に試練を、 『わっしょーーい!』 ――ああああ壊された!


遠見魔眼ミラージュアイ》の映像が一瞬ブレるほどの轟音が響き、巨岩が砕け散った。

 脳みそが筋肉で出来ている神狼は満足げにひと吠えし、薄暗い洞穴に身を投じる。

 ウソだろ……こいつ一人でクリアしやがった……部下との連携とか無しで……




 ――思わず呆けてしまったが、気を取り直す。洞窟内に配置した第二の試練、あれは一筋縄ではいかない。今度こそ大丈夫だ。


『む!』


 薄暗い洞窟内でフェンリルが足を止めた。

 彼女の視線の先。狭い洞窟いっぱいにひしめいて行く手を阻んでいるのは、巨大な緑色のスライムだ――それも数十体。

 当然、これも俺が配置したものである。


 このスライム軍団、一見すれば動きが遅く、毒も持ってなさそうに見えるだろう。正解だ。

 こいつらは動きが遅いし、毒も持っていない。ただひたすらに図体がでかいだけ、通路を塞いでいるだけのだ。


 フェンリルもそれに気づいたのか、前脚の爪を振るう。

 切り裂かれたスライムはバラバラに四方へはじけ飛び、


『――えっ!?』


 ……はじけ飛んだスライムの欠片がぶくぶくと膨れ上がり、へと姿を変えた。

 そう。これこそが第二の試練――“無限増殖スライム”!


『もー! なんで! 増えるの!』


 フェンリルが唸り声をあげてスライムを叩き潰しているが、スライムの数は全く減らない。どころかどんどん増えていっている。

 

 (――無駄な事を。それじゃあいつまで経っても洞窟からは出られないぞ)


 先に正解を言ってしまうと、こいつらは別に無敵というわけではない。

 目のいい奴なら気づいただろう――最初の数十体の中に、一体だけ極小の赤いスライムが紛れ込んでいた事に。あれがスライム達の本体コアだ。

 周囲の巨大スライムは全てダミー。赤い本体コア・スライムさえ潰せば一発で終わり、ということだ。

 魔眼を通じた映像の中では、未だにフェンリルが鋭い爪による死の舞踏を披露し、そのたびに凄まじい勢いでスライムが増え続けている。


『なんで! 増えるのー!』


 もちろん、リリひとりでは洞窟を埋め尽くす数十体――これ、もう百体を超えてるな――の中から正解ただ一つを探し出すのは至難を極める。

 迅速にクリアするには、そうだな。知覚能力に長けた部下を連れてくるのが一番手っ取り早いはずだ。闇でも目が利く猫獣人フェルプスあたりなら、薄暗い洞窟の中でも正解のスライムを一発で見つけられるだろう。

 そうでなければ氷結呪文が使える部下を連れてくるのもいい。スライム達は粘体の宿命として凝固に弱いから、凍結呪文で凍らせてから砕けば『たおせたー!』  ――あああああ!?


 慌てて《遠見魔眼ミラージュアイ》に目を戻すと、洞窟内のスライムはものの見事に全滅していた。

 なに? こいつ何した!?


 意気揚々と洞窟内を駆けていくフェンリル。

 それをよそに魔眼が記録した過去映像を呼び出し――絶句する。


 30秒前。

 フェンリルが攻撃するたび、狭い洞窟内でスライムが増殖していく。

 

 20秒前。

 増えすぎたスライムが本体の赤スライムをギュウギュウに圧迫している。


 10秒前。

 ……圧迫されるあまり、赤スライムが潰れかけている。


 5秒前。

 とうとう赤スライムがグチャリと潰れた。

 全スライムが爆発四散し、フェンリルが勝利の雄叫びをあげた。


 「……………………」


 ----



「――お待ちなさい!」

『む!』


 俺の制止に応じ、フェンリルがぴたりと停止する。

 ギャリギャリと地面を爪でえぐり、クレバスへ落下する直前で停止した。


「……危ないところでしたね。危うく、崖底へ真っ逆さまでしたよ」

『おおお……』


 奈落の底を覗き込み、フェンリルが身震いした。

 そう、ここは第三の試練。俺が土精霊ノームの力で生み出した大クレバスだ。俺とフェンリルが立っている崖の反対側――向こう岸にかすかな道が見える。

 あの道しか西の山に続くルートは存在しないし、当然、橋などもかかっていない。


 遥か谷底には、と音を立てる流れの早い川がうねっている。崖から落ちてもフェンリルなら死にはしないだろうが、この川は最初の洞窟の入り口近くまで流れているから、もし流されればかなりのタイムロスになるだろう。


 先程も言ったが、こいつは巨鳥族ロック妖鳥族ハーピーの協力を得て対岸に渡る試練だ。

 フェンリルの脚力で助走をつけて跳んだとしても対岸には辿り着けまい。今度こそ俺の目論見は成功するはずだ。


『おじさん、だれ?』

「ああ、申し遅れました。私は旅をしているゴッドハートという者でして――いやはや」


変装ディスガイズ》で旅の吟遊詩人に化けた俺は、さも残念そうに口にする。


「私にがいれば!

 そう、例えば――巨鳥族ロック妖鳥族ハーピーの仲間が一人か二人もいれば! 彼らと協力し、ゆうゆうと向こう側に渡れるのですが……!」


『仲間……協力!』


 フェンリルの耳がピンと立った。

 よかった! どうやら、ようやく正解に気づいてくれたらしい!


「一人では突破できない障害も、皆でやれば突破できる――そう思いませんか?」

『そっか……そっかあ。うん、そうだよね。うん、うん!』


 神狼がぶんぶんと首を縦に振る。


『ありがとうゴッドさん! あたし、みんなに相談してみるね!』

「おや、そうですか。お気をつけて」


 俺が手を振る頃には、フェンリルは猛スピードで来た道を引き返していった後だった。巨狼の姿が完全に見えなくなったあと、大きく息を吐く。


 いや、よかったよかった。かなり強引な軌道修正だった気もするが、これでようやくリリも『部下との連携』という可能性に気づいてくれた事だろう。

 気づいてくれたなら、あとは反復練習して連携のクオリティを上げていくだけだ。



 そう、反復練習。


 仕事・遊びに関わらず、何事にも“上手い奴”と“下手な奴”が居る。

 下手な奴からすれば、たとえ一生かけて練習しても上手い奴には絶対に勝てないように感じるだろう。

 あいつらには才能があって、自分には才能がない――そう感じる事だろう。


 だが違う。違うのだ。


 上手い奴らは経験が多く、慣れているだけ。

 下手な奴は経験が少なく、不慣れなだけ。

 多くの場合はただそれだけだったりする。世の中のだいたいの事は――時間とやる気さえあれば――経験値で補えるケースが非常に多い。


 ゆえに、新人に仕事を覚えさせたいならとにかく仕事を回し、経験を積ませてやった方がいい。

「ミスってもいいから、まずやってごらん」――その一言が重要なのだ。リリについても同じ事が言えた。


(リリにはこれから色々な経験を積ませてやろう。ミスは俺がカバーして、のびのびと指揮をやらせて、指揮官として大成させよう)


 たくさんの部下に的確な指示を出す将来のリリを想像し、ちょっと口元が緩んだ。

 あいつはいま何歳だっけ……11歳? 12歳? 今から経験を積ませていけば、それは立派な――




 ――ばしゃばしゃ。




 水音が俺の思考を中断させた。

 まるで、川を何かが泳いでいるような音だった。


「あ?」


 嫌な予感がして谷底の川を覗き込み――即座に後悔した。

 もう本日何度目か分からない絶句を味わう。


「……」


 勘弁してくれ。

 下流から……デカい狼が泳いでくる……。


『――ゴッドさーん!』


 谷底で狼が何か言っている。聞きたくない。


『――みんなに相談したらねー!

 下から泳いで行けばいいんじゃないかーって教えて貰えたの! ほら!』


 谷の底。下流からひたすら川を泳いできたフェンリルが向こう岸に張り付き、誇らしげに尻尾を振った。

 そして、ああ、嘘だろ。……


 みるみるうちに100メートル近い崖を登攀しきったフェンリルは、あっさりと崖の向こう側、西の山へ続く唯一の道にたどり着いてしまった。

 すさまじくイレギュラーな攻略法だった。俺が期待した巨鳥族ロックの出番も妖鳥族ハーピーの出番もなかった。


『ゴッドさーん! ありがとー!』


 ぺこりと頭を下げるような動きをする。


『アドバイスのおかげで、すごい上手くいきました!』

「ああ……うん……」

『じゃああたし、いそぐので! またね!』

「ああ……」


 しっぽを振って走り去るフェンリルの背中を、俺はただ見送る事しか出来なかった。


 ----


 その後も無様極まりない失敗は続いた。

 第四の試練、離れたところにある十個のスイッチを同時に押さないと開かない扉。

 リリの正確無比な投石によって失敗。


 第五の試練、火精霊サラマンダーの力で生み出した灼熱の洞窟。

 フェンリルの執拗な咆哮によって火精霊サラマンダーが怯えて逃げ出してしまい、ただの洞窟に逆戻り。失敗。


 失敗。失敗。

 失敗失敗失敗失敗。


 「…………だめ、だ…………」


 最後の試練の泥巨人クレイゴーレムを倒された後。

 一足先に魔王軍のキャンプ地に帰ってきた俺は、そのまま気絶してしまった。


 今回の俺の策は、完全なる失敗に終わってしまった――――。

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