2. 勇者 vs 魔将軍シュティーナ
2-1. 新人は誰よりも早く出勤せよ
――魔王城の朝は早い。
仮採用の新入りならばなおさらだ。一日でも早く正式採用してもらえるよう、誰よりも早く出勤し、誰よりも早く仕事に取り掛かり、全力で己のやる気をアピールする必要がある。
なにもそこまでと思うかもしれないが、新しい環境に馴染むにはそういう細かい気遣いこそが大事なのだ。
そうやって同僚や上司の信頼を勝ち取っていくのが、新人のつとめなのだ。
そういうわけで、俺は《
つかつかと窓に歩み寄ってカーテンを開ける。
爽やかな日差しが部屋一面に広がった。
(ああ、実にいい天気だ)
陽の光が全身の細胞ひとつひとつにまで染み渡り、一日の活力がチャージされていくような錯覚を覚える。
朝から曇っていたり雨が降っていたりすると気も滅入るものだが、これだけ晴れていれば楽しく仕事ができそうな気がしてくる。とにかく絶好の仕事日和だった。
「すー……むにゃ……」
「……」
だというのに、ベッドの上の彼女は未だに起きる気配を見せず、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。
呆れたねぼすけだ。どれ、これも新人のつとめだ。ひとつ俺が起こしてやるか。
「おい、起きろ」
「ん……んう……」
目覚める様子はない。
ゆさゆさと肩を揺する。
「もう朝だぞ。起きろってば」
「ううん……あと、五分……」
……ダメだった。多少強めに揺さぶっても効果がない。
こいつ、そんなに疲れてるのか? いったいどれだけ寝不足なんだ?
窓際に置かれた執務机に目をやる。なるほど、書類がうず高く積まれており、一日や二日では到底片付かない量の仕事が溜まっている様子が確認できた。
あらかじめ予想はできていたが、どうもこいつは新生魔王軍の持つ仕事の半分以上をたった一人で抱え込んでいるようだった。
それでもこいつは淫魔――魔族だからまだなんとかなっているわけで、普通の人間なら既に3回くらい過労死を迎えた上、そろそろ4回目に手が届きかけているところだろう。
そりゃあ寝不足にもなるわ。俺は一人頷いた。
……が、それはそれとして今はこいつに起きて貰いたい。
待っていればじきに目を覚ますだろうが、こんなところで朝一番の貴重な時間を浪費するのも馬鹿馬鹿しい。俺は早々に奥の手を使う事にした。
口の中でもごもごと呪文を唱え、自分を対象にして発動させる。
「――《
あー、あー。小声で発声練習して術の効き目を確かめる。
あー、あー。こほん。
よしよし、大丈夫そうだ。
俺は大きく息を吸い込むと、目の前のねぼすけ女が見ている楽しい夢の中にまでしっかり届くよう、とびきりの大声で言ってやった。
『――魔将軍よ! 新人採用の書類選考状況はどうなっている!』
「――ひいいっ!?」
『このエキドナをいつまで待たせるつもりなのか!』
効果てきめん。彼女は即座に飛び起きた。
そしてベッドの上で平伏し、まくし立てた。
「魔王陛下! たいっっっへん申し訳ございません!
応募者数が予想を遥かに上回っており、選考に若干の遅れが出ております!」
「遅れが出てるのか? そりゃあ良くないな」
「いえっ! 遅れが出ているといっても私一人でカバー出来る範囲ですから、明日中……いや、今日中には、最終面接に進む者のリストをお送りできるかと!」
これだ。これがこいつの寝不足の原因だろう。
自分の首を自分で締めてどうするというのか。
「バッカ野郎。そうやって一人で全部片付けようとするから駄目なんだ。
信頼できる部下を育て、仕事をそいつらに投げろ。それが上司のつとめだぞ」
「はッ! まこと仰る通りでござい…………は?」
言葉が途切れた。ここにきてようやく、この女は目の前に立つのが魔王エキドナではない事に気づいたようだった。
というか気づくの遅すぎだろ……敵対していた頃はクールな切れ者に見えたが、今やそのイメージは欠片も残っていない。もしかするとこいつ、根は随分とユルくて間抜けな奴なのかもしれない。
ぽかんと口を開けた間抜けな顔がこちらに向けられる。
寝癖のついた金髪が窓から差し込む朝日を反射し、きらきらと輝く。
ピンク色の薄いネグリジェに包まれた彼女の胸は、淫魔らしくそれなりに豊満で、目の保養としては悪くないものだった。
俺――魔王軍期待の新人勇者、レオ・デモンハート――は、ようやく目を覚ました魔将軍シュティーナに微笑みかけると、さわやかな朝の挨拶を投げかけてやった。
「おはようシュティーナ。早速だが、なんか仕事をくれ」
「――ぴぎゃあああああああああああああ!?」
さわやかな朝の挨拶への返事は、“おはよう”でも“起こしてくれてありがとう”でもなかった。
無数の氷柱で
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勇者、辞めます ~次の職場は魔王城~
……第二話:勇者 vs 魔将軍シュティーナ
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