1-4. 勇者、おためし採用される

 試用期間という制度がある。

 もとは港町ラベルタの商人ギルドが考案したもので、新しい職員を本格採用する前に一月から数ヶ月間ほどの期間、仮採用を行う制度だ。


 これの良いところは、雇う側と雇われる側の双方にメリットがあるところだ。

 雇う側は、相手が使えるやつなのかどうかを見極める事ができる。雇われる側は、実際に働いてみなければ分からない職場の雰囲気や文化を肌で味わう事ができる。


 実際のところ、世の中には『やってみないと分からない事』が非常に多い。

 戦いと同じだ。1の実戦は100の座学に勝ると言われるように、相手の人となりを把握するには肩を並べて戦ってみるのが一番手っ取り早い。


 お互いに相性を見極めるための

 それが試用期間であり、試験採用だ。




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「……いいでしょう」


 ふう、と長いため息をつき、魔将軍シュティーナが口を開いた。

 人差し指を唇にあて、しばし思案した後、しぶしぶと言った体で言葉を続ける。


「世界を救ったにも関わらず、人間たちに裏切られた哀れな勇者よ。

 仕えるべき相手、守るべき相手を見誤った悲しき男よ。

 貴方の志望動機に嘘偽りは無いと信じます」


「ありがとう。魔将軍シュティーナ」


 本心でお礼を言った。

 正直言って人間どもの身勝手さにはうんざりしていたし、野宿してあちこち虫刺されを作るのも嫌気が差していたところだったからだ。


 その点、魔王軍に入れば最低限の食い物は確保できるし、屋根のあるところで寝られるし、連日のように俺を殺しにやってくる刺客をあしらう必要もない。

 刺客のかわりに俺に恨みを持つ旧魔王軍の生き残りが命を狙ってくるかもしれないが、まあ、その時はその時だ。なんとかして平和的な解決方法を模索するとしよう。

 怨恨についてはシュティーナも同じ懸念を抱いていたのか、しつこく念を押してきた。


 「当面の間はエキドナ様には内緒ですよ。魔術でも魔道具マジックアイテムでもなんでもいいから、正体をしっかり隠す事。あなたに恨みがある者も、少しは残ってるんですから」


 「少し、か」


 「……少しですね」


 本当に少ししか残っていないのだろうな、と思った。

 なにせ今の魔王軍は――主に俺が暴れまわったせいで――ガタガタだ。人員は歯抜けで、田舎の国境警備隊みたいな規模にまで落ち込んでおり、組織としてはまるで機能していない。人員の増強が目下の最優先課題と言えるだろう。


 ことわっておくが、別に俺は魔王軍兵士をかたっぱしからブチ殺していったわけではない。《天魔炎獄球クリムゾンコメート》のような広域殲滅呪文を使ったのは、それこそ魔王や四天王クラスを相手取った時くらいだ。

 なにせ、相手は無駄な殺しを極力控えて侵略を進めていったエキドナ軍だ。虐殺は虐殺を呼び、怨恨を更なる怨恨を呼ぶ――魔王軍が平和的に動いているなら、こちらも平和的に動くしかなかったという、それだけの話である。


 《誘惑術テンプテーション》を使って部隊の内部崩壊を狙ったり、《虚脱呪ウィークネス》で体調を悪化させたところをふん縛って牢屋に叩き込んだり、余計な禍根を残さないよう色々と工夫してきたのだ。

 それだけ手間暇かけて頑張っても、やはり限度というものはある。俺に恨みを抱いている者だって当然いるだろう。

 正体がバレないよう仕事の時は顔を隠せ――というシュティーナの指摘は、しごく当然の話であった。


 そう、仕事。仕事だ!

 採用面接をはじめとする仕事はエキドナと四天王がやるのだから、とうぶんの間、魔王軍が人間界へちょっかいを出す事はないはずだ。俺がやるべき仕事もそんなに多くはないだろう。

 食べて、寝て、遊んで、ダラダラできる。魔王軍は俺にとって理想の職場になりそうだった。


「あと、これはあくまで一ヶ月間のです!

 この試用期間で然るべき成果を出して貰いますからね!」


 ――訂正する。

 理想の職場になるはずだった。流石にダラダラ遊んで暮らすのは無理か。


「……まさか、しばらくは遊んで暮らせそうだとか、

 そんなふざけた事を考えてたのではないでしょうね」


「まさか! とんでもない!」


「……はあ」


 両手を振って否定する。

 深い溜め息をつき、シュティーナは俺に言い聞かせるような口調になった。


「あなたの為でもあるのですよ。この試用期間で成果を出せたなら、わたしたち四天王が魔王さまにあなたの正式採用を進言してあげましょう」


「なるほど。逆に、成果が出せなかった場合は――?」


「追い出します」


 ぴしゃりと言われてしまった。

 そりゃそうだ。ただでさえ財政が逼迫しているところにごくつぶしを雇っておく理由など、どこにもない。しごくまっとうな理屈だった。


「わかってるよ、仕事はする。追い出されて野宿生活に戻るのはゴメンだからな……まずは魔王軍を立て直すのが急務だ。そうだろ?」


「ええ。兵力の増強、城の修復、武具の調達、経費削減に福利厚生の充実。

 再起不能直前まで追い込まれた軍団を再編成するのって大変なんですよ。ほんとに」


 まあそうだろうな。だって再起不能直前まで追い込んだの、俺だし……

 怪我を癒やすため魔界へ帰った奴、まだ人間たちに捕まってる奴、戦うのが嫌で逃げ出した奴。理由はどうあれ、一度去っていった者を再び軍団へ呼び戻すのは極めて難しい。一文無しから大富豪になるのが困難であるように、ゼロに近い状態からふたたび大軍団を結成するのは、それこそ茨の道どころではない険しさだろうと思えた。

 そんなだから、むしろ俺はエキドナに聞いてみたかったのだ。


『なんでここまで追い込まれても人間界から撤退しないのですか?』

『なんか理由があるんですか?』


 と。

 人間界に居場所が無くなったのも理由の一つではあるのだが、俺が今回魔王軍へ入ろうと思った一番の理由は、正直言うとこれ――『エキドナと話してみたい』だった。

 今回の面接ではエキドナと話すどころではなかったが、正規採用された暁にはチャンスもあるだろう。一度じっくり話をしてみたいものだ。


「――他にも魔力炉のメンテナンスとか新兵の教育とか……ちょっとレオ、聞いてますか?」

「おっと。聞いてる聞いてる」

「シュティーナだけじゃないよー! あたしもね、あたしもね、大変なの!」


 物思いを中断して現実に戻る。先程からずっと話し続けていたシュティーナが口を尖らせた。リリも思うところがあったのか、バネじかけの人形のように椅子からぴょんと飛び起き、尻尾をぶんぶんと振りながら自分の仕事の大変さをアピールしてくる。


「最近ね、ヘイ……ヘイタン? を任されたけど、大変なの!

 仕事、いーっぱいあるんだよ!」


「正気か」


 思わず本音が口をついて出た。このバカ娘が兵站担当?

 上司――エキドナ――の正気を疑う。あいつ、ストレスでとうとう頭がどうにかなってしまったんだろうか。心配だ。すごく心配だ。

 他の四天王の方に目を向けると、シュティーナとエドヴァルトが気まずげに顔を背けた。メルネスは我関せずといった風で卓上の籠に入っていたリンゴの皮を剥いている。


 ……無理もない。エドヴァルトのおっさんは武闘派だから、コボルトやオークといった肉体派の兵士を鍛えて一人前の戦力にするのが主な役割なのだろう。

 採用面接に来た奴の中には少数ながら竜族ドラゴンも混ざっていた。あいつらは戦闘力と同じくらいプライドも高いから、そこらへんを抑えられるのも竜人族のエドヴァルトだけのはず。

 練度の低い兵を育てるのは結構な労力だから、そこに加えて兵站の面倒を見る余裕などまず無いはずだ。


 シュティーナはその反対。魔族はもちろん、妖精族フェアリーや幻想種といった魔力の高い亜人・魔獣を束ね、魔術兵団を組織する――他にも、人事や経理といった頭をつかう仕事はだいたいこいつがやっていると見た。貴重なインテリだしな。

 よく見れば目の下に濃いクマもできているし、顔色も悪い。もしかするとこいつ、過労死寸前なのかもしれない。かわいそうに。


 メルネスは――見ての通りコミュニケーション能力に問題があるので、兵站のように細かな手配や交渉が必要な仕事には根本的に向いていないと見える。

 おおかた、気配遮断に長けた幽霊ゴースト族や、ゴブリンのように手先の器用な獣人を統率して、偵察・斥候・工作部隊を率いているはずだ。


 ――そして。

 それはそれとして、を確保する必要がある。軍隊で一番重要なもの、それが兵站だ。


「で、リリ。お前に白羽の矢が立ったわけか……」

「あたしです!」


 俺の呟きの意味も理解しないまま、リリが大きく頷いた。


 ここまでで分かった通り、何をやっているか分からない魔王エキドナを除けば、手の空いている最上級幹部はこいつしかいない。

 この……嬉しそうに尻尾をびゅんびゅん振っているノーテンキ娘に兵站部門を任せるしかないわけだ。

 軍の生命線を。


 酷いと言えばあまりに酷い話だ。

 魔王軍はそうとうに深刻な人手不足に悩まされているようだった。


「大変だなあ」

「あ! な! た! の! せいです!」

「――――あっぶね!」


 シュティーナが無詠唱で飛ばしてきた《火炎球ファイアーボール》を、こちらも無詠唱の《無淵黒霧ヴォイドミスト》で受け止め、丁寧に包み込み、跡形もなく消滅させる。

 発動が楽な《風盾ウィンドシールド》をチョイスしなかった事を褒めて貰いたい。考えなしに《風盾ウィンドシールド》で弾いたが最後、《火炎球ファイアーボール》は壁か天井にぶつかって大爆発を起こし、この貴賓室はしばらく――いや、下手をすると永久に――使用不可能となっていただろう。


 おわかりだろうか。一瞬でそういう気遣いが出来るのが、この俺、勇者レオ・デモンハートという天才なわけだ。そんな超・有能人材が魔王軍に入ってやるのだから、シュティーナはもう少し敬意を表してほしい。

 そして、そう思っても口には出さない俺の奥ゆかしさを見習ってほしい。


 幸い、本格的なケンカになる事はなかった。 

 見かねたエドヴァルトとリリが仲裁に入ってくれたからだ。


「まあ落ち着け魔将軍よ。勇者――レオ殿が仲間になってくれるなら、これほど心強い事はなかろう」

「う……それは、そうですが……」


 言い返そうとするシュティーナに向けて、リリが両手でバッテンを作って抗議する。それでもまだ何か言いたげな風ではあったが、


「……ぐ、ぬう」


 不承不承黙り込む。それ以上蒸し返すつもりは無いようだった。

 シュティーナが静かになったのを見計らい、丸太のように太いエドヴァルトの腕が俺の肩に置かれる。

 よかった。やや不安だったが、どうもこいつの信頼は勝ち取れたらしい。


「かつての遺恨は忘れよう。よろしく頼むぞ、レオ殿!」

「よろしくねー!」


 腰にしがみついてくるリリの頭を撫でてやりながら、ちらとテーブルの隅に目をやる。


 良くも悪くもオープンな感情をぶつけてくれる魔将軍シュティーナ。

 友好的な竜将軍エドヴァルトと獣将軍リリ。

 そんな中で、一人だけこの輪に加わらず、先程からだんまりを決め込んでいる奴がいる。


 「……」


 それが無影将軍メルネスだった。志望動機を話し終わってからこっち、こいつだけは無言でリンゴを齧ってじっと俺の方を見ているだけで、歓迎してくれているのかどうかまるで判別がつかない。

 まさか俺の境遇の酷さに同情して言葉を無くしているとか……? そんなわけはない。頭を振り、馬鹿馬鹿しい考えを消去する。

 暗殺者アサシンギルドの中でも頂点に立つ者。ギルドマスターにのみ代々受け継がれる、紫色のフード。その下の顔はとことん無表情で、かつての敵である俺の入団に際してすら、特に何の感想も抱いてないように見えた。


「やあメルネスくん。元気?」

「……」

「元気みたいだな。これからヨロシク」

「……」


 見事にシカトされてしまった。

 ……いや、厳密に言えばシカトではないな。だんまりを決め込んでいるように見えて、目だけはしっかりと俺の方を向いている。


 まあ、こいつが『レオくんよろしくね! 一緒に頑張ろう!』なんて言ってきたらそれはそれで気持ち悪いし、そういう意味では無言でも構わないのだが。

 構わないのだ、が。

 これから同僚になるのだし、何か一言くらい喋ってほしいというのが正直なところではあった。


----


 ――魔王エキドナに不採用を叩きつけられてから数時間後。

 こうして二次面接は終わり、元勇者レオ・デモンハートは魔王軍に仮採用された。


「ふう……」


 魔王城の一角、あてがわれた個室で一息つく。

 ボロいベッドに横たわって目を閉じ、明日からの仕事を思い浮かべる。


 あまりにも深刻な人手不足。

 組織運用ノウハウの欠落。

 部下の教育。


 同僚四天王とのコミュニケーション。

 正式採用に向けた実績作り。

 上司エキドナとの和解。


 新しい職場で俺がやるべき仕事は、どうも山積みのようだった。


「……見てろよエキドナ。必ず入ってみせるからな、魔王軍」

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