1-3. 勇者、志望動機について更に詳しく説明する

 世界を救った勇者が、なぜ魔王軍に入ろうとするのか――


 くだらない。いざ話してしまえば本当にくだらない話だ。

 しかし説明しないわけにもいかないので、ありのままを話す事にした。




 ――1年ちょっとの旅の末、勇者レオ・デモンハートは魔王エキドナを倒した。

 そうしてふたたび聖都レナイェに戻った俺を出迎えたのは、民衆の歓喜の声でもなければ、王からの莫大な褒美でもなかった。


 俺に向けられるのはただひとつ。

 奇異と、畏怖と、猜疑心が入り混じった視線。それだけだった。



『魔王より強い怪物がいる』


『人の姿をしたバケモノがいる』


『そんな奴が我々に牙を剥いたらどうしよう』


『誰も勝てない』


『どうしようもない』




『――――そうなる前に、勇者を殺せ!』




 ……次の魔王は俺。

 つまるところ、人間たちの多くがそう思ってしまったわけだ。それを証明するかのように、俺を狙った暗殺者共がわんさか送り込まれてきた。

 正直言ってアホくさいにも程がある。


 頼むから、ちょっとでも頭を働かせて考えてみてほしい。

 俺が旅立つ前、魔王軍は世界の半分以上を支配下に置いていた。つまり、世界中の軍隊・世界中の戦力をかき集めても魔王軍と拮抗するのがやっとだったのだ。


 その魔王軍をたった一人で殲滅した俺を!

 いまさら、どこの誰が! どうやって殺すというのか!

 そもそも俺が倒した四天王の一人は暗殺者アサシンギルドの秘蔵っ子だったんだぞ。

 気づけ! 凡百の暗殺者を何人送り込んでも無駄だと気づけ!


 ……いや、無駄だと気づいた賢い奴らもいたな。

 そいつらは暗殺者ではなく、野盗に変装させた聖騎士団を送り込んできた。

 そういう意味じゃねーよ。ここまでくるともう呆れて何も言えない。


 勇者を殺すの、無理です。

 こんなの3歳の子供にだって分かる理屈だ。


 ならば、多少思うところがあっても心に秘めた方がマシだ。

 レオを英雄として担ぎ上げ、機嫌を取っておこうじゃないか。

 少なくとも、彼は一度世界を救ってくれたのだから。めったな事がない限り人類に牙をむく事はないだろう。


 俺としては世論がそっち方面に傾いてくれるのを期待していたのだが、無駄だった。一度火がついた恐怖と不安は誰にも止められず、とうとう聖都の聖王みずから俺に対する国外退去が命ぜられる事となった。

 王は表向き俺に同情してくれているようだったが、目の奥に民衆と同じ猜疑の色が宿っているのを俺は見逃さなかった。


 国外退去と言っても、俺はもともと根無し草だから、どこへ帰るわけでもない。

 あてもなくフラフラと彷徨う日々。そのうちに胸に湧いてきたのは、怒りだった。


 身勝手な人間たちへの怒り。


 なんでこんな奴らのために戦ったんだという、自分への怒り。


 バカな人間をもうちょい減らしとけよお前らという、ふがいない魔王軍への怒り。


 “制御できない土人形ゴーレムはあぶない” というのは東方に伝わることわざだが、勇者レオ・デモンハートはまさに制御不能の暴走ゴーレムと化していた。

 それも世界を滅ぼす力を持っている激ヤバゴーレムだ。


 そしてついに、怒れるゴーレムは二つの海と七つの山を越え、かつての敵・魔王エキドナの城を訪ね、そこそこ腕が立ちそうな上級魔族のフリをして新生魔王軍の採用面接(中途枠)に潜り込んだのでした。


 世界が俺を殺そうとするなら、その前に俺が世界を殺してやる。






「――以上が、この俺の志望動機だ」


「うっ、うおうっ、う゛う゛う゛~」


 すっかり冷めてしまった紅茶を流し込み、喉を潤す。


 人間の愚かさここに極まれり。

 話を聞き終わった四天王たちはすっかり静まり返っていた。

 いつのまにか俺の隣に椅子を引っ張ってきたリリだけが、奇妙な呻き声――いや泣き声だ――泣き声かこれ? をあげていた。

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