1-2. 勇者、志望動機について説明する

 遡ること、すこし前の話だ。

 選ばれし勇者として聖都レナイェを旅立った俺は、魔界より人間界に攻め込んできた魔王エキドナを打ち倒し、世に平和をもたらした。


 諸事情あって一人旅を強いられた俺ではあったが、戦いにおいてはさほど苦労しなかった。

 なにせ俺は強い。生まれつき女神ティアナの祝福を受けているから傷はすぐに治るし、王国騎士が束になってもかなわない剣の腕前を持っている。

 黒魔術、精霊魔術、神聖魔術のすべてに精通し、魔術師としても聖職者としても超一流。ほか、錬金術師アルケミストギルドや野伏レンジャーギルドで頭目を張れるだけの知識もある。


 こうなると、その……ぶっちゃけ、仲間とか邪魔だ。

 いや強がりとかではなく、本当に邪魔でしかない。足手まといの仲間と信頼関係だの何だのを築いているあいだに、俺一人で戦っちゃったほうが絶対に早い。


 「――貴公、そういう性格だから一人旅だったのでは?」

 「うるせえよ」


 とにかくそんな感じで一人旅をしていたら、あれよあれよという間に魔王軍四天王を倒してしまった。


 最初に戦ったのが《赤い咆哮》竜将軍エドヴァルト。武人肌のおっさんで、純粋なスペックだとこいつが一番手ごわかった気がする。

 空は飛ぶし、炎は吐くし、なによりも竜人特有の竜鱗ドラゴンスケイルがバカみたいに硬い。剣一本で戦ったら間違いなく手首を痛めていただろう。魔術に精通していてよかったと思う瞬間だった。

 というか、その魔術も竜鱗ドラゴンスケイルで8割近くダメージをカットされるのだからたまったもんじゃない。あんた、四天王やめて魔王になれるよ。本当に。



 「かわいそうだよね。一緒に旅をする友人の一人もいないなんて」

 「お前にだけは言われたくねえな……」


 二番手は《見えざる刃》無影将軍メルネス。

 とにかく面倒くさい、陰気なガキだった。もともとは暗殺アサシンギルドで飼われていた半人半魔の天才少年という触れ込みで、実際、気配を断つ力とスピードは圧倒的だった。その速さたるや、この俺ですら目で追うのが困難だったほどだ。


 目で追えなかったので、最終的には周囲一帯を吹き飛ばす禁呪、《天魔炎獄球クリムゾンコメート》でケリをつけてやったのだが、おかげで俺もあちこち火傷して苦しい思いをした。

 しかも余波で何かしらの文化的遺産をブッ壊してしまったのか、助けてやった町の連中に莫大な損害賠償を請求された。これでも気を遣って一般人に死者は出さなかったというのに、なんて図々しい奴らだ。

 もう二度と町中で禁呪は使うまい。そう心に誓った瞬間だった。

 損害賠償は払わずに逃げた。

 


 三番手。《無慈悲の牙》獣将軍リリ。

 西方大陸の奥地に住み、あらゆる獣と心を通わせ、凶悪な獣に変身する力を持つ恐るべき疑似デミ獣人だ。

 結論から先に述べると、こいつとは戦うべきではなかった。


 「あたし! あたしの話?」

 「お前の話だから、ちょっと静かにしてくれ」

 「あい!」


 実に馬鹿馬鹿しい出会いだった。

 無影将軍メルネスを倒し次の町へ向かう最中、記憶喪失になってフラフラしてたガキンチョと出会ったものだから、仕方なく保護してやった。

 そうしたらえらく懐いてしまったので、そのまま――仕方なく――いくつかの事件を一緒に解決した。


 で、いざ記憶が戻ってみたら、他でもないそのガキが魔王軍四天王のひとり・獣将軍のリリだったというオチだ。

 見捨てればよかった。本当に、心の底からそう思う。


 「あたしの話だー!」

 「静かにしてくれ」

 「んい!」


 サクッと倒して悪さをやめさせたまでは良かったが、これがまずかった。だいぶまずかった。こいつの部族にとって、というのは運命の出会いを意味するからだ。それを知った時には既に手遅れだった。

 つまりなんというか……気に入られてしまって、困る……


 「にいちゃん! あたしと結婚しよ! ね!」

 「静かにしてくれ」

 「ねえってば!」


 

 最後の《全能なる魔》魔将軍シュティーナ。こいつだけは笑えるくらい楽勝だった。

 淫魔サキュバスの中でも飛び抜けて高い魔力を誇り、古代の禁呪も含めたを極めた――という噂だったので、こちらも敵味方問わずを封印する古代呪文、《封魔十二結界ステイシス》を使って強制肉弾戦を挑んでみた。


 あらゆる呪文を封印された魔将軍は、俺自身もちょっとヒくレベルで弱かった。

 2分ほどボコったら泣きを入れてきた。情けないやつだ。


「――わたしは魔術師ですよ! 肉弾戦で勇者に勝てるわけがないでしょう!」

「いや、それをなんとかするのがプロだろ……」

「出会い頭に! 私の防護呪文とか全部無視して! いきなり全呪文封じてくるやつがどこの世界に居るんですか!」

「いるだろ! ここに!」


 口喧嘩をしても仕方がないので、話を進める。


 といっても、そのあとは知っての通りだ。

 俺……勇者レオ・デモンハートは魔王エキドナを倒し、世に平和が訪れた。

 ボロボロになった魔王軍残党はセシャト山脈の奥地においやられ、もはや脅威とは見なされなくなっていた。



「――ここまではいいよな?」

「いいですけど」


 テーブルの向かい。

 紅茶を一口啜り、魔将軍シュティーナが憮然とした顔で返答した。

 エドヴァルト、メルネス、リリもめいめい卓に着き、俺の話を聞いている。


 勇者と四天王が一堂に会して仲良くお茶を飲むという、

 あまりにもシュールな光景が展開されていた。


 ここは魔王城の離れ、貴賓室にあたる部屋だ。

 面接開始10秒で魔王エキドナに強制退場を喰らった俺は、これはと副面接官の四天王どもを捕まえ、説得し、なだめ伏せ、なんとかこうして二次――二次?面接に持ち込んだのだった。

 もちろんエキドナには内緒だ。俺が未だに城内をうろついている事をあいつが知ったが最後、烈火の如く怒り狂い、それこそ城ごと焼き払う勢いで俺を殺しにやってくるのは間違いない。

 心の狭い事だ。俺があいつにやった事といえば、ちょっとお灸を据えるつもりで魔力を吸い取り、垢抜けない少女の姿に変え、当分のあいだ元のスタイル抜群の美女の姿には戻れないようにしてやっただけだというのに。


 「私が聞いたのは、なぜ勇者の貴方が、新生魔王軍の採用面接に応募してきたのか……という事です」


 長い金髪を神経質に弄りながらシュティーナが口を尖らせた。


 「我ら四天王をどうやって倒したとか、そんな思い出話をする必要はないはずです。ないはずですよね、どこにも」


 「本題に入る前にを思い出してほしかったんだよ。

  あとほら……他の四天王がどうやって倒されたか? って、やっぱちょっとは興味あっただろ?」


 並べ立てた理由の半分は本当だ。

 採用面接にはというものがある。話し方次第で薄っぺらいアピールが真摯な訴えに化ける事もあれば、その逆、話し方が下手だったばかりに能力のある奴があっさり落とされたりする。


 このあとに控える志望動機アピールにたしかな説得力を持たせるためにも、こいつらに俺の強さをもう一度思い出してもらう必要があった。

 会話の流れを支配する。それが内定を掴み取る一番の近道なのだ。

 

 なお、思い出話をしたもう半分の理由は――正直に言おう。シュティーナの無様な負けっぷりをおおいに吹聴したかった。それだけだ。

 他の三人も気になっていたところではあったのか、口々に同意を示してくれた。


 「気がついたら全員やられてたしね」

 「うむ……」

 「気になってたー」


 「それにしても、シュティーナのやられ方は予想以上に無様だったね」

 「うむ……」

 「かわいそうー」


 視界の端で、無様な負け方を晒した魔将軍シュティーナ様の顔が赤茄子トマトのように真っ赤になるのが見えた。

 いやあ、本当にストレートな反応をしてくれるやつだ。淫魔ってもう少しこう……人を弄ぶというか、頭がいいんじゃなかったっけ? それとも自分が弄ばれるのには弱かったりするのか?

 何かしら気の利いたフォローを入れてやろうかと思ったが、その前に怒りの咆哮が飛んできた。


 「……本題に入りなさい!」


 バン、とテーブルを両手で叩き、シュティーナがわめきたてる。

 注ぎたての紅茶がこぼれ、テーブルクロスに茶色い染みを作った。


 「あなたは! どうして! 魔王軍に入ろうと思ったのですか!」



 四人ぶんの視線が集中した。

 もう少しこいつをからかって遊ぶのもよかったが、それで内定を逃すのも馬鹿馬鹿しい。

 俺はチマチマかじっていたクッキーを一息に飲み込み、執拗に膝の上に乗っかろうとしてくるリリを引き剥がすと、椅子に深く座り直した。


 そして、志望動機について詳しく話す事にした。

 かつてたったひとりで魔王軍に挑んだ俺が、

 何故いまさらこちら側に肩入れしようとしているのか。そのワケを。

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