四章02「トラブル回避の運を持つ少年と不幸な占い少女」
その後も部のことを含めて色々と話し込んでしまう。
「ん、もうこんな時間か」
気づけば完全下校時間に差し掛かっていた。運動部でもよほどのことがない限りは学園外に追い出されてしまう。
「よし、撤収!」
皆を廊下へと追い出し、最後に自分が部室を出る。そうして生徒玄関で靴へと履き替えて校門へと並んで歩く。
「ねぇ、副部長」
「どうしたんだ」
「あの人、残してよかったの?」
理沙の言うあの人が誰であるかはすぐにピンときた。
「ハッカーはいいんだよ。よほどのことがない限りは見つからないし、見つかっても問題にもならない」
「そうなの?」
付き合いのない新入生である理沙や幸はわからない。もちろん部に入ってなかったとはいえ、付き合いのあった拓巳は知っている。ハッカーの持つ権力というやつだ。
「とにかく気にしなくていい。下手に関わるとこっちに飛び火するからな」
「危険な人、なんですか?」
幸の疑問も当然のことだろう。きちんとコミュニケーションを取ったことのない相手だから新入生の二人は謎しか抱けない。
「ある意味においては危険だな。大抵の情報は調べてしまえるから、あっという間に弱みを握られる。めったにそういうことはしないけど、ピンチを乗り切るための手段としては平気で使ってくるぞ」
「つまり下校時間過ぎて見つかっても乗り切れる切り札があるってことなのね」
「そういうことだ」
理沙の理解が早くて助かる。
ゆっくりと校門を目指していた足を止め、拓巳は部室の方を見上げた。明かりは当然ついていないが、淡い光は見える。いくつもあるモニターの光。
「それに名探偵に協力してあっちこっちの監視カメラいじったり、色んなことをしてるからな。うっかり踏み込んで巻き込まれる可能性が高い」
「そう、なんですか……」
恐ろしさの一端がわずかでも伝わってくれたようだ。
「ちなみに天敵はまどかだ。もう言うまでもないだろうけど」
「なにいってるの! あたしが勝てたこと一度もないんだけど」
「そういう意味じゃないと思いますよ」
まどかの反論に幸は苦笑いを浮かべている。ツッコミを静かにする程度には慣れてきたらしい。それでも理沙と対応が違うのはまだ信じ切っていないからだろう。
「あの人を連れてきたのって部長ですよね?」
「もちろん」
ぼんやりと空を見上げていた歩美が理沙へと視線を落とす。
「放っておけなかったから。たぶん部に誘わなかったら不登校になって家からでなくなってたはず。ちとちんにとっては家であっても学園であっても変わりはないのだけど、どうせなら学園に」
「ちとちん?」
珍妙な言葉に幸と理沙の頭にクエスチョンマークが浮かんでいた。名前をもじったあだ名であることは二人共察しているようだが、本来の名前に結びつかない。
「千歳。児玉千歳だよ」
「あー、なるほど」
本人のいないところで本名を言うのもどうかと思ったが、言わないわけにもいかない。
「どこかのタイミングで二人に挨拶くらいさせてあげたい、とは思ってるけど」
「ちとちんはいつ暇なのかがわからないから」
歩美が補足するように言葉に割り込む。それに合わせて、結論を一つにまとめて口にする。
「下手に部室で話しかけられないんだ。メールとかで事前に言っておけばなんとかなるんだけど、これも返事がなかなか返ってこないんだよ」
「そうなんですか? それってその名探偵さんが困るのでは?」
彼とも会ったことのない幸は聞こえてきた話から想像した疑問をぶつけてくる。
「仕事に関することは電話でもメールでも早いんだ。ただそれ以外だと都合の悪い時はもちろん、本当に暇な時にしか返事が来ないんだよ」
「職人気質なんですね」
「めんどくさがり屋なだけだ」
幸の評価をすぐに修正する。
「拓巳君がそんな風に言っても、ねぇ」
「うっ……」
痛いところを突かれた。人付き合いをめんどくさがって一人でいたから華楽部ができたのだ。自分を棚に上げて話していることに全く気づいてなかったわけじゃない。
「どういうことです?」
理沙の問いかけに答えることができない。華楽部が拓巳のために作ったことは知られてしまったが、できた理由はまだだ。まどかも初耳と言っていたことからも、すべてを知っているのは歩美だけ。
そこに自分を含まないのは渡辺歩美がすべてを語っていない可能性があるからだ。
「ま、まぁ俺もめんどくさがって華楽部から逃げていたわけだから、それをお前が言うのかってことだよ」
「あぁ、そういうことですか。確かにそうですね」
間違ってはいない。核心に触れているかどうかの違いはあるが。
「その話はおしまい。もう帰ろうぜ」
「そうですね、副部長がこれ以上触れてほしくないみたいですし」
チクチクと針で刺すような言い方をする。理沙がわざとそんな皮肉めいた言い方をしているのは性格からなのだろうか。
校門を出たところでそれぞれの家へと方向が分かれる。一人を除いて同じ方向。その一人が芙蓉幸であった。
「みんなそっちのほうなんだ……」
「いつもなら私が送っていくんだけど、ちょっと今日はもう時間がなくて」
何が用事があるのか、門限なのかはわからない。それにしてはのんびりとしているように見えるのだが、気のせいだろうか。
「わたしだって一人で帰れるから心配しないで。みんなと一緒じゃないのは寂しいけど」
「本当に帰れるの?」
理沙が言われたそばから心配をしていた。その心配は拓巳でも想像がつく。体質がわかったとはいえ、不運に運気が傾いていたら何が起きるかわからない。
「大丈夫だよ。たぶん」
自信はないようだ。その気持ちは表情からも伝わってくる。
「心配だよ、ねぇ副部長」
「そうだな……」
ちらりとアイコンタクトをしながらこちらを見てくる。どうすればいいかわかっているよね、と語りかけられているようだった。
「じゃあ俺が買い物ついでに送っていくってのはどうかな」
「えっ、副部長さんがですか」
グッと親指を立てて理沙はあとは任せたと言わんばかりに少し下がる。
「だめかな」
「いえ、ダメではないです。むしろありがたいです」
やはり不安だったらしい。単に彼女に運を食わせてしまえばいいだけな気もする。いや、そもそも女の子一人で帰ることが心配だ。運が良くても回避できないことはある。
「じゃあ決まりだな。そういうわけだからあゆ姉」
「ん、わかってる」
歩美が静かに頷く。「少し遅れる」と言う前に言葉が返ってきた。
「あ、じゃああたしも」
「まどちんはワタシと一緒に帰る」
「……で、でも二人きりよりも」
食い下がるまどかだったが、ジッと歩美に見つめられてしまう。十秒による無言の対応をされ、まどかは歩美から視線をそらした。
「た、たまには空気を読みます……」
「いい子。いつもならあえて読まないのに」
なでようとした歩美だったが、すぐに手を引っ込めた。まどかのほうが背が高いので、なでづらいと判断したのだろうか。
「あゆっちが空気読めよ的なオーラをだすから」
「そんなオーラを出したつもりはないけど、似たようなことは思ってた」
「ほらー、言うとおりにしないとあとがこわいし」
具体的な例はあげられなかったが、まどかの中ではいくつかの思い出の一端が頭をよぎっていた。なんだかんだでこの人には敵わない。
「では、副部長。幸をお願いします」
「任せてくれ」
「セクハラだけはいけませんよ」
「いや、理沙じゃないんだから」
珍しく真面目な表情で言ったと思えばそれである。お前が言うなと思いながらもそのままを口にはできなかった。
手を振りながら反対方向に歩いて行く女子三人を見送る。
「俺たちも帰ろう」
「はいっ」
少しだけテンションの高い幸が少し前に出ながら歩き始めるのだった。
通い慣れたスーパーの前に通りかかるが、買い物より先に彼女を送り届けるべきと素通りする。
「前にこの辺で出会ったけど、家はどのあたりになるの?」
「わたしの家はですね、この先を左に曲がったらすぐです」
指差した先には住宅街へとつながる横道があった。友達の少ない拓巳はその先に住む友人などできたことがないので今まで曲がったことがない。
「この先なのか」
曲がるとすぐに立派な家が立ち並ぶ光景が目に入る。今まで気にしたことがなかったから気づかなかった。こんなに多く家が密集している場所だったなんて。
「ここまでは何も起きてないな」
「そうですね。犬に抱きつかれたくらいですかね」
数分前に散歩途中の大型犬に幸がのしかかるように抱きつかれた。その前足のあとが、彼女のブラウスにも残っている。飼い主によってすぐに剥がされたからそれだけで済んだが、運が悪ければこけて頭を打っていたかもしれない。
「もうすぐで家ですからこれ以上なにかあることも」
「わからんぞ」
その安心が大事故の引き金になりかねない。
「脅かさないでくださいよ」
「芙蓉さん、いくら体質がわかったとはいえ、油断するべきじゃない。さっきはちょっと不幸なことが起こったけど、似たようなレベルで済む可能性は未知数だ」
「そうですね……あ」
「どうした?」
さっそく何かが起きたのかと周囲を見回す。しかし特に問題が起きてるようには見えない。
「副部長さんがあのわたしのことを未だに苗字で呼んでると思いまして」
「何かダメかな」
「いえ、そういうわけじゃなくて。他の皆さんは名前なのにわたしだけ苗字なので、その」
仲間はずれのような気持ちを抱かせてしまったのだろうか。
「わたしのことが嫌いなのかな、って」
「なんでそうなるっ!」
まさかそんな答えが返ってくると思ってなかったので驚きを隠せない。
「だ、だって、副部長さんはわたしのせいでトラブル回避の運の良さが揺らいでしまってますし、ご迷惑をかけるばかりなので」
「嫌だと思いながら手を貸したことはないぞ。部員だから助けなきゃ、って思ったわけでもない。俺が力になりたいと思っただけだ」
「副部長さん……」
彼女の頬が少し赤みを帯びてる気がするのは気のせいだろうか。
「華楽部は幼馴染とか昔なじみとか、一年前から付き合いのある奴らばかりだし、理沙は苗字で呼ばれるのが嫌って言ってたからな。たまたま芙蓉さんだけがそうなったんだ」
「ならわたしも名前で呼んでもらえませんか? その……他の皆さんと壁があるきがして」
「わかった」
そう感じさせてしまった自分にも責任がある。そんなつもりはないと言ったところで彼女がそう受け取ってしまったのなら、いくら理由を並べても言い訳でしかない。
「今度から幸ちゃんって呼ばせてもらうけどいい?」
「あ、はい……どうぞ」
ちょっと不満そうな表情を一瞬見せた。呼び捨てのほうが良かったのだろうか。
「幸」
「は、はいっ!」
さきほどと打って変わって眩しいほどの笑顔を見せる。
「……幸って呼ばせてもらうよ」
「あ……お願いします」
表情がわからないにしても喜びを感情として出してしまった自覚はあったようだ。恥ずかしそうに俯きながらも、声のトーンが明るい。
「もう家に近いだろうけど、手をつなごうか」
彼女に見えるように右手を差し出す。
「え、でも……」
「この短い距離で不幸なことが起きる可能性は高いから。俺の運を少しでも吸えば、安全だと思ってさ」
「そうしたら副部長さんが」
「大丈夫だって少しくらいでどうにかなることはないよ」
彼女をより安全に家に送り届けるにはベストな選択のはずだ。本当なら校門から離れ始めた時点で言い出すべきだった。だが、意外にも何も起こらないのでタイミングを逃し続けていたのだ。
「わかりました。そう言うのなら甘えさせてもらいます」
差し出された右手を彼女の方から左手を出して掴んでもらう。こうしないと運喰いが逆に作用する。触る瞬間にわずかに彼女がためらう。まだ色々と慣れていないのだから当然といえば当然だった。
「……男の人ときちんと手をつなぐのは初めてかもしれません」
「そっか」
触れたら相手を不幸にしてしまうと思っていた幸は接触を避けてきた。フォークダンスを踊ることになっても男女問わず指先で触れる程度。きっちりと手と手を重ね合わせたことはない。
拓巳はそんな事情をなんとなく察して深く聞いてこない。それが幸にとっては少し寂しかった。聞いて欲しい気持ちはある。拓巳が必要以上に踏み込んでこない人なのもわかっている。だからこそ何も言えない。
「あの、手を繋ぐことに慣れてます、か?」
「いや、全然」
彼女の手のぬくもりを感じながら素直に本音を告げる。
「えっ、でも平然としているから部長さんだったり、高宮さんだったり、よく手をつないでいるから慣れてるのか、と」
「昔に妹と手を繋いだのが最後だと思う」
「そう、なんですか……あ、じゃあ今どんな気持ちなんですか。ドキドキしたり、とか」
「それは秘密だ。それよりも幸の家はどこかな」
ごまかし方が下手すぎるのは拓巳自身も理解していたが、これ以外に答えが思いつかなかったのだ。自分の中にある気持ちがなんなのかが区別できない。
きっとまだ恋ではない。好意はあっても先輩と後輩のラインは超えない。知り合ったばかりだから、単に体質に興味を持っているからなのか。
なんにせよ、わからないことを口にはできなかった。
「……わたしの家はですね」
戸惑っているのが伝わったのか、幸は彼の話に乗っかることに決めた。もしはっきり答えられたところで幸自身にも返す言葉がなかったのも理由の一つである。
互いに煮え切らない、正体の分からない気持ちを抱えながらもしっかりと手はつないで離さない。
「二つ目の曲がり角を右に曲がってすぐですよ。屋根だけなら少し見えてます」
見えていると言われても知らないのにわかるわけがない。なので視線は上ではなく下に向けて、曲がるところの確認をする。
「えーっと二つ目、ってあそこか」
視認を終えて彼女より先に歩きだす。
「あ、副部長さん。わたしが案内しますから」
自分の手をクッと引っ張られて、バランスを崩す。
「あれ?」
決して強い力ではない。なのに力のかけ方のせいか、引っ張られた方によろけてしまう。
「あっ!」
彼女の驚きが聞こえた瞬間、ガクンと半身が沈む。ドボンという大きな水音と靴に染み込む水。拓巳はなぜか一箇所だけ開いている側溝に足を突っ込んでしまっていた。
「これって、まさか」
「ご、ごめんなさい」
幸は慌てて手を離した。彼女に何かが起きることはなく、それに安心しながら側溝から足を上げる。
「謝ることなんてないさ。俺が不幸ってことは幸の幸運が保証されてるってことだ」
「それは、そうですけど」
幸の言いたいことはわかる。だが、拓巳の目的は幸を無事に家に送り届けることだ。何かしらの不幸に見舞われる前提で送っているのだ。
「気にしなくていいって。もうすぐそこだろ。案内頼むよ」
「はい……」
離れた手を繋ぎ直すことのないまま、ゆっくりと歩き出した彼女の後を追う。気を遣っているのか速度は上がらない。靴下が濡れて、カポカポと音がして足に伝わる感触は最悪だ。でも気分はとても晴れやかだった。
「えっと、ここです」
見える範囲内だからあっという間にたどり着いてしまう。
「ここが幸の家か。立派だな」
閑静な住宅街に建つ一軒家。自分の家と比べるとわずかに芙蓉家のほうが大きい。それは建物と敷地面積のどちらもだ。
「今日は本当にありがとうございました」
彼女は家の門の前に立つと軽くおじぎをする。
「これくらいのこといつでも言ってくれていいから」
「いえ、そのたびに副部長さんが不幸な目に遭うのも……」
「今までの人生でなかったことだからな。逆に楽しいぞ」
「えぇ……」
冗談のつもりだったがドン引きされてしまった。でも、その気持ちは嘘じゃない。だから訂正はしなかった。
「それに毎回運を食べてもらうとは限らないだろ」
「副部長さんならそうしますよ。優しいですから」
「優しい、のかな」
褒めてくれているのはわかるが、しっくりと来なかった。
「優しいですよ。そしてお節介です。部長さんとよく似ています」
「そうかな……あゆ姉とは付き合い長いから影響を受けてる部分は結構あると思うけど」
似ているかと考えても、褒められていること以上にピンとこない。日向拓巳が優しいのかどうかの答えのほうが見つけやすいレベルだ。
「羨ましいです。二人の信頼関係」
「今から作ればいいじゃないか。理沙といううってつけの人物がいるぞ」
「理沙ちゃんは……どうなんでしょう」
「やっぱりセクハラ魔人とは無理か」
「そういうことではないんです。わたしはとても理沙ちゃんを信頼していますが、理沙ちゃんはまだどこか遠慮してる感じがして」
その言葉にひどい違和感を覚える。理沙の一体どこに遠慮があるのだろうか。
「……あんなにセクハラをしてくるのに?」
「はい」
しっかりと前を見据えて彼女は言葉を続けた。
「まだわたしが頼られる存在になれてないからだと思うんです。だからわたしは変わりたい。体質のせいにしないで自分でしっかりとがんばれるようにならないと」
「そうだな……俺も見習わなきゃな」
「えっ? なにをですか」
「内緒だ」
「うぅ、これは教えてくれそうにないですね」
「理解の早くて助かる」
言えるわけがない。本人を前にして言えるわけがない。恥ずかしいにも程がある。
「じゃあそろそろ帰るよ」
「あ、はい。どうかお気をつけて」
「気をつけてどうにかなるもんじゃないけどな」
「すいません……」
「謝ることじゃないさ。また明日な」
「はいっ、本当にありがとうございました」
彼女の声を背にスーパーの方へと戻っていく。たまに振り返ると彼女はずっと見送ってくれていた。それは角を曲がって視界からいなくなるまでずっとだった。
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