四章01「占い少女の変化」
「えーっとその、昨日は色々とすいませんでした」
部室に集まった一同の前で深々と頭を下げる理沙の姿がそこにはあった。
「仲が深まったようで何より」
歩美が「めでたし、めでたし」と頷く中、拓巳は呆れた表情を浮かべていた。
「仲良くはなりました、よ?」
芙蓉幸が苦笑いを浮かべている理由は一つ。
「いやー、いいおっぱいです」
理沙が幸の胸を背後から手を回して持ち上げるように堂々と揉んでいるせいである。
「あれ? 昨日はセクハラの結果がさっちゃんを不幸にしてたのを謝ってたんだよね?」
「そうだな」
まどかの困惑も疑問も当然のことだろう。やってることと言ってることが食い違ってる。
「幸へのセクハラはやめませんよ!」
「セクハラ宣言とか初めて聞いたぞ」
理沙の開き直りに対して、歩美以外が同時にため息をついた。奥で作業し続けているハッカーからも聞こえてきたのは気のせいではないだろう。
「友達は理沙ちゃんだけでいいって言ったこと撤回していいかな……」
「ち、違うの! 私はセクハラやめないけど、それだと幸は不幸になるだけだから」
「そう……だね」
まったくわかっていないわけじゃない。わかっていてセクハラをしている。それには理由があるとドヤ顔を決めながら理沙は言葉を口にする。
「私の胸を幸が揉めばいいんだよ! 同じくらいの時間揉めば、それで差し引きゼロになるでしょ?」
「……別に触れてれば胸じゃなくてもいいはずだよね」
幸の声のトーンが下がった。目の奥が怪しく光っているようにも見える。このタイプは怒らせると怖いタイプだ。
「ま、まぁ、そうだね」
理沙にとっては盲点だったらしく、驚いた表情を見せる。胸を揉むことしか考えてないのかと拓巳は頭を抱えたくなった。
その時である。
「理沙ちゃん」
「えっ?」
がっちりと理沙の脇腹を幸の両手が掴んだ。そしてすぐさま手の指を使いながらくすぐり始める。
「ちょ、さ、幸! やめっ! ひゃっ! あははっ、やめ、ひっ!」
無言でくすぐり続ける幸。攻められてばかりの彼女が攻める姿を見たのは初めてだ。いや、彼女自身も初めてなのかもしれない。
「わ、脇腹はよわいのっ! だ、だからっ」
「へー……そうなんだ」
平坦な返事を返すだけでやめる気配は一向にない。そしてその幸の行動を静止するものは誰もいなかった。拓巳も歩美もまどかですら思っていた。
もちろん芙蓉幸もだ。
「理沙ちゃんはやめてと言ってもやめてくれなかったよね」
たまには理沙も痛い目を見たほうがいい。部室の中はその意見で満場一致。言うまでもなく互いに知ることはない。けど、なんとなく感じ取っていた。
「そ、そんなことっ、うひっ! ひゃはははっ、ひっ、だめぇ」
本当に弱いらしく、必死に逃げようとする理沙。体を捻ってみたが、がっちりと捕まえられている。歩こうとするも一歩進んだだけで笑いながら立ち止まってしまう。
「そうだっけ。でも、わたしの胸を揉んでいた時間と同じ時間触れてなきゃだめだよね」
「そう、だけどっ、ご、ごめんっ、ほ、ほかのばしょに」
「だーめ」
仲良くなると距離が急激に近くなる性格の幸。この行為は芙蓉幸が櫻華理沙を信頼しているという証でもある。
「お、お願いしますっ! す、すこしせくはらはひかえ、ますっ、からっ」
立場が完全に逆転していた。拓巳はこの様子を見ていると二人ならうまくやっていけるだろうと安心を覚えた。
「たくましくなったな」
放っておけなかった幸の雰囲気はない。芯がしっかりと入っているような印象すら感じる。
「ですね。せ、攻めの幸も、いい、かも」
「だめだこりゃ」
理沙は理沙で新境地を開拓仕掛けているらしく、その精神力には感服する。
「はい、終了です」
どうやら同じくらいの時間になったらしく、くすぐりから理沙が解放される。立つことすらやっとだったらしく、膝から崩れ落ちた。
「サチ、コワイ」
「理沙ちゃんがセクハラしてって言ったのに」
困惑する幸。理沙の想像通りになるのが嫌だったのか。なんにせよ、思いつきで脇腹を掴んだのは言うまでもない。結果的に理沙の弱点ではあったが、くすぐりが効かなかったら幸は胸を揉んでいたのだろうか。
そんな悶々とした考えを拓巳はすぐに打ち切った。
「まさか脇腹を攻められるとは思わなかった」
「その割には喜んでない?」
幸の問いかけに満面の笑みを浮かべて理沙は一言。
「喜んでるよ」
理沙は幸と真の意味で仲良くなった。幸は距離を縮めたが、理沙は何も変わってない。いや、これが理沙の距離のとり方なのだろう。社交性は高いが、普通の友達はいなかった。
理事長の娘という立場。そして自身の変態性。これを超えて彼女と仲良くなる人間は今までいなかったのだ。
ここまで踏み込んできた友人は幸が初めて。だから笑顔を浮かべていた。二人の仲が深まったことで実は幸以上に理沙が救われていた。
そのことを知るのは理沙本人だけ。
「ほんと変態だね」
だから幸にそう言われてしまうのも仕方のないこと。この変態な部分を知って、それでも付き合いを続けてくれる。
「うん、知ってる」
理解して受け入れてくれる。そんな友人が、いや、親友がこうしていてくれる。これを嬉しさ以外で表せるはずがなかったのだ。
「さて、と……そろそろ本題に入りたいけど……いいかな」
頃合いを見計らって拓巳が部室の空気を言葉で変えた。
「本題、ですか?」
部室に集まった理由をすっかり忘れていた幸は小首をかしげた。
「あ、そうでしたね。招集をかけられたんでした。それを私が」
話に入る前に理沙が謝罪を始めたので今まで切り出せないでいたのだ。
「それはいいよ。俺もそういう流れになりそうな気はしてたから」
「そ、そうでしたか。それで本題というのは?」
さほど気にしてないのがわかったらしく、彼女の方から話題を振り直す。
「あぁ、これからの華楽部の活動方針を一つ建てようと思ってね」
「方針ですか? そういうのは部長さんが決めるものなのでは」
「華楽部の実権は拓巳君にある」
「そうなんですかっ」
当然のことのように言う歩美を疑うことを幸ができるわけもなかった。
「副部長のほうが力の強い部活……いくらでもありますね。部活に限りませんけど。トップがお飾りというのはよくある話です」
理沙に驚きが見られないのは実際にいくつか目にしてきたからのようだ。
「でも部長はお飾りでもなければ実力もありますけど」
「華楽部は拓巳君のために作ったから」
納得の行かない理沙の言葉にかぶせるように歩美が口を開く。
「……なるほど。そういうことですか」
それで色々察したらしく、理沙はそれ以上聞いてこなかった。
「えっ、今の初耳なんだけど」
代わりに事態を見守っていたまどかが戸惑いを隠せないまま会話に入ってくる。
「拓巳君にも昨日初めて話したから。誰も知らなくて当然」
「そっか。でもあゆっちがタクミにこだわってた理由が昔なじみってだけじゃなかったのは意外だったよ。タクミのためだから、だったんだね。ならいいや」
「まどちんは拓巳君のためであればどうでもいいのね」
「当然」
初めて聞く話でもそれが拓巳のためであるなら深く追求しない。彼女はその寛容さを彼に対する愛であると思っているのであろう。
なんとなくではあるが、当人である拓巳はそう思う。付き合いの長い相手だからこそ簡単に予想がついた。
「話を戻すぞ」
その場にいる全員が自分に視線を向けたのを確認してから次の言葉をつむぐ。
「とにかく芙蓉さんが運喰いであることがわかったから対策が立てやすくなった。運のいいほうである俺に触ってもらうのも選択肢の一つとして数えられる。だが、本題はそこじゃない」
「そこじゃ、ない?」
てっきり運喰いが本題だと思っていた幸は自然と言葉に出してしまっていた。
「占いだ。芙蓉さんの占い」
「幸の占いがどうかしたの?」
もったいぶるので理沙も少しイラッとしている感じにも見える。
「これから華楽部の看板にしていきたいと思っている」
「えっ! いや、その」
真っ先に反応したのは芙蓉幸であった。
「この部の活動を考えると占いほどマッチしたものはないだろ」
「それは、そうですね……」
無駄な才能で悩みを解決する部活。本来の活動目的は違うが、部活申請で出している活動内容はそれだ。
拓巳の抱える悩みは拓巳自身で解決するしかない。周囲とズレている。それは言い換えれば、「自分がズレている」ということ。つまりは周りが合わせるのではなく、自分が合わせていく。
すでに何度か失敗してきた拓巳だが、もう一度向き合ってみようと考えていた。それには自分の世界を知る必要がある。周りで何が起きて、誰がどんな悩みを持っているのか。
それに対してきちんと向き合えば自分もいずれ合わせられるようになるかもしれない。
「わかり、ました」
考えさせてほしいと言われると思っていた拓巳は幸の了承に内心驚いていた。
「部のために、いえ、自分のためにも、人見知りを少しずつ克服したいですから。数こなせば慣れると思いますし」
「いや、そんなつもりで言ってはないぞ。今でも姿を隠せば接することできるわけだし、人見知りを克服なんて無理までしてほしくはない」
占いを部に役に立ててほしいという気持ちからの提案だったが、うまく伝わらなかった。
「いいえ、無理でもしなきゃいけないと思います」
その決意は固いのが目の力の強さでわかる。これは何を言っても聞きそうな気がしない。
「副部長さんを含めて華楽部のおかげで運喰いという体質を知ることができました。悩みを解決してもらって、今度はわたしが誰かの悩みを解決する立場になりたいと思ってたんです」
昨日から彼女は恩返しをしたいと考えていた。自分にできることは何か。それを考えていたところに占いを役に立ててほしいと言われたのだ。
それで芙蓉幸は自身の無駄な才能に改めて気付かされた。
「わたしの占いが誰かの心を助けることはこの部の活動目的とたしかに合致してますから」
「言い出した俺が言うのもなんだが、未来を占うことはしないんだろ? 悩みを解決するなら占う必要がでてくるが」
「はい。今まで避けてきました。わたしの占いは距離を測るための道具でしかなかったので」
そこまできちんと理解している。しているからこそ彼女は一歩前に踏み出そうとしていた。
「未来を占うことで誰かの救いになるなら避ける必要はないですから。わたしの占いを自分のためでなく、誰かのために使いたいんです」
その真剣な言葉は彼女が短い間に成長したことを証明していた。その成長を誰もが感じ取っている。だからこそ誰かが言わなければならない。
いや、俺が言わなければならない。
「未来を占うってことは相手に踏み込むってことだよ。きっと、いや、絶対に芙蓉さんが傷つくことが多くなる。他人の悩みも抱えてしまうだろうし、時には占いの結果が相手を不幸にする場合だってある。そのすべてを背負う覚悟と強さがなければできないよ」
厳しい言葉なのはわかっている。しかし、言わなければならない。
「わかっています」
黙り込んでしまうかもしれないと思っていたが、幸は真っ直ぐ拓巳を見据えて目をそらさない。
「正直にいえばそこまでの覚悟はないです。でもがんばりたいんです! わたしがどこまでできるかはわかりません。けどやらないで後悔はしたくないです」
最初に出会った時のことを思い出していた。男の人に話しかけることがあんなにも苦手な彼女が、自分の弱さと向き合って克服したいと決意を示した。
その姿勢、か弱いと思いきやどっしりとした信念を持っている。その秘めている強さにどこか惹かれている自分がいた。
恋なのか、憧れなのかはわからない。ただ彼女を支えてあげたいと思ったのは事実だ。手を差し伸べるわけでもなく、代わりに守ってあげるわけでもない。
がんばる彼女の背中をそっと押してあげたい。
「わかった。ただ本当に無理だけはだめだからな」
「はいっ」
力強い返事が返ってきて思わず微笑んでしまう。きっと今の彼女なら大丈夫。
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