三章02「彼でなければならない理由」
「勝手に帰って良かった、よな?」
「いるほうが邪魔」
二人で家路について、学園から少し離れたあたりでようやく会話を始めた。階段を下りれば話しても問題ないのになぜかここまで無言で来てしまった。
「ま、ハッカーが残ってるけどな」
「あっ」
どうやら歩美は完全に存在を忘れていたようだ。きっと熱い女の友情を確かめあっている二人も気づくだろうか。
「気づかないほうがいいな」
「同意見」
二人で並んで帰宅するのはいつぶりだろうか。拓巳は思い返してみても思い出せず、他の事を思い出してしまった。
そうなったからには聞かずにはいられない。
「華楽部はこの学園の生徒のお悩みを解決する部か……」
「これで一応さっちんの悩みは解決された」
「そうだね」
彼女もまた生徒の一人だ。部員の悩みを部活が解決してはいけない道理はない。無駄なスキルを持つ生徒をそういう人ばかりの集まる部に入部させるのも解決方法の一つだろう。
「あゆ姉、ちょっといい?」
「なに?」
「俺が部に入った時『ようやくこれで始まる』と言ってたよね? あれどういう意味なの」
「そのままだけど」
当たり前のことを聞いてきてどうしたんだろう、とそんな真顔で返されてしまった。
「いや、まぁなんとなくはわかるんだよ。最初に部に誘ったのは俺だから。その俺が入ったことで始まったのかな、って」
「ちょっと違う。間違ってはないけど」
「違うのか……」
完璧といかないまでも的を射た答えだと思っていた。その密かな自信はあっさりと砕かれる。
「華楽部は拓巳君のために作った。だから、入った時に始まったと言っただけ」
「俺の、ために?」
もちろんそんな言葉は初耳だった。しかし、言われると納得のいくことは出てくる。
執拗な勧誘、副部長のポストを空けていたこと。様々なことに説明がつけられるようになっていく。
「ワタシが卒業しても拓巳君が一人でなくなるように。似たように華を持て余す人を集めて部を作った」
「華を、ってことは才能とか特技を持て余してるってことだよな?」
「そう。拓巳君は謙遜して出さないけど才能が偏ってる。それを出さないから馴染めているように見えるけど、孤立している」
「いや、まぁ、友達とかはいらないしな」
「そうやって一人でいたがる。拓巳君だけじゃない。さっちんも、りさちんも、まどちんだってみんな一人になりたがった。もちろんワタシ自身も」
歩美が部員たちを誘った理由はそこにある。一人で居たがる人を一人にしないために。そう自覚している部員もいれば、自覚してない部員もいるだろう。
拓巳は一人でいたい気持ちを誰にも話したことはない。それを口にしてはいけない気がしていた。
「才能は人を孤独にする。どうやっても目立ってしまう。尊敬されてしまう。特別なんだと区別されてしまう」
「うーん、才能とか関係なくても、人は誰もが一人だと思うけどな」
「それは否定しない。だから歩み寄る、一人だから。でも歩み寄れない人だっている。歩み寄ってダメだった人もいる。なんとか歩み寄れている人もいる。けど、やっぱり一人」
「…………」
経験があるからこそ何も言えなかった。この国に帰ってきてがんばったことがある。しかし、どこかかみ合わなかった。歩美に指摘された価値観の違い。
「だから華楽部を作った。才能とか体質とか孤独になっている人を集めた。そうやって集まって特別ばかりなら、そこでは普通になる。そしてみんなの悩みを解決すれば、役に立てるって証明にもなるから」
「特別が普通になる部活……そして才能を役立てるため、か」
「活動目的は拓巳君の一言であとで決めたんだけどね」
「そっか。そんな気はしてた」
やっぱりあの時の言葉がこの部に直結しているとは思っていたが、まさにそうだった。
「とにかく華楽部にいれば孤独にはならない。違う才能を持った人ばかりだけど、部活でつながっている。そういう居場所をまず作りたかった」
「居場所、ね」
確かに華楽部は部活というより、居場所と言われたほうがしっくりきた。決められた部活内容があるわけでもなく、自分が自分の好きなように活動していい。
「海外でワタシといてくれて、拓巳君はワタシの居場所を作ってくれた。でも、この国に来て拓巳君は作らなくなった。いつかは自分も海外に戻るから、価値観が違うから、と。だからその代わりにこの国での居場所はワタシが作りたかった。でもどうすればいいのかわからなくて、一年が経ってた」
「あゆ姉……」
なぜ部活に入らないのかと何度も聞いたことがある。その理由すら自分に関係しているとは考えたこともなかった。
「入学式の後も一人で居続ける拓巳君を見て、ピンときて部活を作ろうって決意した。ワタシがいなければ本当に一人なんだって」
「あぁ……だから俺がいないと始まってないのも同じだったんだな」
思えば教室の前で最初に誘ってきた時に「誘いたいのは拓巳君だけだから」と言っていた。
「うん。拓巳君に断られて居場所というにはワタシ一人で何も変わらないことに気づいた。だから、部員を増やすことに決めて、増えるたびに拓巳君を誘っていたの。拓巳君の悩みを解決しない限り、華楽部は始まれないから」
「そういうことだったのか」
彼女に面倒事を押し付けたいだけか、と聞いた時に違うと否定してきた。その時に間があったのは部員を集めなければ、と思ったのかもしれない。
華楽部は拓巳をきっかけとしてできた部活。その人の悩みを解決できないなら、部の意味はない。
「ワタシは先に卒業していなくなる。だから副部長は部長になって部員を増やさなきゃならない。拓巳君は昔みたいに同じように一人で華を持て余してる人に声をかけて部員を増やしてほしい。そして悩んでいる人の手助けをしてほしい」
才能によって孤独となっている人に手を差し伸べる。それはかつて拓巳が歩美にしたこと。
「そうすれば拓巳君は一人ではいられない。頼って、頼られて」
「いや、割と華楽部に入る前も頼ってたし、頼られてた気がするぞ」
まどかのことで侍先輩やハッカーに頼り、名探偵に頼られたことがある。彼女が紹介するものだから少し仲良くなってしまった。
「そのための部活だから」
「あぁ、そういうことか。しまったな……とっくにあゆ姉の術中にハマってたのか」
「そういうこと」
いつまでも彼女がいるわけではない。彼女が卒業したら自分はどうなるのか。日向拓巳は思った以上に渡辺歩美に依存していた。
それに彼女は気づいていたからこそ、華楽部を作ったのだ。自分で居場所を作っていたあの頃の日向拓巳に戻ってもらうために。
「拓巳君。これからも華楽部のこと、よろしくね」
「はぁ、しょうがないからよろしくされるよ。放っておいたらまずいからね」
才能による悩み、問題の解決を目的とする部、華楽部。問題を解決するどころか、問題の元凶だったり、問題をややこしくする部活。
だけど、素晴らしく無駄なスキルという華が咲くことができる居場所を守り、見つけて育てていくのが副部長である拓巳の役目。
この部活でもう一度始めてみよう。彼はもう一人ではないのだから。
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