三章01「不幸体質の正体」
華楽部に入って三日目。拓巳もすでにこの部室に来ることが当たり前となっていた。ハッカーがキーボードを叩く音はもちろん理紗と幸も部室に顔を出す。部長である歩美が勧誘をしているのか、たまに来ないくらい。しかし、夕食を作る時間には家に戻っている。
まどかはほとんど部室には来なかったが、三日目にしてようやく姿を見せた。
「タクミ、来たよ!」
部室のドアから彼のいるところまで全力疾走しそうな勢いで声が響く。それでも反応のしない幸や理紗はすでに慣れたらしい。歩美はもちろんそうだが、ハッカーのキーボードをたたく音だけがピタリと止まった。
「来たのはいいが放電したんだろうな?」
「あ、うん。そうしないと入れないし、ほら」
ドアの取っ手、その金属部分に触れても電流が走らない。それだけできちんと外の取っ手で放電してからドアを開けたことがわかる。
「だ、そうだ」
その言葉が聞こえたのか、再びキーボードを叩く音が部室に響き始めた。
「こうしてタクミが部室にいるのって新鮮だね」
「そうか? ってか、あんな勢いつけたのに抱きついて来ないのか」
彼女は普通に歩いて拓巳のところまでやってきていた。いつの間にか距離を詰められていたことには驚くが、それよりも気になった。
「電気を含めてあたしだと思うから。受け止めてもらうなら部室じゃないの」
「帯電してると俺には抱きつけないだろ」
「前は抱きつけたよ」
「あれは芙蓉さんのおかげだろ」
唐突に自分の名前が出てきて困惑する幸だったが、理紗に話しかけられているので反応しきれなかった。
「つまりさっちゃんに触ってもらえば抱きつける!」
「そうだけど、自分の欲望のために芙蓉さんを利用するなよ。それに自分が抱きつくために必ず芙蓉さんが触らないといけないってのはどうなの?」
「うっ……確かに愛の証明には、ならない」
まどかの中の言う愛の証明は口で説明されても拓巳どころか誰一人理解できそうにない。
そうして悩んで悶えているまどかを見つめるのにすぐ飽きてしまう。ふと歩美との幸の体質についての内容を思い出す。
「そうだ、理紗」
部室の隅で幸と戯れている理紗に声をかけた。もちろん確かめたいことがあるからだ。
「なんですか?」
「芙蓉さんに胸を揉んだら運がよくなるとか言ったんだよな?」
「言いましたけど……揉んだんですか!」
「揉まれてないよ!」
即座に幸が理紗の言葉にかぶせる形で否定した。彼女がこんな大声出す姿は滅多に見れないだろう。
「なーんだ……良かった」
「なんでそんなことを言ったんだ。芙蓉さん、自分の胸を触ったら運がよくなるとか占いの後に言ってたみたいだぞ」
「えっ……ほ、本当に?」
その問いかけに幸は視線を外しながら恥ずかしそうに頷いた。理紗の驚きから見ても、やはり本気にしていると思ってないという見解は正解のようだ。
「りさちん、嘘はよくない」
部室にある置き人形みたいに座っていた歩美が立ち上がる。何も知らない人から見れば、この小さな女の子が部長であるとはすぐにわからない。ちなみにまどかは未だにうなったままである。
「いえ、でも完全に嘘ではないといいますか。なんとなくですけど、そんな気がするといいますか……」
「良くなるの?」
その歩美の問いかけに理紗は腕を組んで少し考え込む。目も閉じて、眉間にしわが寄っている。パッと目が開いた彼女から出た言葉。
「では実際やってみましょう」
「ふぇ?」
見守っていた幸であったが、気づけば理紗が後ろに回り込んでいた。状況が理解しきる前に理紗の手が幸の脇を通っていく。
拓巳はこのまま見ていいのかを迷う。しかし、何も起こらず見れるのなら男として見ないわけにはいかない。
そんなことを決意したせいか、目がカッと見開かれた。
「では、お拝借して」
ガバッと豊満な果実を下側から手のひらを広げて掴んでいった。
「ひゃぅっ! あっ、り、理紗ちゃん」
ようやく胸を揉まれてしまうことに気づいた幸の焦りが表情として浮かんでいる。動いても脇をしっかりとホールドされていて逃れることができない。
拓巳も思わずゴクリと生唾を飲む緊張が走っていた。
「相変わらず大きいねぇ」
「あっ! やめ、あっ、んんっ! せ、せめて二人きりの時に」
女の子のやり方とは思えないほどに乱暴に胸を揉みしだいていく。理紗の指によって自在に形が変わる乳房がブラウスの上からもわかる。そこでいつのまにか前がブレザーの開けられていることに気づいた。
「手馴れてる」
歩美も同じ感想を持ったらしくぼそりとつぶやいていた。しかし、拓巳も歩美も互いに視線は揉まれて揺れる胸に釘付けのままである。まどかもさすがにこちらに状況に気づいたらしく、近づいて二人の様子を真剣に眺めていた。
「おー、これがいわゆるスキンシップ……」
「み、見ないで、ください……は、恥ずかしい、です……」
この場面を見られていることに羞恥心しかない彼女はそう訴える。だが、すかさず揉んでいる理紗が言葉を挟んだ。
「クラスのみんなが見てる前でもしたことあるのに恥ずかしい?」
「だ、だって……ろくに話したことない人達、だから」
親しいもない人に見られても、どう思われても平気。だけど、ようやく距離を詰めて、仲良くなった人は違う。
「そういうところも可愛いよ」
ナンパをしているかのような理紗の言葉。本人は本当にそう思っていて、正直にそれを口にしているだけなのが恐ろしい。
彼女が胸を揉まれ始めてすでに二分が経とうとしていた。手や指に翻弄される幸の胸とその行為によって脚が震え始めている。
「ゆ、許して……はぁ、お願い、理紗ちゃん」
漏れる吐息の間から発せられる声がとても扇情的で油断すると男のある部分が立ちそうになる。女であるが理紗の心はそういう状態と言ってもおかしくない。
「んー、これくらいかな」
ピタリと揉む行為が止まり、理紗が両手を広げて幸を解放した。脚が限界を迎えたらしく、幸がペタンと床に座り込んでしまう。息が絶え絶えながら身を縮めて胸をガードした。
「理紗ちゃんのばか……」
「いつもこれくらいしてるのに」
「二倍の時間してたよ……」
その二人のやり取りで拓巳は幸から聞いていたことを改めて確認しようと質問を口にする。
「毎日揉んでいるんだよな?」
「はい。いけませんか」
あっさりと正直に答える理紗と対象的に恥ずかしそうに黙り込んでしまう幸。
「……胸がさっちんより小さくて良かった」
あれほど小さいことを嘆いてきた歩美ですらこんな感想を抱く。いずれ自分にも同じ行為が及ぶかもしれない恐怖。
それほどまでに見ている側としてはエロすぎる光景だった。胸を揉む、ただそれだけにあれだけのエロが詰まっているなんて思いもしなかった。
「タクミもあんなことしたい?」
「まどか、自分で出来ないことを聞くんじゃない」
「……なんであゆちゃんは胸だけは大きいの」
「ワタシに今矛先を向けないで、お願い」
降りかかる火の粉を払って自分の安全を確保しようとする。
「それで揉んだ理由は運がよくなる証明、でいいんだっけ?」
もはや何が目的だったかを忘れかけていたので改めて確認する。
「はい。幸の胸を揉むようになってからいいことばっかり起きるんですよ。懸賞にあたったり、親の宝くじがあたったり」
そんなふと出た情報に「理事長、宝くじとか買ってるのかよ」と部室にいた皆がこっそり思ったことであろう。
「今日なんてソシャゲで最高レアの出る確率が0.1%以下のガチャを回したら10回中3回も出てきてましたよ」
「すごい確率だな……計算したくない」
なんのソーシャルゲームをやっているかが気になった。そこまで低い確率のものはある程度限られてくるからわかりやすい。
「思わずウヒョーって変な声が出ました」
「あ、あの叫び声ってそれだったんだ。授業中にいきなり理紗ちゃんが変なことを言いだして怖かったんです」
「おい、授業中に何をやってるんだ」
うちの学園も携帯電話の使用を禁止したほうがいいのではないか、と真剣に思う。保護をする観点からでも、と拓巳はまどかをチラリと見た。こちらをずっと見つめていたらしく、目がばっちりと合ってニッコリと微笑まれる。
「えー、だって時間限定のガチャだったから」
「授業中に続けるようだったらまどかをそばに行かせるぞ」
「こ、壊すの禁止!」
さすがにどうなるかはわかっているようだ。今は放電しているからしばらくは大丈夫だが、二時間もすれば破壊できるほど帯電する。
「こら、あたしの体質を罰ゲームみたいに使わない」
「他に使うことができるのか?」
「うまくやれば充電ができるよ!」
「成功率が低すぎるんだよな……」
下手をすればさっき理紗の言っていたガチャの確率より低い。まったくもって実用的ではないレベル。帯電状態でやればショートした。放電したあとにバッテリーを持って蓄電させれば充電される。だが、バラつきがありとても成功とは言えない。
「それよりも今揉んだ効果はないの? でないとさっちんの揉まれ損」
「気にしてません、から」
「それはダメ。拓巳君にただ目の保養をさせただけではさっちんのクーパー靭帯が遊ばれた理由にはならない」
「靭帯?」
幸にはどういうことかわからずに聞き返してしまう。その疑問に歩美ではなく、まどかが答える。
「それが切れたり、伸びちゃうとね。おっぱいが垂れるの。ま、あたしには関係ないけど」
ははは、と笑ってはいるがカラ元気で涙が目尻に滲んでいるのが見えた。さすがの拓巳も触れないでおこうと優しさを滲ませた。
「さ、幸の胸がた、垂れる……そ、それはいけない!」
「女の子なのに知らなかったのかよ」
「副部長は知ってたんですか」
「あゆ姉がよく言ってたからな。一度切れると元に戻らないから、って」
「あわわわ……私、なんてことをっ」
「理紗ちゃん、わたしの胸しか見てないのかな?」
笑顔ではあるが幸の声のトーンが低かった。明らかに怒っている。それは誰の目にも明らかで彼女が怒っているのを見るのはここにいる皆が初めてだった。
「……そんなことないよ」
「目を見て答えて」
なんて迫力なんだろう。笑顔で怒っている。歩美に身長での怒りに比べると雲仙の差。止める手段を知らないためにただ見守るしかない。
そんなときだった。
「理紗ちゃ――へぶっ」
幸の顔面にヒヨドリが飛んできてぶつかる。
なぜ鳥が、と見回して窓が全開になっていることに気づく。いつから開いていたかはわからない。ピンポイントで幸にぶつかってくるのは運が悪いとしか言えない。
「だ、大丈夫か!」
「な、なんとか……」
くちばしからあたったらしく、額のところから軽く血が出ていた。慌ててハンカチを取り出して傷口を押える。
「とりあえずはこれで止血してくれ」
「す、すいません……」
「あ、私が押えるよ。幸はとりあえず座って」
流れる血は少なくかすり傷程度で拓巳はホッとする。ふと床を見ると気絶していたヒヨドリが起き上がっていた。
保護するべきかを悩んでいるといきなり飛び立ち、入ってきた窓から出て行ってしまう。脳震盪を起こしていたらすぐに飛ぶのも不可能のはず。
しかししばらく空を飛ぶヒヨドリを見ていても落ちることなく、遠くへと行ってしまった。
「えーっと、ヒヨドリって夜に飛んで昼は休む鳥だから。いくら夕方とはいえ……」
歩美も突然のことで混乱していた。表情には出ていないが、拓巳には長年の付き合いもあってそれが伝わってしまう。
「不幸というか、運が悪いというか……」
それ以外のコメントが思い浮かばないほど拓巳自身も戸惑っていた。とっさに傷の手当てに身体が動いたのは経験が故である。
この混乱を破るように誰かの携帯の着信音が鳴る。
「あ、私のメールです」
着信音を変えて区別しているのか、音を聞いただけでメールの着信音とわかっていた。理紗が幸の額を押える手と反対の手で操作していく。
「……また懸賞品が当たりました。世界一周の旅ペアチケットです」
「このタイミングでか」
「はい……応募総数が十万件。この懸賞品は一名だけの特等ですが」
「それが当たってしまったのね」
歩美の言葉に理紗が頷く。信じられないという表情をしていたが、すぐに幸の傷へと視線を向ける。
「おめでとう、理紗ちゃん」
「ありが、とう」
素直に喜べない彼女は苦笑いを浮かべるしかなかった。それは確実なことが判明したからでもある。
「まどか、保健室から消毒液を、っていねぇ」
いつの間にか姿を消していた。
部室のドアが開きっぱなしだから、出て行ったのかと思っているとまどかが駆け込んでくる。
「おまたせー! はい、消毒液と絆創膏」
「これをすぐ取りに行ってたのか」
「タクミがいるって言うと思ったからね」
拓巳のために必要と判断したら身体が勝手に動いてしまった。それがまどかの献身であり、愛でもある。
「これが俺以外にも発揮できればな」
そんなことをわざと口にしながら、幸の治療へと移るのだった。
「副部長さん、高宮さん、ありがとうございました」
「いや、いいよ。俺が何も言わなければ検証しようと理紗は思わなかったわけだし」
「どっちみち今日は触ってなかったので、検証がどうこうでなくとも触るつもりでした」
「口実に使われただけか……」
とにかく拓巳が後押ししたのは間違いない。
「すいません。不幸体質のせいでご迷惑をかけてしまって」
「違う」
「えっ?」
急に歩美に否定をされて驚きを隠せない。
「拓巳君もさっきのでわかったよね?」
「あぁ、そうだな」
「えっと、何がですか?」
幸は困惑しながら二人の顔を交互に見つめる。
「さっちん、あなたは不幸体質じゃない」
「そうなんですか?」
「あー……え、でも、そういうことですか」
本人はさっぱりピンと来ていないが、理紗は何かを察して納得していた。まどかはニコッとしているだけだが、何もわかってないだけである。
「芙蓉さんはそうだな。運を無意識に操る体質といえばいいのか」
「操る、ですか? えっと……そんなつもりはないですが」
「だから無意識。触れた人に運を食べて、触れられた人に運を与えてしまう体質。それがさっちんの体質、名付けるなら運喰い。ラックイーター」
名づけた割に相手から運をもらうほうしかフィーチャーしてない気がするのは置いておく。
「つまり、ただ不幸なだけじゃないってことですか」
心当たりがどこかであるらしく、確信めいた何かを掴むような言い方でつぶやいていた。
「今さっきのことからも考えておそらく触れていた、触れられていた時間が長いほど運が持続したり、運が悪くなってる」
初めて彼女と会った日の放課後。やたらと運が悪くなっていた。今思い返せば、あれは無理矢理触れ続けていた時間が長かったせいだったのだ。
おそらく幸は触れられなければ人並みの運を持っており、誰かに触れれば逆に幸運で守られることになるはずだ。
「じゃあ、最近特に運が悪いのは……理紗ちゃんのせい」
「そういうことだな」
幸自身が語っていた悪化した原因は理紗が胸を長時間揉んでいたから。本来の芙蓉幸の持っている運まで渡す結果となり、不幸体質となっていた。
「ちょっとあたしで試してみてよ」
まどかがそんなことを言いだした。
「そ、そんな試すなん、て」
「もう手遅れだけど」
まどか以外がようやく気づいた。幸の手がまどかの体に触れているということに。どうやら治療の際に肩を貸して触れたままだったようだ。
「いや、肩を貸す位置の怪我じゃないだろ。まさか、まどか」
「ハハハ、自分から触れられに行ったのですよ」
額にバードストライクを見てからのこの飛び込み営業。もはや何がしたいのかわからない。
「俺に同情されたい、とかじゃないよな?」
「それもあるけど、きちんと体験しないとわからないでしょ」
やっぱりあったかと頭を抱えてしまう。
「ど、どうすれば、あっ!」
幸はとにかく手を離せばいいと気づいて、慌ててどけた。確実に幸が胸を揉まれていた時間よりも長く触れていたはず。
しかし、何が起こるのかと構えていたが何も起こらない。
「なーんだ、やっぱり何も――」
突然、カーッとカラスの鳴き声が聞こえた。バサバサと羽音をながらしながら部室へと入ってくる。そしてその目はまどかに向けられた。
「え、なんで……」
「まどか、お前……髪の毛にキラキラ光るものが引っ付いてるぞ」
「えっ、あ、とれない」
おそらく放電したのになぜか磁力が残っていたせいでくっついてしまったようだ。よく見ればそれは文房具だった。
「おいおい、コンパスを使う授業なんて」
カーッとさらに鳴いたカラスがまどか目がけて突進してくる。
「ちょ、ちょっと、やめっ! きゃー、くるなー!」
部室から飛び出て行った彼女を追ってカラスも行ってしまう。あまりの光景に部室にいる皆が言葉を再び失った。ただパソコン群のほうから小さくため息だけが聞こえる。
窓を閉めなかったせいではあるけど、閉めてたら何が起こっていたのだろうか。
「あれだけ触られてカラス襲来か。まどかは運がいいのかもな」
「あー……ということはわたしの運は回復したんですね、たぶん」
どこからどう触れていいかわからずに幸は苦笑いしながら自分のことに触れた。
「おそらくな。理紗もそう思うよな、ってあれ?」
「…………」
やけに静かになっているな、と理紗のいた場所を見る。だが、そこにはいない。
「逃げない」
その声で部室のドアを見ると出て行こうとする理紗を歩美が立ちふさがって止めていた。
「私、友達とか言いながらずっとひどいことしてて……どう謝ればいいか」
「だから逃げたらダメ」
「……はい」
説得された彼女は幸の目の前までゆっくり戻ってくる。
「いいよ、理紗ちゃん」
「ずるい。謝る前に許されたら謝れない」
少し涙が目尻に滲んでおり、指ですっと拭った。
「理紗ちゃんのこと、わたしも友達だと思ってる。ちょっとセクハラは自重して欲しいけど」
「それはごめん、無理」
嘘でも抑えると言わないのが彼女らしい。
「わたしも一つ、秘密にしていたからおあいこ」
「もしかして、触っている時間?」
「うん。やっぱり副部長さんに無理矢理触れてたのは怪しかったんだね」
「そうだね。でも、その直前に私が揉んで吸い取った運のほうが多かったみたいだけど」
「あ、そういえば転んだかも」
その情報が拓巳から仕入れていることは口にしなかった。
「それもあるけど、幸のほうから触りたがらないし、触ったらすぐ離すからね。もしかしたら、とは思ってたよ」
「そうなんだ」
拓巳は袖を引っ張られるのを感じて横を見ると歩美が立っていた。小さな口を動かして何かを伝えてくる。なんと言っているかはわからないが、しようとしていることはわかった。
彼女の返事として小さく頷いた拓巳は二人で静かに部室を出ていく。自分たちが残っていることに気づいてしまうと話しづらくなるだろうと考えてのことだった。
「あの、ね……理紗ちゃん」
「なにかな」
「こんな変な体質だけど、これからも、その」
「うん、よろしくね。それと友達って言いながら逃げようとしてごめん」
「いいよ。離れられるのは慣れてたから、でも……」
「幸?」
「理紗ちゃんに離れられるのは寂しかった。友達だった子に離れられたときだってそう思うことなかったのに」
「……幸」
「知り合って長いわけじゃないし、そのセクハラばかりするけど……体質を考えずに接してくれた初めての友達だから」
「でも、この部には私と同じように正面から向き合ってくれる先輩がいるよ?」
「理紗ちゃんは特別だよ。先輩は先輩、友達は理紗ちゃんだけ。これから増えるかはわからないけど、増えなくても理紗ちゃんがいれば大丈夫」
「そう言ってもらえてなんか嬉しい。あのね、私が最初に声をかけようと思った時のことを正直に話すね」
「うん」
「私と同じだって思ったの。私と一緒で、一人でいたい、一人でいようとする人だって。だから、その、同情じゃないけど、この人ならわかってもらえるかも、って思ったんだ」
「……うん。理紗ちゃん、友達多そうに見えてわたしと以外話してるところ見ないから似た者同士じゃないか、とは思ってたよ」
「そっか、幸もなんだ」
本音を語り合っている感じが互いにたまらなく気を楽にさせていた。親しくなっても出せない一面が、出せない言葉が誰にでもある。気を許せる相手というのは色んな壁を飛び越えてしまう。家族にも話せないことでさえも。
「もしクラスで私が話しかけなくても、幸と仲良くなれていたかも。部長がこうして集めてくれたわけだから、もしかして部で出会って」
「どうかな。わたしの場合、理紗ちゃんに勧められて路上で占いを始めたから部長さんに目がとまったと思うの。部に入ったのは全部理紗ちゃんがきっかけなんだよ」
「私の、おかげ」
「それにわたしが入ってなかったら、理紗ちゃんは入部を断ってたでしょ」
「……言われてみればそうかも」
気づけば二人は自然と微笑み合っていた。しかし、幸の目尻から涙が溢れ始め、ポロポロと止まらなくなっていく。
「あ、れ? どうしたんだろ……色々わかって安心したから、かな」
体質のことも、友達の気持ちもわかって、身体の奥から溢れてきてしまう何かを幸は抑えきれない。
「我慢なんてしなくていいよ。私も我慢してないから」
「理紗ちゃんはもう少し欲望を我慢してよ」
不満も言い合いながら、距離を縮めていく。占いではなく、言葉で近づいていく。
彼女達はもう一人ではない。
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