二章09「幼馴染の闇」
渡辺家での日課も終わり、隣の自宅へと歩いて行く。よく幼なじみなら窓越しに話をしたり、移動したりする場面がある。しかし、うちと渡辺家は両者の部屋の向きが違うし、部屋と部屋が離れすぎていた。
それに彼女はそもそも部屋にいることが少ない。
「幼馴染、か」
一つ年上ではあるが、海外で知り合い、危険地帯を一緒に歩いてきたことも考えるとその一言で片付けるのが難しい。戦友というのも違うし、腐れ縁では少しよそよそしい。
彼女との関係を表す適切な言葉が未だに見つからない。結局その代用として昔馴染みという表現を使っている。
なぜ幼馴染というのが嫌なのかは言うまでもなく、今こうして自宅の玄関の鍵をピッキングしている奴と同じ分類に入れたくないからだ。
「おい、不審者」
「あ、おかえり、タクミ」
「おかえりじゃねぇよ。ごく自然と家に忍び込もうとするんじゃないっての」
「今更だね」
「今更もくそもない。ほぼ毎日試して失敗してるじゃないか」
自分より前に帰っていようと、あとに帰ろうと関係ない。こいつにとっての日課が日向家への不法侵入未遂という犯罪行為。
「だって通報しないから許される行為だと思って」
「幼馴染の好で見逃してるだけだ。それに警察の方々が苦労するのが目に見えてわかる」
人様の迷惑を考えると好き勝手にさせておくほうがまだマシというだけ。例外を覗けば、必ず未遂で終わる。対象は自分一人に対してのみ。この家には今自分だけ。
そんな言い訳をしてまどかに情けをかけているだけかもしれない。いつかは諦めてくれるというありえない期待をしているのかもしれない。
「いいんだよ。やってることは犯罪行為だし、突き出されても仕方ないもん」
「わかっててやってるのがたちが悪い」
「……これくらいしないとタクミはあたしを見てくれないでしょ」
消え入りそうな声で、独り言を、俺に聞こえないようにつぶやいたつもりだったのだろう。この静かな空間ではばっちりと聞こえていた。
「そんなわけあるか」
「聞こえちゃってたか」
いつもの雰囲気はなく、苦笑いを彼女が浮かべていた。時折見せる素のまどか。
「まどかが俺を好きってのは疑わないが、この過剰な行動は俺のためじゃないだろ」
「……そんなことないよ」
この間が自分でも気づいていることを証明しているようなものだった。
「何を不安がっているかは俺でもそこまではわからないけどさ。俺はこのくらいでお前から離れていくことはないぞ」
「でも、いつかは海外だったり、この街から離れていくよね」
少しだけまどかの抱えている不安が見えたような気がした。単純に構ってもらいたいからやっているのもあるのかもしれない。その中に隠れている不安。それはきっと一人になることへの恐怖。
その割には過激的な行動をするが、その対象は許してくれる一人にしか向けていない。好きだから、愛があるとは口にしているが、本当のところは本人にしかわからない。
だから彼はその言葉を一応信じる方向で受け入れている。
彼女は普通でないところがわかりやすい。帯電していれば周囲に影響を及ぼす。これが生まれつきなら違ったのかもしれない。後天的であるうえに目覚めた時のことを考えると彼女の不安もまた当然のものだろう。
この体質がただの副産物でしかないということもさらに拍車をかける。
「いつか、というか進路が違えば二年後には離れるだろうな」
「うん」
「その悩みは華楽部の副部長として解決してやりたいが、根本的には無理だ」
「うん、わかってる。あたしがどうにかするしかないことも、タクミがこうして構ってくれて、待ってくれていることも」
そこまで自覚しながら逃げていることも彼女はわかっている。
「いつになったら解決するかわからないし、解決するかわからんが、俺がまどかを見捨てることはないぞ。あとあゆ姉もかな」
「うん……」
「華楽部のみんなもそういう人ばかりだと思うぞ」
「そう、だね」
「スーパーハッカー以外」
「それは仕方ないよ」
帯電体質というのは天敵といってもいい。さすがにまどかもそれはわかっている。だから部室に滅多に顔を出さないのだから。
「しょうがない。まどか、少しだけ家に上がっていくか?」
「いいの?」
「少しだけだぞ」
「うんっ!」
せめていつものテンションに戻るまでは一緒にいようと決めて、玄関の鍵を開けたのだった。
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