二章08「不幸な少女の悩み」
「そういや食材が足りてなかったな」
途中で方向転換して、いつも通っているスーパーへと足を進める。昨日から献立を考えていたので、何が足りないかはわかっている。ただメモとかしないので、今の今までうっかり忘れていたのだ。
「ふー、思い出してよかった」
パパっと買い物を終わらせて店を出ると向こうから彼女が歩いてくるのが見えた。
「おーい」
「えっ、あ、副部長さん」
少し俯いていたので声をかけたことでこちらの存在に初めて気づいたようだ。
「ため息をついてたように見えたけど、理沙に……揉まれた?」
「は、はい……実はそうなんです」
やると言ったらやる女、櫻華理沙。幸の反応からして揉む宣言を聞いていたことは言わないほうがよさそうだと思った。こっちに飛び火しかねない。
「えっと、不幸なことが起きたり」
「部室を出てからここに来るまで五回ほど……」
「なるほど」
不幸体質というには何かが引っかかっている。まだはっきりとしてないが、ただ不幸なことに見舞われる、という感じでないと思う。それは歩美も理沙も似たような印象を持っているはず。いまいち見えてこないのは付き合いが短いからなのか、それとも何かを見落としているのか。
「副部長さん?」
「えっ、あ、どうしたの」
「いえ、何か考え込んでいたのでどうしたのかと」
「ちょっと色々とね」
出会ったばかりの彼女のことを思い出すと今は普通に会話できている。やはり初対面の男性が苦手というだけで、親しくなれば関係ないらしい。占いで距離を縮められた、と彼女自身が気を許しているとも言える。
「何か迷いがあるのでしたら占いましょうか?」
「そういうわけじゃないんだ。まぁ気にしないでくれ」
「そうですか? あ、あとその副部長さん」
「どうした」
「できることなら途中まで一緒に帰ってもらっていいですか。副部長さんがいれば回避できる不幸とかありそうなので」
「いいよ。その先の交差点までなら一緒だし」
「はい、ありがとうございます」
二人並んで歩道を歩いて行く。拓巳にだけトラブルが来ないのであって、幸に不幸なことが起こるのは回避できない。それは彼女もわかっているはず。それでも回避できるものがあるかもしれない。
そんな気持ちを尊重する形で彼女の申し出を受けた。
結局、交差点につくまで平穏無事でやり過ごすことができた。お礼を言いながら反対方向に向かう幸の背中に見守るが、見えなくなるまで何かが起きることもなかった。
ひと安心すると共に出てきたのはこんな気持ちだった。
「なんとかしてあげたいな」
解決はできないかもしれないが、今のままでは彼女は苦労するだけだ。不幸体質の本質。それがわかれば少しは楽になるはず。そんな思いを秘めながら渡辺邸へと足を進め始めるのだった。
「あ、それでりさちんがいきなりさっちんの胸を揉んでたの」
日課である渡辺家での夕食作りの最中、今日の話になっていた。どうやら拓巳が去った後に歩美が部室に行ったらしく、完全にすれ違いをしていた。加えて寄り道をした拓巳のほうが時間がかかり、結局歩美のほうが早く帰ってきていたのである。
「止めなかったの?」
買い物帰りにばったり出会った幸の姿を思い浮かべながら聞いていた。
「やめさせる理由がない」
「……嫉妬?」
「む、胸はちいさくないもんっ! りさちんよりワタシ大きいんだよ!」
「やっぱり大きかったのか。いつから大きかったのかは、うーん」
幸と比べればどちらも小さく見えるが、理紗もそれなりにある。歩美のほうが大きいとも思っていたが、大きさを意識したのは最近の話。胸も小さい記憶があって、少し混乱していた。
「ワタシのパンツばかり見てたからでしょ」
いつも見せてくるからそっちばかり見ていて、胸がいつの間にか成長していたことに気づけなかった。
「まったくもってその通りです」
「男の子って単純」
「純粋なんだよ。エッチなことには謎の情熱を傾けるくらいにね」
「傾けてもラッキースケベが起こらない拓巳君が可愛そう」
歩美に同情されてしまい、ムッとした彼は否定するように彼女の話題を出すことにした。
「芙蓉さんが触れたら見れるっての」
「やっぱりさっちんはそういう体質?」
「みたいだな。だけど、触った人に不幸なことが起きるだけの体質には思えない。それはあゆ姉だって同じこと思ってるだろ?」
「もちろん」
でなければ検証をしない。理紗もまた同じ気持ちを持っているのは言うまでもないだろう。
「そういえば理紗が芙蓉さんに胸を揉んだら運がよくなるって嘘を教えてたのは知ってるよね?」
「うん。勧誘する前に占ってもらった直後に言われた」
「俺が触ろうとすると怒るくせにそんな嘘を教えるって矛盾だよな」
「見てないところでならいい、とか」
「どうかな。理紗って独占欲強そうに見えるぞ」
「もしかしてりさちんはさっちんがそのことを本気で信じると思ってなかった」
「あー……それかもな」
幸の性格で知らない人に胸を触って欲しい、と言い出すと理紗が考えてなかった。その話題も理紗から出なかったことから、幸がそうしていることを知らない可能性が高い。
「やめるようにアドバイスしておいて正解だったな」
「グッジョブ、拓巳君」
親指を立てて褒め称える歩美。そうしている間にご飯が炊けて夕食が完成するのだった。
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