二章07「ブラはずしの犯人」

 そんな回想をしながら昇降口に向かって階段を下りていく。その途中の踊り場で見たことのある背中が目に入ってきた。

 こっそりと廊下のほうに顔を出しながら何かを見ている。足音を立てないように近づいて後ろに立つ。そこから見えるのは廊下で話し込んでいる女子生徒二人。回り込んで見なくても、どんな目で見つめているかが想像できた。

「……理紗、何をしているの」

「今忙しいので話しかけないでください」

「どう見ても女の子をガン見しているだけにしか見えない」

「これから集中するので黙っててください」

「お、おう」

 一度たりともこちらを見て話してこない。それが邪魔をするなという意思がどれだけのものかを物語っていた。

 だからと言って立ち去るわけにもいかない拓巳は静観することにした。その存在に気づいているかはわからないが、理紗は女子生徒の一人の背中へと手をかざす。声をあげるとまた言われるから必死に黙って経過を見守る。

「ふっ!」

 気合を入れる声を共に理紗の体がわずかに震えていた。念を込めているのはなんとなくわかる。確実に超能力を今使っているのだ。何に対して、が問題だ。

 向けられている先は廊下で話している女子生徒の一人。理紗の超能力は念動力、テレキネシス。離れたところから物を動かす力。彼女は何かを動かそうとしている。

 拓巳はサイコロを動かした時を回想し、ここまで力を込めてなかったことを思いだす。つまりそれだけ大きなものを動かそうとしているということ。

 対象になっている女生徒は眼鏡をかけているわけでもない。ならば、スカートを動かしてパンチラさせようというのか、と慌てて視線を落とす。だが、微動だにしていなくてホッと胸をなでおろした。

「くっ……もう少し、なのに」

 理紗の言葉からも何かを動かしているのは確実。それはいったい何なのか。見続けることしかできない拓巳の前でそれは起こる。

 小さく何かが外れるような、強く離れるような音が響く。しゃべり声が聞こえるのにやけにその音だけが大きく聞こえた。

「えっ、あれ? う、うそっ」

 女子生徒がいきなり脇を締めて驚いていた。恐る恐る自分の背中に手をまわして何かを確認しながら焦りが加速している。話し相手の女子も気遣いつつ、二人でトイレのほうに行ってしまった。

「はー……疲れた」

 大きく息を吐くと共に肩も下がっている理紗に再び声をかけてみる。

「おい、まさかあれ」

「あ、いたんですか」

「いたんですかじゃねぇよ。ここ最近の噂になってる怪事件の一つが理紗の仕業だったとはな」

「そんなに噂になってますか?」

「なってるよ。女子のブラジャーのホックがなぜか勝手に外れる事件」

「でも副部長はトラブル回避の運がいいので見れないのでは?」

 そう、ラッキースケベを見れない拓巳が目撃できている理由がある。

「見れてないよ。外れた事実はわかるけど、ブレザーとブラウスに阻まれて見えないならラッキースケベにはならないんじゃないのか?」

「あ、たぶん偶発的に起きたことじゃないからでは?」

 今何かに気づいた、と言わんばかりに閃いた顔で言葉を口にしていた。

「どういうことだ?」

 理紗の言いたいことが一瞬わからずに思わず拓巳は聞き返していた。

「例えば風でスカートがめくれた、というのは偶発的ですよね。予期しないものです」

「あぁ、そうだな。最近も見れなかった」

「でも私が突き飛ばす、私が意図してホックをはずす。これは偶然ではなく、起こそうとして起きたことだから副部長さんにも見れたのでは? という話です」

 確かに今のラッキースケベだと思っているものは理紗によってもたらされている。つまりただエロいことが行われたというだけ。

「言われてみると……全然気づかなかった」

「一人で悶々としてるから気づかないんですよ。パンツが見たいとか叫べばいいじゃないですか」

「ただの変態じゃねぇか。あ、でも、転んだ芙蓉さんのパンツを見たのは確実にラッキースケベだろ」

 最初に出会ったあの時は触られていて、確実に運が悪くなっていたし、意図的でないのも確実である。

「見たんですか……?」

 グギギギと首が音を立てるように機械的に回ってこちらを鬼の形相で見つめてくる。

「こわいぞっ、おい」

「ちなみに何色でしたかっ!」

「し、白……」

 色を聞いた瞬間、表情が一気に崩れてだらしない顔になる。さきほどのもそうだが、今の表情も女の子として見せていいものではない気がした。

「あぁ、いいですね。幸のような純粋な子には白がよく似合います。そう思いますよね?」

「お、思うよ」

 果たしてこれに答えてしまってよかったのかがわからない。あまりの目力に言葉を引き出されたようなものである。

「って、話をそらすな」

「何の話をしてましたっけ? 幸のパンツのことでしたよね?」

「違うよ。噂になってるって話だよ」

「今の時期なら大した事故にならないので大目に見てください」

「夏服になってもやる気だろ」

「むしろ夏が本番!」

「言うと思ったよ。ま、一応理由を聞こうか」

「お悩みの相談をいただいたので、解決してただけです。あと鍛錬です。力も特技も使わなければ衰えるだけですから」

「言ってることは立派だがやってることは最低だな」

「だって今の時期なら二重のバリアですよ。これは鍛えるしかないですよね!」

「同意を求めてこないでくれ」

 ブレザーとブラウスを突き抜けてブラジャーのホックを動かすテレキネシス。布を二枚も隔てている状態で見えない部分を動かす難しさ。素人が想像しても難易度が高いのはわかる。

「男の副部長さんにはわかりますよね。難しいほど燃えるロマン」

「わかるけど、いや、お悩み相談の解決ってどういうことだ」

 すっかりそこを質問し忘れる所だった。

「あの子、胸が最近窮屈だと悩んでいると聞いたのでブラがはずれれば、大きいのを買うことになるので解決になりますよね。サイズが合ってないときっと思うようになるので」

 ニュアンス的に本人から直接聞いたわけじゃないのがわかる。おそらく今の友人と話しているのを盗み聞きして親切心からやっている。しかも、たった今聞いたに違いない。

 噂になっているこの事件はそうやって親切心と力の向上、なにより自らの欲望のために理紗がやっていた結果であると拓巳は知ってしまった。

 問題解決する部活どころか、問題の元凶になっている部活。本末転倒とも言える状況を改善するのは副部長の自分の役目だろう。

「理由はわかったが、そんな方法じゃなくてさ。もうちょっと大人しく、いや、こう常識的にできない?」

「と言いますと?」

「ただでさえ問題を起こしそうな人が集まってそう、と言われてる華楽部がこの原因でした、なんて知られたらたまったもんじゃないぞ」

「そうですかね? 部長なら平気で流しそうですけど、あっ! どちらかといえば、副部長が困るだけでは?」

「確かに困るけどな。でも俺はほら部以外に友達いないからノーダメージなんだよ。そういう点も含めてあゆ姉もそうだけど」

「聞いてるだけで涙が出てきます」

「ちゃんと聞け。華楽部には一人だけ常識人が混じってるだろ」

 占いが好きで、占いでないと人との距離を測れない不器用な女の子。不幸体質だったりするけど、部に誘ってもらえて嬉しかったと語った少女。

「幸に被害が行く、と……?」

「直接どうこうはないが、芙蓉さんもあの変なことばっかり起こす部の一人だ、とか言われてしまうぞ」

「うーん……それはそれでいいんじゃないですかね」

「えっ?」

 芙蓉幸への影響に言及すればやめる決意をすると考えていた拓巳が素っ頓狂な声をあげてしまう。

「下手に近づく人が多いと幸が困りますから」

「あ、そっか」

 彼女の体質は触れてしまうと不幸が移ってしまう。せめてきちんと体質が解明してからでないと彼女は踏み出せないだろう。

 しかし、悪評が広まれば華楽部に占いを目的にやってくる人がいなくなる。少しずつ浸透しつつあるのにバレるのはまずい。

「それに他人にどうこう言われるより、自分がどうしたいか、ですよ」

「つまり気遣ってばかりで自分のことができなくなるよりはマシといいたいのか?」

「えぇ、私はやりたいようにやってますから。幸はもう少しそうなって欲しいですね」

 占いをすることでやりたいことはできてはいる。だが、それは手段としての占いであって、芙蓉幸が心からやりたいことかはわからない。

「……いいことを言ってごまかすつもりか」

「そんなつもりはないですけどね。とにかく私は私のやりたいことをします。部長もそう言って誘ってくれましたから」

「あゆ姉が? そうなのか……」

 なんとなく想像はできてしまう。能力を使ってるところを見て誘ったのだろう。ただやはり芙蓉幸と同じように別の何かを感じる。特技以外で彼女達を、いや、拓巳を含めた今の部員たちを誘った理由がある。

 それもおそらく共通した理由のはず。

「どうしました?」

 不思議そうな顔で理紗が覗き込んでることに気づいて、彼は内心驚いて一歩だけ後ろに下がる。整った顔の、簡単に言えば美少女に至近距離で見つめられて童貞が慌てただけである。

「あ、うん。どんな風に誘われたのかな、って考えてたんだよ」

「そうですね。ちょうどここだったと思いますよ」

「誘われたのが?」

「はい。同じように鍛錬を重ねているところに声をかけられたんです」

「そうだったのか。あゆ姉は怪しいと思って声をかけたのかもな」

 超能力があるかどうかはすぐにわかるものじゃない。こんな目立つ行動をとっていたから話しかけて聞いたのだろう。

「いえ、私を探して見つけたから声をかけてきたんです」

「探して? あ、もしかして芙蓉さんか」

「はい。先に幸が誘われたその日のうちに話を聞いてきた、と部長さんがここに」

「テレキネシスのことを芙蓉さんには話してなかったよな?」

「そうですよ、話してないです」

「そうだよな。あの時の芙蓉さんに知らなかったしな」

 部室でのサイコロ勝負をした時のこと。幸は理紗の特技を聞かされてないことを口にしていた。

「はい。幸にはただすっごい特技が私にもあるよ、とだけ言ってました」

 路上で占っている幸を誘い、幸がそれなら特技があるらしい理紗も誘ってほしいと頼んだ。そうして二人ともが華楽部に入部した経緯のようだ。

「それで芙蓉さんが入ってることを聞いて即決で入部を決めたわけか?」

「もちろんですよ。幸だけじゃなくて、あんな可愛い部長もいたら入るしかないです」

「可愛いなら誰でもいいのか」

「いえー、可愛くても男の娘は……んー、やっぱありかな」

「なるほどな。で、まどかは範疇外ってやつか」

 理紗の態度を見て感じたことを口にした。先輩として慕っているが、愛でる対象としては見ていない。

「まどか先輩は可愛いというより綺麗だから」

 愛嬌はあるが、美人と言ったほうがすっきりする。拓巳から見れば可愛さの欠片なんて一切ない。だが、彼女が素に戻った瞬間はあまりの美人さに驚くことはある。

「まぁまどかの話はいいや」

「自分で振っておいてなんですか、それ」

 拓巳自身もなぜまどかのことを言いだしたのかわからない。おそらく綺麗系で思いつくのが目の前にいる人物か、そのストーカーしか思い浮かばなかったから、と彼の中では納得した。

「話が逸れたけど、やめろとまでは言わないが少しは自粛をしろ。部のためにもな」

 問題を解決します、という部活が問題を作っていては自作自演でしかない。幸の占いによって大きく華楽部が方向転換するかもしれないのに足を引っ張るようなことになっては意味がない。

「言わないのですか? 男の子ですね」

「やめろと言ってもやめないと思ったからだよ」

「またまたー欲望に正直になるべきです」

「理紗は正直すぎ」

 すると理紗がジッとこっちを見つめてきた。こんなことをされると照れて目を逸らしたくなる拓巳だが、逸らしたら負けだと踏ん張って見つめ返す。

 しばらくすると根負けした理紗が小さくため息をついた。

「しょうがないですね。今日はこれで切り上げます」

「わかってくれてよかった」

「代わりに幸の胸を揉んできます!」

 言葉を発しながら走り出す理紗。気づいた時には横を通り抜けられ、振り返るとすでに見上げる位置まで階段を上っていた。

「ちょ、まっ」

 勢いよく上がっていくほどに大きく揺れるスカート。パンツが見えてもおかしくないのに見えない。やはり日向拓巳には基本的にラッキースケベは起きない。

 踊り場まで行ったところで突然理紗が振り返った。

「見たかったな、って顔してる」

「してねぇよ」

 勝ち誇ったような顔をしたあと、またスカートを揺らしながら上の階へあがっていった。

 彼女が完全に見えなくなったあとも少しの間見つめていた。見透かされたことへの悔しさよりも見えなかったことを残念がってのことだ。

「はぁ、帰ろう」

 ため息を大きく吐くと彼は階段を下りはじめる。部室に行けば胸を揉まれてる少女に会うことができる。トラブルではなく、故意のエロテロなので拓巳も見ることが可能だ。それがわかっていてもいかないのは童貞の心よりも、紳士の気遣いが勝ったというだけ。

 そんな言い訳をしながらトラブルの起きないのがわかりきった家路につくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る