二章06「回想:櫻華学園入学当日」
夕日に染まる廊下を歩きながらあることを思いだす。それは最初に華楽部に誘われた時のこと。今でもよく覚えている。
あの日、渡辺歩美が入学式の日の帰りに教室前の廊下で待ち構えていた。
「入学おめでとう、拓巳君」
「あゆ姉? あぁ、ありがとう」
ホームルームを終えたクラスメイトや他のクラスの生徒まで彼女を避けて通るから目立つ。窓側に身体を預けていなければ身長の低さもあって人の波に流されていたかもしれない。目立つ理由は胸元のリボンにもあるのは言うまでもないが。
「どうしたのさ。新入生の教室の前にいるなんて」
「部活の勧誘をしにきた」
すぐに目的を話してくれたのはいいが、すぐに他のことが気になってしまう。
「そういうのってオリエンテーリングとか生徒総会の部活紹介とかでやるもんじゃないの?」
「誘いたいのは拓巳君だけだから出るつもりはない」
「俺だけ?」
「本日できたてほやほや」
つまりは部員は一人もいない。これから集めていくということ。確かこの学園は一人でも部活を立ち上げることができる。普通は五人以下は同好会扱いになったりするものだ。
「一年間何してたのさ」
「帰宅部なのは知ってるはず」
「そりゃ知ってるけど……なんでこのタイミングで部活を作ったのさ」
「拓巳君が入学してきたから」
ただの思いつきをちょうど入学してきたことを理由にしてごまかしているだけ。そう感じたのか、拓巳は話題を少し変えることにした。
「はぁ……まぁいいや。それでどんな部活なの?」
「華楽部」
「なにそれ」
音では聞いたことのある化学部に聞こえる。しかし、そういう部をわざわざ歩美が作るわけがないのでどういうことか気になった。
「無駄な華を楽しく活かす部」
「その無駄な華って、花? つまり華道ってこと?」
「違う。華、つまりその人の持つ個性、特技、体質。他人にはない優れたもの。その人だけに咲く花のようなものだから、華」
「特殊な才能とかを華って例えてるのか」
「そういうこと」
既存の部活では賄いきれない特技を持つ人を保護したい。そんな風に見えるが、実際どうなのかはわからない。
「つまりそういう人ばかりを集めるってこと? その才能を使って誰かの悩みとか問題を解決しちゃうとか?」
「うん。それもいいかも。とにかく拓巳君をこの部活に誘いたかった」
「なんで新入生の俺が一番に」
「華楽部の副部長になって欲しいから」
同じ学年や上の学年の人を誘えば自動的に副部長になってしまう。下級生でも最初に誘えば副部長にする面目が立つ。
「ははーん、面倒事を押し付けようってことだな」
「……違う」
「今の迷いはそれも含むけど、って感じだな」
本当の理由を話してないと気づいて、そんな言い方になってしまっていた。
「わかった。素直にそれもある。ワタシ一人じゃ自信がない」
「あゆ姉からそんな弱音を吐くなんて」
「ワタシは強くない。拓巳君がフォローしてくれたから生きてこれた」
「まぁ二人で色んな修羅場を乗り越えたしな」
あまり思い返したくないものもある。海外ではとにかく生きるために必死だった。
「だからこの学園でも支えてほしい」
「今でも夕食を頼られてるけど」
互いに一人暮らしになってから毎日作りに行っている拓巳。通い妻ならぬ、通い夫みたいだが、噂になるほど興味を持つ友人がいないので平和だった。
「……拓巳君、一緒に部活しよ」
上目遣いという彼女にしては珍しい色仕掛けを使ってくる。それで首を縦に振るほど、付き合いは短くない。昔なら仕方ないと折れてはいたが、今は違う。
「考えさせてくれ」
「どれくらい?」
「一年、とか」
適当に言ってみただけだった。しかし、今となっては心のどこかで残ってたこの期間を守ってしまったのかもしれない。
「わかった。拓巳君が入ってくれるまで勧誘を続ける」
「なにがわかったのさっ」
ツッコミを入れた時にはすでに彼女は背を向けて歩き出していた。
「あー……行っちゃった」
そう、一度も振り返ることなく。
今思えば、華楽部の活動内容が決まったのは拓巳の言葉がきっかけだった。まだ部を作っただけでどうするかを決めてない歩美に方向性を与えてしまっていたのだ。
拓巳はそこに今になって気づく。
あの日を境に勧誘が最近まで続くことになる。華楽部にはまどかが入り、侍先輩、ハッカー、名探偵と増えて行った。新入生はどちらが先かはわからないが、理紗によってついに拓巳は入部を決断することになる。
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