二章05「彼女にとっての占いとは」
「お邪魔するぞ」
放課後の廊下を歩き、元コンピュータルームへとたどり着く。ノックしようとした手を止め、そのまま部室のドアを開けて入る。カタカタと響く音からハッカーがすでに来ているのが拓巳にはわかった。
「うぉっ!」
彼が思わず声を上げた理由。それは視線を動かした先に目の前の前に全身布に覆われた人物がいたからだ。頭から足の先まで全部隠れており、物語でよく見る怪しい魔術師みたいな印象を受けた。
「えっとどちらさま?」
「あ、わたしです。副部長さん」
「あぁ、芙蓉さんだったのか」
「やっぱりわかりませんでしたか」
拓巳も声でようやくわかった。よくよく見れば胸の部分が明らかに大きくて、つい視線を向けてしまう。
「言われてみればわかるかな」
「わかりますか?」
どこを見てのわかるかは本人には絶対に言えない。
「そんなことよりも、その格好をしているのは占うためでいいのか」
「はい、副部長さんをきちんと占いたいです」
「それでその格好?」
占いたいから着ているというところにいまいちピンとこない。
「そうです。占う時は大体この格好です。初めて会う人を占うことが多いので……その、占いに集中したいから視線が向いてるのを気にしないために。最近、占い目的でこの部に来てくれる人もいますし」
「なるほど、悩みをすでに聞いて解決してるのか、すごいな」
まどかを抜いて幸が華楽部で一番としての活動していると言っていい。
「う、占いで解決できるのは小さなばかりですから、そんなに」
「悩みに大きいも小さいもないと思うけどね。その人にとっては大きい問題の場合がある。他人が小さいと判断すべきことではないよ」
「そう、ですね……」
「てか、俺にもその服を着て占いってことは、つまり俺に対してもまだ、ってことでいいのかな」
「そ、そういうわけでは」
慌ててフォローをしようとする幸。彼女は決して知らない人、苦手な人という意味でこの服を着ているわけではない。
「わかってるって。集中するためでしょ」
「……い、意地悪です」
表情はほとんど見えず、口元くらいしかわからない。だが、頬を膨らませるようにして怒っているのが拓巳にはなんとなく伝わってきた。
「つまりは特技を見てほしいわけだね」
「そうです。わたし、不幸体質で華楽部に入ったわけでないことを、その……副部長さんにも見てほしいのです」
「勝手に占ってたりしないの?」
「えっ……」
そこでピタリを動きが止まってしまった。表情が固まっているかはまではわからないが、たぶん身体と同じように硬直していそうである。
「誕生日くらいはあゆ姉から聞けばわかるだろうし、その他はまどかから聞けば」
「いえ、高宮さんはその……一切何も答えてくれませんでした……」
「やっぱ占ってたか」
「あっ……はい、すいません」
申し訳なさそうにする彼女を見ていると言葉尻が強かったのかと拓巳は考えてしまう。それよりもまどかが拓巳の情報を他人に渡さないことに驚く。ブログまで作って、世界に配信しているというのに身近な人には明かさない。もしくは近いからこそ、明かさないのか。
「責めてるわけじゃないんだ。占いが得意ってことは好きってことだろ。なら、頼まれなくても占ってそうだと思っただけさ。それに『きちんと』って言ってたからな」
「あ……それでですか。すいません。わたし、占ってからじゃないと、そのうまく話せないと言いますか……」
「会話よりも先に占いなのか?」
「う、占っていないとどんな人物かまったく見当がつかなくて、その、怖いので」
会話をして交流を深め、相手を知る。これが芙蓉幸の場合、占いで相手を知って、会話をする。一般的な人付き合いの手順が逆になっているのだと拓巳は気づく。
「もしかして出会う前から?」
「はい……知らない人に話しかけられません。占って、どんな人か見当がついていると知らない人でも少し話せます」
風の悪戯を残念がっている時に話しかけられたことを思いだす。たどたどしかったが、彼女のほうから話しかけてきた。占っていなければ、あのままただ触ってきていただけになっていたということ。
「占いの出来る知らない人、って……結構厳しくないか?」
「手相を見ればなんとか」
「……まさか、話しかけてきた人の手を握って手相をいきなり見るのか」
「えぇ、そうです。少なくとも今までそうでしたし、理紗ちゃんの時も手を見せてもらいました」
慣れればこうしてある程度は普通に話せる。慣れるまでが不器用であり、遠まわしである。彼女の人との距離の測り方が少し特殊なのだ。
「それでさらに占うってのは特技を披露したいから、だけ?」
「だけ、というのは……」
「いや、もっと親しくなりたいから占いたいとか、そんなのかなって勝手な想像」
「ま、間違っては……ないです」
力強く否定するかと思ったが意外とあっさり認めた。
「やっぱそうか。人との距離を詰めるのが占いならそうじゃないかと思ったんだ。きっと理紗も何回も占ったでしょ」
「ま、まぁ……色んな種類の占いをしました」
二週間の間でかなりの占いをしたはずである。でなければ、短期間であそこまでの親密な関係は築けていない。一般的に見ればまだまだ距離があるように思えるが、彼女を起点にしてみると親密と言える。
「その、副部長さんのことを知って、もう少し……うまく話せるようになりたいです」
「かなり話せていると思うけど、芙蓉さんがそうしたいなら協力する」
「良かったです。占いに興味がないと言われたので断られるかと思ってました」
「あー、ないわけじゃないんだ。信じたくない、って言えばいいのかな。信じたら占った結果に引き寄せられていくかも、ってのが嫌でね」
「その感覚わかります。占いは指標みたいなものですから。その一つの指標に向かってこうしなければ、あんなことをしなければ、というのは違いますよね」
「そうだね……って、ここまで話せるのにこれ以上占いが必要?」
初対面の時に比べたらかなりしゃべれている。占い結果を口にするのだから、しゃべり自体は苦手ではないのだ。ただ結果をはっきりと伝える相手との距離感を計れない。きっとこの全身を纏う布はそれを緩和する意味もある。
「最初に言いましたけど、あの、きちんとわたしの占いを副部長さんに見てほしいので」
「あ、そうだったね」
初めの話と少し逸れてしまっていることに気づいた。
「俺も華楽部の副部長だしな。部員の特技をきちんと知っておくのは大切だよな」
うんうん、と自分を納得させるように頷いてから彼女に改めて向き直る。
「じゃあ始めますね」
「あぁ、お願いするよ」
こうして芙蓉幸の特技である占いの披露が始まった。
「出ました」
「意外と速いな」
何種類もやった割に時間が十数分しかかからなかった。
「十二星座、ゼロ学、四柱推命、タロット、手相の五つだけなので」
「メジャーどころを抑えてくれている感じなんだな」
「はい。これだけやれば大抵はどんな人かわかりますから」
それでもわからない人がどんな人であるかが拓巳にはまったく想像つかない。
「あ、六星占術もやっておけばよかったかも」
「あのー、結果のほうを聞いてもいいかな」
「そ、そうですね……どの占いでも共通するのは副部長さんが頑固であるということです」
「自覚はしてたけど、頑固か……」
華楽部に対しての頑なな態度を拓巳は思い返しながらつぶやいていた。
「あと素直になれないですね。一人を好むのに誰とも関わらないのは嫌。でも頼られると放っておけない性格ですね。面倒見がいい、って言えばいいのかな」
「当たってる。我ながらめんどくせぇ奴だな、俺って」
「そうかもしれないですね」
「さらっと肯定された……」
占いをして幸の中で拓巳との距離感が近づいたらしく、遠慮が少しなくなっていた。今のほうが気を遣われるよりは拓巳としても気楽である。
「他にはそうですね」
それからも色々言われたがほぼすべてがあてはまっていて、拓巳はため息を何度もついていた。ただ性格面のことばかりで、未来のことについて彼女は話そうとはしない。
「芙蓉さんの占いは人間を測るためのものなんだな。将来とか、起こるかもしれないことを口にしないし」
「あまり未来は見ないようにしています。占っていいことと悪いことがありますから、不安な未来を言って怖がらせるのは好きじゃないです」
「優しいな」
「そうでしょうか……占いをして相手を知らないと近づけないなんて不気味ですよね」
「そんなことはない。ただ少し人見知りなだけだろ」
「……ありがとうございます」
そこでお礼を言われるようなことを言ったつもりはなかった。ただ彼女にとって欲しい言葉が拓巳から出てきて励まされたというだけ。
「それにしても芙蓉さんの占いはすごいな。かなり当たる」
「誰かと話すために占いを始めただけですから、その、褒められましても……恥ずかしい、です」
占いはあくまで相手との距離を縮めるためのツール。それを特技として極めているなら、誇っても罰は当たらない。
「あゆ姉がスカウトした理由がよくわかったよ」
「はい、誘われたのも占いのおかげですね。知ったのは先日ですけど」
「確かに占いのおかげかもしれない。でも、まぁあゆ姉のことだから他に理由があるかもしれないけど」
「他、ですか? 体質のことでしょうか」
「それは初めはわからなかったと言っていたから違うと思う」
「特技以外ということ、ですか?」
「たぶん。なんとなくそんな気がするだけだよ。本気にしなくてもいいって」
「古い付き合いでよく知ってる友人の副部長さんが言うのなら、あるのかもしれません」
「うーん、誘われた時はどう言われたの?」
「そうですね。確か……『その特技を持て余してるなら部に来なさい』だったと思います」
「誘い方が雑だな。持て余しているなら、って」
「でも実際に持て余してましたから。占いをする部活なんてないですから。それに占いがないと人との距離もわからないので……だから、誘われて嬉しくて」
歩美がどうして誘ったのか。それはたぶん彼女を放っておけなかったからだ。きっと拓巳が歩美と同じ立場なら同じように誘ったはずである。
「あ、そうでした。忘れるところでした」
「何を忘れたの?」
「あの、わたしの胸を触ってください」
「……は?」
本当に何を言っているのか理解できなかった。唐突に、胸を触れと言われてしまうこの状況はなんだと拓巳はパニックに陥っていく。
「運気がアップするので」
「えっと、それは誰に言われたの?」
なぜか本人が考えて言った可能性を初めから排除していた。そんなことを言うわけがないと思いたかったのもあるのだろう。
「理紗ちゃんです。触っていると幸運が降りてくるようだと揉みながら言われました」
「何やってんだよ、ずるい」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
思わず漏れてしまった本音を慌てて否定しつつ、すぐ本題に移っていく。
「それ、騙されてるだろ!」
勢いよく立ち上がったせいで、ガタンと椅子が乱暴に動く。幸がビクッと身体を震わせたので悪いことをしてしまった、とすぐに反省する。
「でも、その……実際に理紗ちゃんの運気はアップしましたよ? い、言いにくい、ですけど、逆に理紗ちゃんに揉まれるようになってから……えっと、わたしの不幸体質が悪化した気がします」
「悪化? 待ってくれ。前はひどくなかったのか」
「え、はい。そこまでは」
何かのピースがハマっていくような形で謎が埋まっていく。もしそうであれば、芙蓉幸の体質はそういうことになるのではないか。
「もしかして路上での占いしたり、その時に同じことを言ったりしたのか?」
「してましたし、言ってました。理紗ちゃんにアドバイスをもらって路上で占いを始めましたから。その数日後に占い中に部長さんに誘われたので……」
「そうか。あれは芙蓉さんか」
胸を触らせようとする占い師が出没するという噂の正体。
「どういうことですか? あれってなんです?」
「気にしなくていいよ、うん。とにかくそれはやめたほうがいい」
「そ、そうですよね。運気があがるなら、と恥ずかしいのを我慢して言ってたのですが……あ、でも華楽部に入ってからは言ってません」
「これからも言わないほうがいいと思う」
おそらく歩美はそれをやめさせる目的もあって勧誘したのだ。拓巳は確信めいたその発想を口にしないままにフォローを続ける。
「そういえば芙蓉さんは自分の不幸体質をどう見てる?」
「えっと……わたしから触れるのを避けるように気をつければ、その、問題のないものだと思っています」
「確かに問題はない。帯電体質に比べたらマシなほうだ」
「うっ、ちょっと新入部員としてはコメントしづらいです……」
「ちなみに……」
言いだしてすぐに躊躇してしまう。明らかに女の子に質問してはダメなことを言おうとしていたからだ。それでも聞かないことには前に進めない。嫌われるのも覚悟して聞くしかない。
「どうしました?」
「あ、のさ、その、理紗が前に毎日って言ってたけど、本当に……も、揉まれてるの? せ、セクハラしてごめん」
「い、いえ、大丈夫ですから。えっと、たぶん出会ってから毎日しっかりと揉まれてます。でも、たしか……今日はまだだったと思います」
「……なるほど」
あの時の光景を思わず思い浮かべたが、問題はそこではない。特に嫌われた感じもないのは安心するが、今はある点について考える。
「そんなことを聞いて何かわかるのですか?」
「ちょっとね。芙蓉さんの体質がどんなものかを解明するために必要だったからさ」
「わ、わかるんですか」
「まだ確証はないけどね」
「でも、副部長さんはどうしてわたしに」
「俺だけじゃないよ。あゆ姉も、理紗も検証してたでしょ」
「あ、そうですね。聞いた時に驚きました」
「俺の理由はその二人と同じ。体質がきちんとわかれば、自分でコントロールできるようになる。そうなれば芙蓉さんが人に触れるのを怖がることを克服できるかもしれない。まどかみたいにね」
「皆さんが、わたしの、ために……」
嬉しい気持ちをどう表現すればいいかわからずに戸惑っていた。今まで彼女のために家族以外で親身になってくれた人がいないのかもしれない。
「ま、それだけこの部にはお節介な人が多いってことじゃないのか。俺も面倒見がいいから」
この時、自分で言うことじゃないなと拓巳が内心感じていたのは言うまでもない。
「それに部員の悩みを解決するのも華楽部の活動の一つだと思うしね」
歩美は一度として学園内の悩みに華楽部の部員は含まないと言っていない。悩む人に手を差し伸べるのが華楽部。入部は解決手段の一つと言ってもいい。
「……ありがとうございます」
笑顔の幸を見ていると拓巳は照れくさくなって黙り込んでしまう。世話をすることには慣れているが、喜ばれるとか感謝されることには慣れていない。
その日は部長も理紗も来ないので解散という形で拓巳は部室を出るのだった。
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