第27話 悪魔吊り②王

「マジかよ……冗談じゃねえぞ……」


 すでに先ほどの悪魔の説明で軽い混乱状態にあるそこに桃山はいた。

 ある者は己の潔白を証明しようとボックスへと我先へと移動し、ある者は目に付いた適当な人物の数字を紙に書いてはそれを破り、ある者はそんな周りの空気に流され、どうすればいいのか分からずその場でオロオロとするだけ。

 桃山もまたそんな状況に流される傍観者の一人であり、己一人ではなんの行動も起こせずにいた。


 そんな呆然とした様子の彼の肩を誰かが叩く。

 驚いて後ろを見る桃山の目に映ったのは顔を包帯で覆った不気味な大男であった。


「う、ううっ……ううっー」


「な、なんだよお前!?」


 大男はそのまま桃山の肩に手を置いたまま外さず、むしろそのまま桃山を引っ張りどこかへと移動をする。

 幸いと言うべきか周り者達も自分達のことに手一杯であり、そんな桃山に関心を抱く人物などなく、桃山を自らを掴む大男の手をなんとか振り払う。


「てめえ、なんのつもりだ! 離せって言ってるだろう!」


「う、ううっ……!」


 桃山が手を振り払うと包帯の大男は怯えたように後ろに下がる。

 それと入れ違いに男の背後より見知った声が桃山にかかる。


「はは、相変わらずじゃん。桃ちゃん。つーか、元気にしてた?」


「ってか、こんなところで会うなんて偶然ね」


「確かにー」


「!? お前ら……!」


 そこにいたのはかつての自分のグループの仲間であり、この地獄に落ちるやいなや自分を見限りグループから去っていった連中。

 即ち、犬崎圭一(けんざきけいいち)、猿渡英治(さるわたりえいじ)、雉姫(きじひめ)いつかであった。


「お前ら……生きてたのか……」


「そりゃこっちのセリフでしょう、桃ちゃん。オレら無しでよく生きてたじゃん」


「っていうか桃のことだから、どうせ逃げ回っていただけでしょう?」


「それありそー。ウケるわー」


「……てめえら」


 そこには自分を置いて去っていったことへの罪悪感はおろか、まるで自分を見下すかのような態度にさすがの桃山も形相を変える。

 だが、そんな桃を眺めながら犬崎は落ちつた様子で告げる。


「まあまあ、落ち着きなよ。桃ちゃん。ここではお互いに仲間同士なんだし、一緒に協力して生き延びようぜ」


「はっ、笑わせんなよ。どうすりゃオレとてめえらが仲間同士になる? どうせてめえらのことだ。投票で全員オレの番号を書いて処刑しようとでも思ってんだろう」


「あっ、いいねぇ、それ。ちょっとやっちゃう?」


「おい、猿渡。からかうのもそれくらいにしてやれ」


 猿渡の冗談を、しかし笑いながら犬崎は止め、改めて桃山に提案をする。


「桃ちゃん。実は今、オレらはあるグループに参加している。桃ちゃんがそのグループに入ってくれるなら、このゲーム一緒に生き延びられるかもよ」


「……どういうことだ」


「いやさ、実はオレらもあのあと桃ちゃんと別れて大変だったんだよ。すぐにゲームが始まって悪魔やら、自分達が生き残るために襲ってくる異常者やらと、とにかく大変だったんだよ」


「けど、その時、私らを助けてくれた人いたのよー! その人、この地獄でのゲームを攻略するために事前に仲間を増やしてグループで行動してたの。ね、頭よくない?」


「で、オレらもその人のグループの傘下に入って、ここに来たってわけ。さっき悪魔が言っていただろう。ここでのゲームは投票だって。それって事前にチームとして組んでる連中がいれば、自分達は絶対に安全ってことだろう? しかも、ここだけの話、その人のグループの数は全部で五十人以上。それが今、ここに全員いるんだよ」


「なっ!?」


 その発言に桃山は慌てて周囲を見る。

 そこには先ほどと同じように慌てふためく連中が溢れているが、しかし、よく目を凝らしてみると、その中の何人かは落ち着いた様子でその場に立ち尽くしたり、騒ぎに巻き込まれないよう離れた場所に座り、観戦していた。

 それは明らかにこれから投票によって自分が選ばれて死ぬとは思っていないような落ち着いた様子であり、むしろこのゲームの行く末を冷めた様子で見ていた。


 だが、もし猿渡達の言うことが事実だとすれば、それもそのはず。

 これからここで起きる投票による処刑のゲーム。

 それは票数が最も多い者が処刑されるルールであり、当然、投票数を操作出来る者がいれば、その者はこの場における事実上の王(キング)。

 しかも五十人以上のグループをまとめる者ならば、もはやこの場における生殺与奪を完全に掌握していると言える。

 そして、もしも逆にそんな奴に目をつけられれば――


「……そ、そこにいる大男がそのリーダーなのか?」


 桃山は先ほど自分を掴んだ男を見るが、


「違う違う。そいつはただのデクだ」


 そんな桃山の質問に答えたのは犬崎達の背後から姿を表した男。

 長身に鍛え抜かれた体、まるでスポーツ選手のようなしっかりとした体格を持つその男は何やら隣にビクビクと怯える全身に傷やあざをつけた少女を連れていた。


「よお、お前が桃山か。話は何度か聞いたことがあるぜ。明成学園に先公ですら手を焼くクズがいるってな。確か議員の息子だっていきがったらしいな? オレもお前に会いたいと思っていたが、まさかこんな地獄で会うことになるとはな」


「……てめえ、何者だ?」


 高圧的態度を取るその男に対し桃山は問いかけ、男はその顔に三日月の笑みを浮かべる。


「浦島太助。この地獄を攻略するためのグループをまとめ上げた、この吊るし館におけるキングだ」


◇  ◇  ◇


「さあて、どうしようかしら」


 混乱が続く中、状況を見守っていた紅刃お嬢様がそう呟くが、その瞬間何かに気づいたように僕の方を見る。


「そういえば翠。アンタ、ここにいて大丈夫なの?」


「と申されますと?」


 不思議な問いかけに思わず聞き返す。


「いや、だってアンタって悪魔でしょう? ここにいたら吊るされるんじゃないの?」


 ああ、なるほど。そういうことですか。


「まあ、確かにそうですね。ですが、それはあくまでも“このゲームに参加している悪魔”でしょう。僕は今回この地獄で行われるゲームに参加している悪魔ではありません。僕はあくまでお嬢様につきそう悪魔としてここにいるだけで先ほど大悪魔が言った『三名』の内の一人には入っていないでしょう。とは言え、この場にいると巻き込まれるのも事実ですね。では、お優しいお嬢様の忠告に従い、このゲームが終了するまで僕は離れた場所から観察させて頂きます。それではお嬢様、どうぞご健闘くださいませ」


「は? ちょ、アンタ待ちな――」


 と、何やらお嬢様が言いかけた瞬間、僕は瞬時にこの場より立ち去る。

 と言っても少し次元のズレた場所に移動しただけであり、僕の姿が消えると同時にお嬢様が「相変わらず勝手な奴ね……」と愚痴っている姿をちゃんと目視しております。

 なお、そのとなりでは陸が呆れた様子で見ている。


「それでどうするんだ、紅刃。このまま適当な奴に投票でもして場を濁すか」


「それはやめておいた方がいいわね。下手をしたら“投票”で死ぬことになるわよ」


「? どういうことだ?」


「分からないの? このゲームで怖いのは処刑とか、それによる暴動や殺し合い、ましてや悪魔じゃないわ。このゲームで一番警戒するべきは――」


 そうお嬢様が何かを発言しようとした瞬間、『バンッ』という耳をつんざく音が聞こえる。

 それはこの空間の中心にて何者かが上空に銃を撃った音。

 見ると、そこには人だかりの輪の中心に一際ガタイのいい男が右手に銃を持ち、隣にはアザだらけの小柄な少女を連れ、背後には桃山を含む何人かの連中を引き連れていた。


「騒ぐんじゃねえよ、てめえら。いいか? 生き残りたかったら、これからオレの言うとおりに行動し、投票もオレの言うとおりにしろ」


 男のその発言に一部の連中は疑惑や不快感、あるいは憤りなど様々な感情を向ける。

 だが、男はそれらを全く異にかいした様子もなく続ける。


「オレの名前は浦島太助。このシェルターにおける――キングだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る