第26話 悪魔吊り①
「ここは……?」
中に入るとそこは一面真っ白なコンクリートで覆われた空間。
天井は高くまるで学校の体育館くらいの高さはあり、広さはその倍以上。
最初に紅刃お嬢様が避難したシェルターには通路や部屋など様々な空間があったが、今回避難した場所はそことはまるで真逆。
一つのだだっ広い空間だけが広がるシェルター。
そして、そこには数多くの人々がすでに避難をしており、お嬢様達が中に入るとそれぞれ疑惑、不信、興味など様々な視線を向けた。
中でも一人。
そんなお嬢様達を見て、顔色を変える男がいた。
「あっ……」
「あれー、アンタもここに逃げ込んでたんだ。久しぶりねー。確か……桃山君だっけ?」
そう、それは先ほどのシェルターにて先に脱出をした桃山太郎。
彼はお嬢様達が近づくと、明らかに気まずそうに視線を逸らした。
「……なんだよ。オレに何か文句でもあるのか……」
「別に、ないわよ。あそこでのアンタの行動はある意味で当然でしょう」
そう言って桃山をあっさりと許すお嬢様に今度は桃山が逆に驚いたような顔を向ける。
そんなお嬢様の背後より陸と海達も近づき、桃山と対峙する。
「陸……」
「……まっ、無事で良かったな。桃山。これからここで何が起きるかは知らないが、まあお互いに生き残ろう」
「は?」
そんなあまりに無関心な陸の言葉に、さすがの桃山も慌てたように立ち去ろうとする陸の肩を掴む。
「おい、待てよ。それだけかよ! オレはてめえらを……てめえの彼女を見捨てたんだぞ! しかもお前らに命まで救ってもらって、そこまでしたのにここまで逃げた奴をあっさり許すのかよ!?」
「許すも何も紅刃の言うとおり、別段お前の行動は間違っちゃいねぇよ。この地獄で自分が生き残るためなら当然の選択だろう。それにオレは別にお前に対して恩義を売りたかったわけじゃない。ただそうしたかったらそうしただけだ」
「……はあ? なんだよ、それ……」
理解が出来ない。そんな桃山の顔を見ながら、どう説明するべきかと悩む陸であったが、そんな彼らの問答より早く、この場に聴き慣れた声が響く。
『はーい! どうもー! 吊るし館にお集まり頂いた皆様ようこそー! ここでは第一ステージにおける特別のゲームをしてもらいまーす!』
「またこの声ねー。まあ、さすがに慣れてきたけれど」
そうボヤくお嬢様であったが、その表情は明らかに嫌悪感丸出しである。
『まず、気づいている方もいるかどうか知りませんが、すでにこの第一ステージのゲームが始まって二時間が経過していますー。つまり、あと十時間耐えるか、参加者が半分になれば皆様は第二ステージに行けますよー! やったね!』
「おい、冗談だろう……! まだ二時間しか経ってないのかよ!」
「くそ、あと十時間もここに避難できるわけがねえ!」
「何がゲームだ! てめえ、俺らを生かすつもりねえだろう!」
大悪魔からの説明にこの場に集まった者達からヤジが飛ぶ。
当然だろう。彼らからしてみれば、いくら生き返るチャンスがあるとは言え、こんな文字通りの地獄に放り出されるとは思っていなかったのだろうから。
『はーいはーい。そこで喚いてる虫君達、うるさいよー。こう見えて大悪魔はちゃんと公平なのです。心配しなくても、このシェルターはそこいらのシェルターとはわけが違います。なぜなら、ここは一度入ったが最後、ゲーム終了まで扉が開くことはありませーん。もちろん、外からも侵入不可能ですー』
「な、マジかよ!」
「それじゃあ、あとはここで十時間過ごせばオレ達生き残れるのか!」
「やったー! このシェルターに逃げたラッキーだったぜ!」
大悪魔の説明を聞き、途端に浮かれ出す連中。
だが、そんな彼らをあざ笑うように大悪魔は続ける。
『ただし、言ったようにここにいる間はあるゲームをしてもらいます。それをしなければ、ここにいる皆さん、もれなく死んでもらいまーす』
その一言に、先ほどまで騒いでいた連中が一気に黙る。
それはそうだろう。希望を与えられた途端、絶望に突き落とされたのだから。とは言え、それは悪魔の十八番である。
「げ、ゲームって何をするって言うんだ!?」
『簡単なゲームですよー。『悪魔吊り』というゲームでーす! 皆さんは一時間に一人、誰を殺すか選択してくださーい。選ばれたその一人を私がその場で処刑しまーす。わかりやすく言うと『人狼ゲーム』ってやつ? あれみたいに投票でこの中で殺したい人を選ぶってやつだよ。これを十時間続けること。つまり十回だね。この場にいる皆さんは百人いるんだから、十人死んでもらうだけで次のステージに行けるんですよー。わあ、なんてラッキーなシェルターなんでしょう! ここに逃げ込んだ皆さんは本当に幸運だよー!』
「なっ!?」
悪魔のその説明にこの場に集まった全員が動揺の声をあげる。
当然だ。投票によって殺す人間を決めるなど、そう簡単に出来ることではない。
万が一、自分がその殺す投票先にでもなれば、このシェルター内で血を見ることは明らか。
しかも、それを十回。
かなり悪辣なゲームである。
『あ、ちなみに投票しやすいように皆さんの頭の上に数字を出させてもらいまーす。あと紙も皆さんのポケットの中に移動させたので、殺したい人の番号を紙に書いて、その場で破って頂ければ、それは自動的に私のところに転移されるので集計で一番多い番号の人を殺すってルールでーす♪ ね、簡単でしょう? あ、ちなみに一時間の内にその場で誰か一人でも死ねば条件達成ってことで投票による処刑はなしとします。なので、投票で殺されるのが嫌だ! って人は隣にいる人を殺せば、それで一時間は安全だよ。あ、なんならそれを十回繰り返しても全然大丈夫だよ♪ 質問はなにかあるー?』
そう言って明るい声を響かせる大悪魔。
だが、無論質問などできる者はいない。
このゲーム。一時間に一回、誰を殺すかを投票して、その集計で最も多い番号の人物が処刑される。
仮にその処刑が嫌ならば、処刑が来る前に誰か一人でも殺せば、それでOK。
なるほど、一見するとフェアに見える。
なぜならこうした投票ゲームには必ず投票されやすい人物と、そうでない人物とに分かれるからだ。それをされる前に誰かを殺して投票による処刑を無効にする。
一見すると悪魔の言うように公平にも見えるが、だが違う。
これはとんでもないゲームだ。
自分が殺されると分かれば、誰かを殺せばそれがなくなる。
ならば、多くの人間がそれを実行に移すだろう。
ましてやここは地獄。大悪魔お墨付きの異常者ばかりが集まった空間だ。
もし一度でもそんなことが起きれば、このシェルター内は一気に殺戮による血の海と化す。
そうでなくとも、投票による処刑という残酷すぎるやり方でタガが外れた人間がそのような行為にも走りかねない。
最終的には十時間と待たず、このシェルター内にいる人間は共食いで全滅となる。
幸運どころか、おそらくこの第一ゲームにおける最もの“外れ”だ、ここは。
「質問よ。一時間誰も死なずに投票になった際、紙に何も書かなかった場合はどうなるの?」
が、そんな状況下においても唯一、冷静とも言うべき質問をしている人物がいた。
ほかならぬお嬢様であり、それには大悪魔も嬉しそうな声で返答をする。
『はーい、その場合は別に失格とかでもなんでもないですよー。とりあえず書かれた紙の集計結果によって処刑される人を決めまーす』
「じゃあ、たとえば1番の人が10票、2番が10票とトップが二人並んだ場合は?」
『その時は両方殺しまーす♪』
「なるほどね」
大悪魔からのとんでもない返答にもお嬢様は冷静に頷く。
一方でその受け答えを聞いていた何人かが顔色を変えて相談を始める。
このシェルター内の空気がどんどん不穏に包まれる中、更にそれに混乱を極めるように大悪魔はとんでもない発言をする。
『では、ここで最後に重要なニュースをお伝えしまーす! 現在、この場に集まったみなさんの人数は百人。ですが、この中に『三名』だけ、人間でないものが混ざっています』
ザワッと空気が変わった音がした。
「な、ど、どういう意味だ!? 三名だけ人間じゃないのがいるって!?」
「まさかそれって、悪魔ってことか!?」
「なんだと!? じゃあ、人間に化けた悪魔がこの中にいるってことか!?」
「お、おい! 誰だよそいつ!」
「ちょっと待て! 大悪魔! 投票でその人間じゃない奴らを殺すのはありか!?」
その質問を聞いた瞬間、大悪魔は異なる空間より笑みを浮かべたのが感じられた。
『はーい! もちろんオーケーですよー! つまり、皆さんの中に混じった人外を殺せば、死ぬ人間は最低7人に抑えられるってことですー! いいですねー! このチャンス逃さないでくださいねー!』
「おい、聞いたか!」
「ああ、つまり悪魔を見つけ出して、そいつに投票すればオレ達は死なずに済むぞ!」
「いや、むしろ悪魔がいたら全員で殺せばいい! この数だ! いくら悪魔って言っても人間の姿なら勝ち目もあるだろうぞ! 少なくとも外にいる化物のような悪魔よりはな!」
「ああ、賛成だ! おい、どいつが悪魔だ! 正直に名乗り出やがれ!!」
ざわざわと先ほどと明らかに変わった空気にお嬢様は顔をしかめる。
見ると、陸も同じように顔で唇に指を当て、何かを考えているようだ。
そんなこの場にいる全員を嘲笑うように最後に大悪魔は告げた。
『それでは最後にこの空間の中央にボックスを置いておきまーす! これは人が五人入れるボックスで、この中に五人が入った瞬間、扉は閉じられます。ですが、すぐに扉は開いて、外に出ると、そこには中に入っていた者達が『人間』か『それ以外』かでカウントしてくれます。つまり、そこに悪魔が混じっていたら『人間:4』『人外:1』と出ます。これを使えば皆さんも悪魔を発見できるかもですねー。ちなみにこのボックスは一時間に一回しか入れないので、入る五人はよく選んでくださいねー!』
「おい、マジかよ! それならそのボックスを使えば、俺らでも悪魔を探せるぜ!」
「いや、逆にそれを使えば身の潔白も証明できるってことだろう!」
「あったぜ! あのボックスだ! オレだ! まずオレが入るぜ!」
「バカ野郎! 一度に五人しか入れず一時間に一回しか使えないって悪魔が言っていただろう! よく考えてから入る奴を決めるんだよ!」
「あ、なんだとてめえ偉そうに。そういうてめえが悪魔なんじゃねえのか?」
「んだとこら!」
見るとボックスの周囲ではすでに人だかりが出来、喧嘩のような騒ぎまで起こっている。
それを遠巻きに見ていたお嬢様が一言を呟く。
「……まずいわね。このゲーム、下手をすると……十時間もなく、その半分でここにいる全員が全滅するわよ……」
それを聞いた陸は一瞬、驚きに息を呑むが、そこに見えたお嬢様の表情はかつてないほど深刻であり、それはこのゲームの最悪さを意味していた。
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