第25話 吊るし館

「……なんとか脱出できたみたいね」


「だな。幸い、悪魔も追ってきてないみたいだ」


 シェルターより脱出した紅刃お嬢様達は近くの路地にて身を潜め、自分達が脱出してきたシェルターを見る。

 今現在、シェルター内ではあのカインとジャックが侵入してきた悪魔達の足を止めている。

 あの二人の実力がどれほどのものであるのかは僕にも詳しいことは不明だが、少なくともあそこであのままやれるようなタマではないだろう。

 それはお嬢様も理解しているはずだが、やはり自分を逃がすために残ったあの二人のことを僅かながらに気にしている様子だった。


「……とにかく今は別のシェルターに逃げるわよ。まだ外には悪魔が徘徊している。しかも、さっき中に入ってきた奴よりも巨大な奴らが。あいつらに出くわしたらいくらアタシでもアンタ達二人を守りながら逃げるのは不可能よ」


「わかった」


「う、うん……そうだよね……」


 お嬢様の提案に頷く陸と海。

 その二人を連れて、移動しようとした矢先、ふとお嬢様が陸にだけ聞こえる声で囁く。


「陸君。一つ聞いておきたいの。――あなた“覚えてるわね”?」


「…………」


 その問いに陸は沈黙する。

 普通の人間であれば、紅刃お嬢様からのその問いに訝しんだであろう。


 だが、陸――いやお嬢様に関わった陸達であれば、その問いは重要な意味を持つ。

 そして、それに対して「なんのことだ?」と言った疑問を返さなかった時点で、陸の沈黙を肯定を意味していた。


「……いつ気づいた?」


「まあ、最初に会った時からなんとなく。決定的だったのは何度かアタシのことを『クレハ』じゃなく『紅刃』って呼んだでしょう」


「……ああ、確かに。不用意だったな。それなら気づかれて当然だ」


 お嬢様からの返答に陸は頷く。

 先ほど、お嬢様が質問した『覚えている』。

 その意味は他でもない。


 “自分(あかば)に殺されたことを覚えているか?”だ。


「……意外ね。どうしてそのことを覚えていてアタシを信頼してついてきたの」


 お嬢様からの問いに陸は沈黙し、悩むような表情を見せる。

 が、やがて何か納得したような顔を浮かべて答える。


「オレは殺されたこと自体に恨みは持っていない。普通は持つべきなんだろうが、そう思えないのがオレのおかしな点でな。自分でも異常だと理解できている。けれど、それとは別にアンタを信頼したのは海が『クレハ』を信頼しているから。そして、アンタは海が今の状態である限り、海を助けるために力を貸してくれる。そんな気がしたからだ」


「……そう」


 それは得てして奇妙な答えでもあった。

 かつて、紅刃お嬢様は陸だけでなく海といった彼女にとって大事な存在を悉く皆殺しにした。

 にも関わらず、そんなお嬢様が自分達を――海を守ってくれるかもしれないと信頼した。


 殺人鬼に心を許すこと。それは最もしてはいけない行為であり、このような地獄にあっては愚策中の愚策。

 普通であれば、そう考えるもの。


 だが、陸のその直感を紅刃は否定することも肯定することもなく、ただそのまま受け止めた。

 そんな彼女を見つめたまま陸は告げる。


「一つ頼みがある。海が『今の状態』のままなら、彼女を守ってくれないか。最悪、オレと海、どちらかしか救えない状況があったのなら、迷うことなく『海』を選択してくれ」


「それはいいけれど陸君はいいの? せっかく、この地獄に勝ち残れば生き残れるチャンスがあるのにそれをフイにして」


「別に構わないさ。オレは元々自分の命もどうでもいいと思っていた。関心というのか、そういうのが薄くてね」


「ふぅん、けどそれを言うならどうしてそんなに海を優先するの? それって関心って言わない?」


「さあな。ただこういう状況なら“普通”自分より彼女を優先する。その選択をオレはしているだけだ」


「こういう状況だからこそ、自分を優先するのも普通だと思うけど?」


「かもな。けれど、それはオレの目指す普通ではないからな」


 その問答を最後に陸は口を閉ざし、紅刃お嬢様は何やら納得するように頷く。

 そのまま海の手を掴むとお嬢様は「行くわよ、海」と言って駆け出す。

 その後を追うように陸もまた駆け出す。


 路地を出て通りを駆ける三人。

 すでにあちらこちらに逃げ遅れたであろう参加者達の死体が転がり、そこは文字通り阿鼻叫喚の地獄となっていた。

 そんな死体を意に介することなく、お嬢様は通りの先に見える巨大なシェルターを目指す。

 そこは先ほどお嬢様達が逃げ込んだシェルターよりも大きく、また外装も頑丈に見えた。

 だが扉となる部分はしまっており、この距離からではその扉が開閉可能なのかどうかは分からない。

 もしも、扉が閉まったまま開かない状態であれば、空を舞う悪魔達の格好の餌食。

 しかし、あのまま路地に隠れていたとしても、どの道ジリ貧。

 イチかバチかとでも言うべき賭けに乗ったお嬢様。


 そうして、扉の前にたどり着くが、やはり扉は開く様子はない。

 もはや、これまでかと思った矢先。


『ようこそ、吊るし館へ。参加者はこの中への避難が可能ですが、館内のゲームに参加して頂きます。ご納得頂いた方のみ、当シェルターへの避難を認めます』


 と、奇妙な声が扉の奥から聞こえた。

 それと同時に扉のロックが解除される音が聞こえ、ゆっくりと開かれるドア。


 一瞬、紅刃お嬢様も陸も海も、その中に入るのをためらう。


「……今、ゲームとか言っていたな。この中に入れば何らかのゲームを強制されるってことか?」


「それに吊るし館って言っていたわね……どういう館なの……?」


 先ほどの声に疑惑の表情を浮かべるお嬢様達。

 しかし、すでに悩む時間を与えてはくれなかった。

 見ると上空よりこちらに飛来してくる影。

 悪魔達がお嬢様達を発見し、それに狙いを定めていた。


 もはや悩む時間も戸惑う暇も与えられない。

 お嬢様達は互いに意を決し、そのまま扉の奥へと入る。


『参加者を確認いたしました。これにて合計100人。これより吊るし館のゲームを開催いたします』


 その機械的音声と共にシェルターの扉は閉ざされ、お嬢様達は新たなる悪魔ゲームへの参加を余儀なくされた。

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