第21話 弱者の復讐①

「き、金太……? い、いや、花野……お、お前、ど、どうして……?」


「くっ……くくっ、あっはっはっはっはっ! いいねぇ、桃山! 最高だよ! それ、その表情が見たかったんだよぉ!」


 目の前で呆然自失としている桃山を見下しながら僕は笑う。


「ど、どういうことなんだ……な、なんでお前がここに? い、いや、それよりも金太は一体……!?」


「金太ぁ? ああ、そんな奴もいたねぇ。あいにくそいつは死んだよ。僕が殺して食ったよ」


「……は? 食っ……?」


 僕の一言に文字通り顔を青ざめて後ろに下がる桃山。

 ああ、いいねぇ。その怯える表情。僕はずっとそれを見たかった。


「ええ、でも安心していいよ。さっきの僕のセリフは金太の本音そのものだよ。あいつは内心君を見下していた。つまり君にとっての本当の友達なんか誰ひとりいなかったってことだよ。あの取り巻き連中にしろ、小学生の時に君を救ってくれた恩人も、誰ひとり君を見ちゃいないよ。そう、君は最初から一人ぼっちだったんだよ」


「……ッ」


 僕が突きつけた現実に桃山は真っ青な顔のまま震えだす。

 すでに桃山の腹部からは血が滴り満足に動くこともできない。このままこいつを殺すのは簡単だ。

 だが、せっかく追い詰めたこいつをこのまま殺すのでは僕の気持ちは満足しない。


「ところで桃山さぁ、覚えてる。前に君が犬のウンコを靴で踏んだ時、それをそのまま僕に舐めとらせたよねぇ。あれはきつかったよぉ」


「あ、そ、それは……その……」


「舐めろ」


「……え?」


「僕の靴を舐めろって言ってんだよ。そうすれば君のこと見逃してあげてもいいよ」


 そう言って僕は右側の靴を差し出す。

 それを前に怯えた表情で震える桃山。

 ああ、まさかあれほど威張り散らし、僕を脅していた奴のこんな表情を見れるなんて、思っても見なかった。それだけでも僕の気持ちは昂ぶり満足感が満たされていく。

 けれど、まだだ。まだ“足りない”。


「ほら、早く舐めろよ。それともトドメ刺して欲しいのか?」


「う、うううっ……」


 僕がちらつかせるナイフを見て、恐怖に怯える桃山は涙を流しながら僕の靴を舐める。

 それこそ靴の裏側までキレイに。

 その様に僕は思わずこらえきれないように嬌笑を上げ、胸の内から沸き上がら快感の腹の中が満たされるようであった。


「くくくくっ、あーはっはっはっはっはっはっ! 傑作だねぇ! あの議員の息子と威張り散らしていた桃山も地獄じゃ僕の靴を舐めるような底辺なんて! はははっ! まったく、やっぱりここは最高の天国だよ!!」


 ひとしきり笑い声を上げる僕。

 だが、“まだだ”。

 “まだ足りない”。

 僕の飢え、空腹感、心の虚無、飢餓を埋めるにはまだ足りない。


「こ、これで……ゆ、許してくれるか……花野……?」


 怯えるように僕を見上げる桃山。


「ああ、許してあげるよ。――君を殺してね」


「ひいいいぃぃ!!?」


 だが、すぐさまその表情は恐怖へと変わる。


「当然だろう? 君のせいで僕は死んだんだ。なら、その責任をとって君は僕の手によって殺されないと不公平だろう?」


「ま、待て! 待ってくれ! 悪かった! オレが悪かった! もうお前を二度といじめない! お前の下につく! だ、だから頼む! ゆ、許してくれ! お、オレは別に、お前が憎くてあんなことしたわけじゃ……!」


「へえ、じゃあつまり桃山君は大した理由もなく、ただ悪ふざけのつもりで僕をイジメ殺したんだぁ」


「そ、それは……!?」


 口ごもる桃山を見て、僕は静かにナイフを持った手をあげる。


「ああ、やっぱりこういういじめの加害者っていうのは地獄に落ちても変わらないなぁ。当然か、君達にはそんな“自覚はない”。ただ『遊び』『冗談』『悪ふざけ』のつもりでやっていた。やれていた側がどれだけ真剣に悩み、トラウマを負ったか君達は一生理解できない。そもそもいじめられた僕らは君達が更生しようがどうなろうが、どうでもいいんだよ。むしろ、君達が死ぬのが――1番の償いなんだよ」


「ひ、ひいいいぃぃ!?」


 振り上げられたナイフを見て、桃山を目を閉じる。

 そして、僕の執行の刃は振り下ろされた――はずだった。


 横から現れた謎の人物のナイフによって、弾かれなければ。


「っ!? なに!?」

「……え?」


 呆然とする桃山、弾かれたナイフに驚く僕。

 そんな僕達二人を背に暗闇の中から現れる影達。


「はぁい、なにやら面白そうなことしてるじゃない。アタシも混ぜなさいよ」


 その中のひとり、金色の髪をなびかせる赤と白のゴスロリ調の服を着た少女。

 名前は確か――


「……紅刃さんでしたか」


「そういうこと。改めまして、“初めまして”かしら? えーと、花野君でいいの?」


 その少女はまるで道草で会った同級生に挨拶をするようにナイフを片手に笑顔でそう声をかけるのであった。

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