第20話 幕間~花野優作という男~

「おい、どこだよここ!? なんでオレ達こんなところにいるんだ!?」


「じ、地獄だー!? ここが地獄って言うのか!? じゃあ、オレら全員死んだっていうのか!?」


「い、いやー! どうして私がこんなところに! 私が地獄に落ちるはずなんてないわー!!」


「ふざけんな! 僕はとばっちりだぞ! おい、どうしてくれるんだ桃山! こうなったのも全部お前のせいだぞ!」


「ああ!? ふざけんな、猿渡! 地獄に落ちてまでてめえまだそんなこと言ってんのか!」


「いいや、猿渡の言うとおりだぜ。そもそもオレらが死ぬ原因になったのはてめえだろうが桃山!」


「犬崎……て、てめえ!」


「そうよ! 全部アンタのせいよ桃山! こんな地獄までアンタにおべっか使う必要なんてないわ! アタシ達はもう勝手にやらせてもらうわ!」


「雉姫……てめえらああああああ!!」


 ああ、ようやく来たのか。


 地獄に落ちて数日。いや、数日という時間の感覚すら曖昧だ。

 ともかく僕がこの地獄に落ちてからしばらくして、ようやく奴ら――桃山達の姿を確認した。

 ゲームの開始までは一定の人数が始まらない限り開催されない。

 とはいえ、こうして地獄で彼らと再会出来たんだ。僕の胸の内はすでに復讐心で激っている。

 幸いというべきか桃山は他の三人に見限られ一人となった。


 今なら僕一人でもやれるか?

 いや、そんな簡単にあいつを殺してそれで僕の気は晴れるのか?

 そうじゃない。

 どうせやるならもっと劇的に。あいつをどん底に落として、その惨めな顔を見ながらでないと僕の気は収まらない。

 そう思っている時だった。あいつに出会ったのは。


「やあ」


 後ろからかけられた声に振り向く。

 そこには赤茶色の髪をした明るい笑顔を浮かべた好青年がいた。

 なんだ、こいつ。いつからいた。


「はじめまして。オレは坂上金太。ちょっと君に相談があってさ」


「?」


「君、あの桃山ってやつに復讐したいんだろう」


「……どうしてそれを知っている」


「はは、それだけすごい形相で睨んでいれば誰でも分かるよ。少し前から君には目をつけていた。もしかしたら君の力になれるかもしれないよ」


 そう言って金太という男は語りだす。

 自分と桃山太郎との馴れ初めを。

 かつて、小学生時代、桃山がグループからはじかれたとき、それに手を差し伸べ親友という枠に入った男。

 それが自分であり、桃山はそのことをずっと感謝していると。

 中学に入ってから桃山とは別の学校となり疎遠となったが、それでも桃山は自分のことを信頼している。

 こんな地獄で、しかも仲間から見捨てられた状態ならば奴は必ず自分に従い、自分の仲間になると。


「というわけさ。で、頃合を見計らって君がやつを殺しても構わない。これから地獄ではそうした生き残りをかけたサバイバルゲームが始まるんだろう? なら手元にいつでも殺せるコマを置いておくのは悪くないからね」


「……君は桃山の親友じゃないのかい? いいのか、僕に奴を差し出しても?」


「親友?」


 僕がそう尋ねると金太は可笑しそうに笑うと、先程までの好青年な顔を剥ぎ、その下にある欲望に満ちた醜い顔を晒す。


「冗談よせよ、なんであんなクズとオレが親友なんだよ。言ったとおり、奴に手を差し伸べたのはカースト最下位に落ちたクズを救うのが気持ちいいっていう上に立つ奴特有の優越感からだよ。それにあんな奴でも好意を向けられるのは悪くない。こうして利用できる場が来るなら自分に好意的な人間はいくらでも作っておくべきだろう。オレは社会をいかに自分の都合のいいように操れるかを考えて行動している。それを考えるなら自分に好意的な人間を増やすというのが一番の最適解だろう? 君も覚えておくといいよ。善人こそがこの世で最も自分の利益となるコマを集めるのに優秀だとね」


「……そうかい」


 そこまで聞いて納得した。

 なるほど、こいつは確かに地獄に落ちる。

 そして、こいつほど桃山をハメるのに相応しいコマはない。

 こいつの言うとり利用するものは全て利用する。


「さあ、それじゃあ、案内するよ。実は他にもメンバーを揃えていてね。そいつらと合流すればオレらがこの地獄で勝ち残るのも――」


「ああ、それには及ばないよ。僕の目的は桃山だけだから。地獄で勝ち残ることに興味はない」


 そんな僕のセリフを聞いた瞬間、背中を向けていた金太の顔が振り返る。

 だが、遅い。

 呆ける彼の顔面に僕は地面に落ちていたコンクリートの固まりをぶつける。


 次の瞬間、口から血を流し、倒れる金太。

 続いてなにやらうめき声を漏らすが、そんな暇など与えないよう馬乗りになり顔面を潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。潰す。


 しばらくして金太と呼ばれた男が動かなくなったのを確認し、僕は手に持った血まみれの塊を放り捨てる。


 さて、ここからが本番だ。

 僕は自らに宿る『スキル』を使用するために、目の前の金太の死体めがけ、口を開き、その死肉を――食らう。


 むしゃむしゃと肉を噛みちぎり、骨を砕き、その全てを腹の中に収めるように喰らい続ける。


 これが悪魔から説明された僕のスキル『捕食』。

 その能力は食らった相手の姿形、記憶、能力、全てを奪うというもの。


 弱肉強食という言葉がある。

 強者は弱者の肉を喰らい糧とするというもの。

 生前の僕はまさにその弱肉であった。

 桃山という立場も力も全てが上の相手にいたぶられ、なぶられ、食われ続けて、最後には死に追いやられた。

 そんな僕の生前の苦しみ、後悔、憎しみが地獄で形となったのがこのスキルなんだろう。


 いわばこれは弱食強肉。

 自分よりも強者の肉を喰らい続けることで弱者の僕が強者を倒すというまさにカースト最下位に相応しいスキルだ。


 金太の肉を全て喰らい終わった僕は自らの内に宿る不思議な力に感じる。

 なるほど、これがスキルか。

 すぐさま念じると僕の姿は先ほどの金太と同じものになる。

 いや、もはや僕自身が金太そのものだ。

 その思考能力も記憶も、今までの金太の人生、足跡、考え方が自分のものとして理解出来る。

 これはいい。

 実にすばらしい能力だ。


 足元には大量の血の跡があるが、それ以外には何もない。

 ここが地獄だからだろうか、あるいは自身も相手もすでに死んだ人間故か、普通なら人間一人の肉を腹に収めるなどということは不可能なのだが、それがいとも容易く行われ、なおかつ空腹感も満足感もない不思議な感覚。

 それ以前に、この地獄に落ちてから食料はおろか水を取ったことすらない。にも関わらず僕たちは生存している。

 それだけでもここが普通ではないと理解できる。


 いずれにしても、これで僕の条件は整った。

 その後は簡単だった。

 奪った金太の肉体、そして記憶を使い、『オレ』はそのまま桃山に近づき、奴を仲間に引き入れグループを作った。

 あとはあいつを殺せる状況に持ち込み、たっぷりの絶望と後悔を与えてから殺すこと。


 ああ、楽しみだなぁ。

 あいつが親友だと思っていた奴の皮を被り、最後の瞬間にはその皮を剥いで、あいつが殺した僕の顔を拝ませて殺す。

 その時、あいつがどんな表情をするのか、今から楽しみでたまらなかった――。

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