第19話 悪魔ごっこ⑩復讐者
「どう、して……」
腹部から流れる血を必死で抑えながら、桃山は片膝をついて金太を見上げる。
「どうして? 自分のやってきたことを考えても見ろよ。お前がこうされるのは当然の報いだろう」
そんな桃山の顔を金太は遠慮なく踏みつけ、頭に何度も蹴りを入れる。
血を滴らせながら桃山の脳裏に浮かんだのは、自分を無能と切り捨てた父親と、全く興味すら抱かなかった母親。そして、そんな自分に群がってきた自称友人とほざく寄生虫達。
「……お前も……オレを内心、見下していた……のか?」
「あぁ?」
かすれるような桃山の問いに、しかし金太は腹を抱えて笑い出す。
「くっくっくっ、あーはっはっはっはっ! そうだな、確かにそうだ。この“金太”ってやつは確かにお前を見下していたよ。都合のいい利用できる道具として、自分の正義感を満たせるいい友人としてお前を見下していたぜ。けどな“僕”は違う。そんなどうでもいい優越感で君を殺したいんじゃない。これは正当な復讐だよ。桃山君」
「……え?」
突如、別人のような声に桃山は戸惑う。
そして、見上げた瞬間、彼は目を疑うような光景を見る。
「あれ、まだ分からないかな。まあ、こんな被り物してたら、それもそうか」
言って、金太は自らの顔を剥ぐ。
それはまるでマスクを取るように、ビニールの被り物を破くように顔を覆っていた皮膚を引き裂き、その下にある素顔があらわになる。
そして、その顔を見た瞬間、桃山の表情は凍りついた。
なぜなら、そこに映った顔を彼は誰よりも知っていたのだから。
「やあ、久しぶりだね。桃山君」
それはかつて桃山太郎が自身のエゴによってイジメ殺した人物――花野優作であった。
◇ ◇ ◇
「……ねえ、ちょっといいかな♠ 自殺するならよそでやってくれないかな? そんな目の前で飛び込みされたら僕が殺したって言われかねないからさぁ◆」
「え?」
その日、花野優作は飛び降り自殺をするべくあるビルの屋上でとある男であった。
男は別段、花野の自殺を止めたくてそう声をかけたわけではなく、そこにあったのは単なる自分本位の理由だけであった。
「……そう、ですね。死ぬ時まで他人に迷惑をかけるのはよくないですよね。申し訳ありません。次はもっと人に迷惑がかからない場所で死にます……」
そう言って屋上から出ていこうとする花野の背中に男は声をかける。
「ちょっといいかな♥ どうして君が自殺しようとしていたのか、よければ話してくれないかな?」
「え?」
思わぬ男の声に振り返る花野。
男は決して善意で花野に声をかけたわけではない。そこにあったのはあくまでも己自身の興味、自分本位な理由しかなかった。
「……つまらない話になりますが、いいですか?」
「いいよいいよ♣ 僕、他人のつまらない話って好きだから♥」
そうして花野は語る。
自分が学校で桃山率いるグループにいじめられていることに。
学校も教師も見て見ぬふり、もはやそこは地獄以外のなにものでもなく、自分が解放されるには死ぬしかないということ。
そして、自分の死で少しでもあの連中が反省し、あるいは苦しむのならという想いから。
「なるほどねぇ。けど、一ついいかな? 仮に君が自殺しても連中が反省することなんて絶対にないよ♣ むしろ、数日後には笑い話にしてそれで終わりさ◆」
「……わかっていますよ。そんなの。だけど、もうこれしか僕にする方法なんて……」
「一つ相談があるんだけど♠ もし君が本気で復讐を望むなら、僕に依頼してみないかい? そいつらへの復讐♥」
「え?」
「と言っても僕の言う復讐は生ぬるいものじゃない♣ そいつら本当に殺す依頼◆ どうだい?」
唐突な男からの誘い。
当然、花野は困惑した。
だが、それでも男は続けた。自分にはそれが出来ると。もしも君が本当に連中への復讐、死を望むなら、それを手助けしてやると。
まるで悪魔からの誘い、契約の言葉を前に花野は――
「……本当に、やれるんですか?」
「ああ、約束は果たすよ♠ ただし、君にもそれなりの代価は払ってもらうよ♣ 人を殺す依頼をするんだ。それ相応は払ってもらわないとね♥ たとえば……君の命、とか◆」
普通であれば、自らの命を差し出して、相手を殺す依頼をするなど正気の沙汰ではない。
仮に自分の命を差し出したとして、相手が本当にそれを遂行するかの確証もない。
だが、花野優作にとって、もはや自分の命は無いに等しい。
むしろ、自殺という何の益にもならない結末を迎えるくらいなら、その命で自分を追い詰めた連中に復讐を、報復を。
そのために、この命を使う。その事に何の迷いもなかった。
「……ええ、構いません。それであいつらに復讐できるのなら、僕の命くらいあなたに差し上げます」
「うん、わかった。それじゃあ、君の命と引換えに契約成立だ。――花野優作」
そうして花野の生はそこで途切れた。
だが、次に目覚めた瞬間、花野はそこに立っていた。
この世とは異なる次元、遥か地の底、救われぬ魂が行き着く先。
そう――地獄と呼ばれる、この場所に。
「……ここは」
「はーい、新たな地獄のプレイヤーさん。ご招待でーす♪」
目を開けると、そこには一人の悪魔がいた。
悪魔、と呼ぶにはその少女はあまりに可憐であった。
ピンクの明るい髪、やや露出の高い服に低身長の、どちらかというと可愛らしい容貌。
人間の美的感覚から言えば、その少女の愛らしさ、美しさはまさに天使と呼んでいいものだ。
だが、背から生える黒い翼と、お尻から生えた黒い尻尾が、それが普通の人間とは異なる異形の存在だと教える。
「……あなたは?」
「私は大悪魔。これからこの地獄で起きるゲームを取り仕切る者でーす♪」
「……ゲーム?」
「そう、これから君を含む千人のプレイヤーがこの地獄に落ちる。君達にはこの地獄で最後の一人となるまでゲームをしてもらいます。まあ、いわゆる生き残りをかけたバトルロワイヤルってところね」
「……それに勝つとどうなるの?」
「なんでも自由に願いを叶えられるようになりますよー! 勿論、生き返りたいとかも叶っちゃいまーす♪」
「…………」
それは死んで地獄に落ちた者からすればまさに天から垂れた一本の救いの糸。
それを聞いて、手を伸ばさずにいられない者などいるはずがなかった。
「……一つ聞いていいですか。どうして僕は地獄に落ちたの?」
「あれれー? そんなこと聞いちゃうんですかー? そんなの言わなくても当然じゃないですかー」
しかし花野はどうして自分がこんな場所に落ちたのか、その事に対する疑問を目の前の悪魔に問うた。
「いやー、普通だったら君は天国行き確実の魂でしたよー。小さい頃から優しく、どんな人にも平等に接して、動物の命もいくつか救いましたねー。けれど、最後に君は道を踏み外してしまいましたー。自分の命と引換えに数人の命を奪うよう殺し屋さんに頼むなんて正気の沙汰じゃないですよー。しかも、その結果見事に彼らは死にましたからねー。君がされていたことには同情しますが、けれどそれと殺人の正当化は別ですよー。一人、二人ならともかく四人の命を奪うよう頼んでおいて、天国行きってのはちょーっと甘いんじゃないんですかねー?」
そう言ってからかうように悪魔は花野を覗き見る。
悪魔としては、花野が犯した大罪に恐怖するか、あるいは後悔する表情を見たかった。
だが、次に訪れた変化は悪魔が期待したそれとはまったく異なるものであった。
「……そう、ですか……。連中、死んだん、ですね……」
瞬間、花野の顔に浮かんだのは――笑み。
これまでにない清々しい表情。
ここ何ヶ月、いや、桃山太郎という人物に会ってからずっと失っていた笑うという表情、感情。それらが花野の顔に、心に戻っていく。
「そう、か。死んだんだ、あいつら。は、ははっ、ははは、はははは……はははははははははっ! はははははははははははははははっ!!」
たまらず花野は腹を抱えて笑う。
そこが地獄だと忘れたかのように天に向けて吠えるように笑う。
自身の願いの成就、復讐が果たされたと。あの連中が全員、惨めに、滑稽に、死んだのだと。その結末に花野はこれ以上ない喜び、快感、絶頂を感じていた。
「はははははははははははははははははははっ!!」
「……いやー、いいねぇ、君。やっぱり私の見込んだ通りだよ。うんうん、君も立派な“異常者”の一人だよ」
そんな花野を前に大悪魔は笑う。
これ以上ない、三日月の笑みを浮かべて。
「それで説明の途中なんだけど、この地獄で行われるゲームなんだけど、多分君なら楽しめる内容になると思うよ」
「ははは……それって、どういう意味ですか?」
なおも腹のそこからの笑いをこぼしながら花野を問いかける。
そんな少年に対し、悪魔は囁く、まるで甘い蜜を滴らせるように、甘美な毒で無垢なる者を染めるが如く。
「言ったでしょう。ここは地獄。そして、ここにはもうすぐ千人のプレイヤーが集まり最後の一人となるまで殺し合いをする。つまりね、“これから死んだ連中”もこの地獄での参加者になるんだよ」
「……ああ」
それを聞くだけで十分であった。
悪魔が言わんとしている意味。そして、その先にある何かを。
「さて、それじゃあ、花野優作君。改めて問うけれど、君はこの地獄でのサバイバル、デス・ゲームに参加するかい?」
差し伸べられる悪魔からの契約。
だが、すでに花野の中で答えは決まっていた。
生前、死ぬ前に己の命と引換えに自分を自殺へと追いやった連中に報復を頼んだのだ。
それが、この地獄にあって、今度は自らの手で、己を追いやった連中に制裁を出来る。
それが可能だとするのなら、少年に取ってここはもはや地獄ではない。
天国よりもなお救われるべき場所――楽園にほかならなかった。
「――当然参加するよ」
そうして花野は悪魔の手を取った。
彼が見据える先はただ一つ。
それはこのデス・ゲームに生き残り、現世に蘇ることでも、願いを叶えるためでもない。
己を苦しめた連中――桃山太郎への復讐に他ならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます