第18話 悪魔ごっこ⑨矜持
「それってどういうこと?」
金太からの誘いにお嬢様は明らかに不信の表情を向ける。
「いやぁ、アンタらもこの一回戦のルールは分かってるだろう? 参加者の数が半分になればそれでゲームは終了。確かにこのシェルターにいれば安全かもしれないけれど、それも完璧じゃない。むしろ、こうした閉じた空間こそ人数を減らすには最適じゃない?」
「……桃山とお前は友人じゃないのか?」
金太のセリフに対し、それを聞いていた陸がそう尋ねる。
しかし、それを受けた金太はむしろ驚くような顔を向けると、すぐさま苦笑を浮かべる。
「いやいや、それは違うよ。まあ、あっちはオレのことをそう思ってるかもしれないけどさー」
「どういう意味?」
お嬢様の問いに金太は「うーん、そうだなー」と少し勿体ぶった後、答える。
「小学生の頃だったか。あいつの父親が汚職で疑われたことがあってさぁ。まあ、政治家にとってみればそうした噂が流れるだけでも致命的だ。結果、あいつの家は苦しい状況になって、当然学校内でのあいつの立場も墜落した。それまであいつに媚びへつらっていた連中が離れ、あいつは一人ぼっちになった。けれど、そこに手を差し伸べたのがオレでさぁ」
そこまで聞けばそれは普通のいい話であっただろう。
話しているこの金太とかいう男の見下したような顔を見なければ。
「いやぁ、ありゃ最高だったね。それまで議員の息子って威張ってた奴が翌日には捨てられた犬のような表情でさぁ、それに手を差し伸べると疑いなくオレを頼ってきたんだよ。気持ちよかったねぇ、なんていうの? こいつはオレがいないと何も出来ないクズって見下すの。まあ、そのおかげで桃山はオレのことを無二の親友だと思ってるわけよ。勿論、オレは内心ではあいつを見下して、いつかこうした状況が来たら利用できるように餌付けしただけなんだけどさぁ」
「……あっそ」
金太の話を聞き、呆れたように顔を背けるお嬢様。
一方の陸と海も、そんな金太の本心に悪感情を抱いたのか、どちらも眉を下げて唇を閉じている。
唯一、表情に変化がないのがカインとジャックくらいなものであった。
「まあ、そういうわけであいつはオレに全幅の信頼を置いている。けれど、実際あいつがいると色々と邪魔なんだよ。まあ、この一回戦で人数を減らすための犠牲になってもらうってのが本音なんだが。それでどうだい? アンタらが協力してくれれば、桃山含む連中を軽くやれると思うんだけど、手を組んでくれないか?」
そう言って手を差し出す金太に対し、しかしお嬢様は即座に答える。
「お断りよ。アタシは殺しのやり方に対してこだわりを持っているの。向こうから仕掛けてくるのならともかく、ゲームでアタシ自身が仕掛けるのなら、公平な立場から仕掛けるわ。アンタの口車に乗って殺人の片棒を担ぐなんてゲスのやり口には死んでも乗らないわ」
お嬢様のその答えを聞き、金太は呆れたようにため息をこぼす。
「これはまた難儀な性分のお嬢さんだなぁ。つーか、ここにいるオレらは全員死んでるだから、どんな手段でも構わないだろう」
「さあ、それはどうかしら。少なくともアタシは殺しに関してある美学を持っている。そのこだわりこそがアタシの矜持でもある。悪いけれど、その矜持をアタシは曲げるつもりはないわ」
殺し屋でもあるお嬢様にとって、そのような殺しの美学、矜持などハッキリ言って持っているだけ無駄、どころか彼女自身の足を引っ張る枷にしかならないだろう。
事実、殺しの方法に手段やこだわりを持っている時点で、それは三流だ。
しかし、だからこそ、それが音霧紅刃という人間を形成している。
ただの殺し屋ではない。ましてや殺人鬼ですらない。
歴史上、彼女よりも優れた暗殺屋や殺人狂はそれほど星の数ほどいただろう。目的や手段にこだわらず、殺しだけを追求する天性の怪物達。
しかし音霧紅刃は違う。暗殺という家業を背負いながら、それを受け継ぎ、しかし彼女自身、そこにこだわりやある種の美学、矜持を求める生粋とは無縁の偽物。だからこそ、彼女の生き方は辛く、見るものが見れば悲痛な生き方にしか映らない。だが、それが彼女の生き方なのだ。
他とは違う正負入り混じった誰よりも人間らしい不完全な殺し屋。
ああ、やはり彼女はいい。完璧な殺し屋よりも、こうした不完全な魅力を持つ彼女こそ輝いて見える。おそらく多くの悪魔がそう思うだろう。だからこそ、彼女にはそうした“もの”達が多く魅了される。僕を含めて。
見ればカインもお嬢様のその意見に賛成したのか、これまでよりもずいぶん穏やかな表情でお嬢様を見ている。
「そうかい。まあ、そういうことなら仕方がない。こっちはこっちで片付けるよ。出来ればアンタ達とは争いたくはないんで、オレの邪魔だけはしないでくれると助かるよ」
「さあ、それは保証しかねるわ」
お嬢様の軽口に金太は苦笑を浮かべ、そのまま扉へ向かおうとするが、
「ちょっと待て」
それを陸が引き止める。
「一つ聞かせてくれ。お前は親友を、いや親友だと思われている奴を平気で裏切れるのか? それがお前にとっての普通なのか?」
陸のその問いに金太はさも不思議そうな表情を向けて答える。
「あたり前だろう。“こんな状況”なんだぜ? 自分が生き残るために周りを、それこそ親友すらも利用して生き残る。それが“普通”ってもんだろう?」
「……そうか」
そうして金太が部屋を出て行った後、陸は誰にも聞こえない声で呟く。
「……だが、それはオレの知る“あいつの普通”とは違う……」
◇ ◇ ◇
「金太! お前、どこに行ってたんだよ!?」
「いやー、ちょっとな。なんだ、心配でもしたのか? 桃山」
「たりめーだろう。ダチの心配して悪いかよ」
戻った金太を出迎えたのは桃山であった。
桃山は金太からの軽口に対し、迷うことなくそう返し、それには逆に金太の方が面を食らっていた。
「どうした金太。なにか心配事でもあるのか?」
「……いや」
そんな自身を心配する桃山の声に、逆に金太のほうが苛立ちを隠せなかった。
ああ、どうしてこいつは……。
どうして“あんなこと”をしておいて、そんな誰かを心配するようなことができるんだ。
「……少し話さないか。桃山」
「? ああ、いいぜ」
そう言って桃山と共に通路の奥へと向かう金太。
暗がりの中、先に声をかけたのは桃山であった。
「金太。こういう時に言うのもなんだけど、お前には感謝してるぜ……。正直、こんな地獄に落とされて最初はオレもマジでびびったよ。雉姫も犬崎も猿渡も、連中は全員自分勝手にオレを捨ててどこかに行きやがった。……いや、わかっていたんだ。あいつらとは最初から本当の友情でつながっていたわけじゃない。単にオレが議員の息子だからそれに群がっていただけ。けど、お前だけは違ったよな。小学生の時、皆がオレを見捨ててもお前だけはオレの傍に居てくれた。中学からは離れたけれど、そんなお前とまたこうして地獄で会えてオレは本当に嬉し――」
「……ああ、“僕”も会えて嬉しかったよ。桃山」
瞬間、桃山は腹部に鋭い熱を感じる。
その後、湧き上がる脳髄を刺激する痛み。
「……えっ」
咄嗟に自らの腹部に手を置く桃山。その手には真っ赤な血が染みのように広がり、ついで口元からわずかな血の雫がたれ始める。
「……金、太……?」
見ると目の前でナイフを抜いた金太が自分を見下すように立っていた。
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