第14話 悪魔ごっこ⑥過去

「さて、それじゃあ紅刃嬢。説明してもらおうか」


「…………」


 少し離れた位置に移動した紅刃お嬢様とカイン達。

 周りに誰もいないことを確認するとカインがそう口を開く。


「あの二人と君はどういう関係だい?」


「紅刃さんの知り合い……なんですよね……?」


 カインとジャックに尋ねられるお嬢様であったが、そこから返ってきた答えは簡素であった。


「……あの二人についてはアンタの悪趣味なゲームで出てきたでしょう」


 そう言ってお嬢様はこの地獄に来る前のカインとのゲームを指す。


「確かに。と言っても、あれは君の記憶を具現化しただけでオレは君の過去や記憶を覗いたわけじゃない。だから一から説明してもらえると助かるかな」


 そう言って肩をすくませるカインに対し、お嬢様はため息をついた後、ゆっくりと語りだす。


「……クレハっていうのはアタシの偽名。アタシがあいつらと会った時に名乗ったの」


 そうしてお嬢様は語りだす。

 かつての己の過去を。


「アタシは殺しを生業とする家に生まれ、その後を継ぐべく幼い頃から母にそう仕込まれ育てられた。それに関してはもう受け入れたし、今の自分を嘆いてはいないわ。けれど、アタシの中にやっぱり未練というか、人としての感情が残っていたのね。ある日、殺しの依頼で不覚を取ったアタシが大怪我を負った。その時に助けてくれたのがあいつら――海や陸、空、石、零、真司。彼らだった」


「…………」


「普段なら関わらないか。関わったあとであいつらを殺すべきだったんでしょうね。けれど言ったようにアタシは殺し屋としても普通の人間としても中途半端。クレハという偽名を名乗り、その姿のままあいつらと過ごした。昼は普通の女のことしてあいつらと話したり、夜はそのまま殺しの依頼を遂行。今思ってもどっちつかずで何がしたかったのか……。けれど、そんなアタシの中途半端が結局最悪な最後を迎えたわ」


 言ってお嬢様はその顔に初めて悲しみと後悔。そして、滅多に見せない怒りの表情を見せた。


「アタシの母に全てがバレた。アタシがそういう普通の連中と付き合い、普通の生活を過ごしていたのを」


「なるほど」


 そこまで聞いてカインも頷いた。

 見ると、隣のジャックも深刻な表情でお嬢様を見ている。


「察しが早くて助かるわ。そう、完璧な殺し屋。理想の自分の後継者を育てようとしていた母からすれば、そんな異物と関わっているアタシを矯正するのは当然。母は私に黙って海達を館に呼び寄せ、あの子達に毒を盛った。数時間で確実に死ぬ毒を。無論、それを知ったアタシは激情に駆られて母を殺したわ。ああ、今にして思えばあれが初めて感情で殺した突発的な殺人だったわね……。アタシの中で一番人間らしい殺人だったかも」


 自虐的に笑うお嬢様にしかし、カインもジャックも笑わない。

 ただ黙ってその最後を聞く。


「……その後はまあ、多分人には理解できないだろうけど、アタシは……自らの手で海達を殺すことを決意した」


 そう告白した際、お嬢様の瞳はまるでその時の過去を見つめるように暗く、冷たく、そして悲しみに満ちていた。


「毒で……ううん、母の手によってアタシが好きになった人達を殺されたくなかった。分かってもらえないかもしれないけれど、これがアタシにとっての人間性。こだわり。獲物を前にした舌なめずりかもしれない。だけど、あいつらだけは誰にも殺されたくなかった。殺すならアタシ自身の手で。好きだからこそアタシはあいつらを――海を、陸を、空を、石を、零を、真司を、この手で殺したわ」


 そうしてお嬢様は自らの手を抱きしめる。

 かつて、そこにこびりついたであろう大好きな人達の血をすくうように。

 そうして何事もなかったかのように紅刃お嬢様はカイン達の方を振り返る。


「これがアタシとあいつらの関係よ。まだ何か聞きたい?」


「……そうだね」


 言って考えるようにカインは先ほどの二人の事を思い出しながら尋ねる。


「彼らが君を見て、親しげに話しかけたのは死んだ時のショックでその前後の記憶がないからってことか」


「そうね。あいつら言っていたけれど、もし本当に記憶があればアタシを見た瞬間、声を失うか、あるいは殺意を抱くはずよ。なにしろあいつらを殺した張本人だから」


 それはごもっとも。

 この地獄に落ちた彼らの記憶が欠損しているのはお嬢様にとっての幸せか、あるいは――


「もう一つ。彼らは信頼できるか?」


 そのカインの問いにお嬢様は僅かに考えた後、答える。


「……人間性、という点では多分この地獄にいる誰よりもあいつらは信じていいわ。少なくとも一度約束してそれを違えるような連中じゃない。状況とか、相手にもよるだろうけど」


「なるほど。じゃあ、もしも彼女達が君に対する記憶を取り戻したら?」


「まずアタシとは絶対に協力しないでしょうね。もしもアンタがあいつらと組む気ならアタシは抜けさせて一人でやらせてもらうわよ」


 迷うことなくそう答えるお嬢様に、しかしカインは首を振る。


「いや、それはやめておこう。確かに彼らも魅力的だが、今は君と同盟中だ。オレも一度結んだ関係をそう簡単に裏切るような真似は出来ない」


「意外ね。アンタみたいなタイプ、ゲーム終盤で裏切ってラスボスになりそうだけど」


「おいおい、心外すぎるなー。オレのどこがそんな信用ないんだよー?」


 全部よ、と答えるお嬢様にカインは苦笑を浮かべる。

 いずれにしても、ここにあの二人がいるということは残る彼らの仲間もこの地獄にいるということだろう。

 先ほどお嬢様が呟いたメンバーの名前。空、零、石、真司。もしもこの四人とあの二人が手を結べば、厄介なことになりそうだが……恐らくお嬢様はそれを止めないだろう。

 むしろ、あの六人が再び集い、自分に挑んでくるのを望んでいる。

 お嬢様はそういう人だと、僕がため息をついた瞬間、


「きゃあああああああああああああああああ!!」


 絶叫が木霊する。

 それは先ほど、お嬢様達が陸や海と再会したフロアの方から。


 この第一ゲームにおける惨劇はまだ始まったばかりであった。

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