第11話 悪魔ごっこ③神の呪い

「なっ……なにやってんのよ! アンタ!」


 叫ぶやいなやお嬢様は駆け出す。

 それと同時にカインを取り囲んでいた男達が離れる。その手に持ったナイフから血が滴り、カインの体にはナイフによる無数の刺し傷があり、そこからとめどない血が溢れていた。

 致命傷だ。

 傍目から見てもあれはもはや助からない。

 カインは――死ぬ。


「ひゃははははは! あの人からお前が一番の要注意人物だと聞いていたが、なんだよ! 全然たいしたことねぇじゃねえかよ! 色白の兄ちゃん! こんな地獄で博愛主義かー? かぁー! ご立派だねぇ! それじゃあ、その博愛主義を抱いたまま死にな! ひゃはははは!」


「……ッ」


 男達の嬌笑を耳にお嬢様はナイフを手に取る。

 それを見た男達も即座にお嬢様を迎え撃つべく構えるが、しかし。

 その瞬間、それは起きた。


「――あっ?」


 突如、男達の腹部から赤い染みが発生する。

 それにひと呼吸遅れるように男達の口から「ごぷりっ」と生暖かい血が滴る。


「……え?」


 異常事態に気付いた紅刃お嬢様は即座に足を止める。

 だが、その本人達。男達は自らに起きている現象を理解できず、腹部から滴る血を手ですくい取る。


「……なん、じゃ……こ、りゃ……?」


 男の一人がそう呟いた。

 それがその男の最後であった。

 自らになにが起こったのか理解しないまま男は倒れ、その場に赤い染みを作り絶命する。


 一方の残った男達は片や半狂乱に自らの腹部から流れる血を必死に両手で抑えようとするがいくら手で抑えようと出血は止まることなく、やがて男がか細い声を残し前のめりに倒れる。

 そして、残った最後の男もまた。


「なんだ、よ……これ、は……!? なんなんだよー!? これはああああああああああ!!」


 わけがわからないと言った様子で叫び、自らの傷口を抑える。

 そんな男の背後で倒れていた男がゆっくりと立ち上がる。


「……だから言っただろう。オレはお前達を傷つけたくないって……弟達の泣き叫ぶ姿なんて見たくないんだよ……」


「なっ!?」


 そこに立ったのは――カイン。

 先ほど全身を刺され、間違いなく致命傷を受け死んでいるはずの男であった。

 だが、見るとその体に刺し傷などは一切なく、五体満足で、まるで何事もなかったかのように立っていた。


「て、めぇ……なんで……なんでだよおおおおおおおおお!?」


 立ち上がったカインを見て男は半狂乱にナイフを振り回す。

 それを見てカインがゆっくり後ろに下がる。


「おいおい、よせ。その傷、かなりやばいがまだなんとかなるかもしれないだろう。これ以上オレを攻撃するのはマジでやめておけ」


「うるせえええええ! この傷もてめえのせいか!? だったらてめえを殺せばこんな傷なんかああああああ!!」


 そう言って男のナイフがカインの顔面に深く入る。

 目を串刺しに、その先にある脳にナイフの切っ先が入り、血が吹き出す。

 ダメだ。今度こそ死んだ。

 そう確信した瞬間であった。


「―――あっ……?」


 カランとナイフがその場に落ちる。

 それと同時にカインを刺した男の方がその場に仰向けで倒れる。

 見るとその顔には、先ほど男がカインを刺したのと同じ傷が入っており、脳にまで入ったその傷は致命傷となり、男の命を奪っていた。


「ったく、だから言ったのに……仕方のない弟達だ……」


 そう言ってカインはその場に膝を降り、死んだ男達の目を静かに瞑らせる。

 それはせめてもの供養のように。少なくともカインは男達に対し殺気や憎しみは一切抱かず、どころか哀れみや同情の感情を向けているようであった。

 無論、その顔には一切の傷はなく、先ほど起こった現象はまるで夢や幻のようであった。


「さてと、何か聞きたいことがあるんじゃないのかな? 紅刃嬢」


「そうね……」


 言ってお嬢様は地面に倒れる男達の死体と、その死因となった傷。

 そして、先ほどのカインに起きた現象を観察しながら考え、口にする。


「ひょっとしてだけどアンタ……“死ねない”体なの?」


「へぇ」


 そのお嬢様の問いにカインは興味深そうな顔を向ける。


「面白いね。死なないじゃなく、死ねないと問うあたり、君は結構鋭いね。それとも神話や聖書に詳しいのかな?」


「どっちもよ。ってことはあの伝承は本当だったのね」


「残念ながらね」


 言ってカインは肩をすくめる。

 伝承? それはもしかして――


「かつて、神は弟アベルを殺したカインを楽園から追放した。その際、神はカインに呪いをかけた。それは決して死なない不死の呪い。永劫生き続けるという地獄を味わせることで罰を与えようとしたんだろう。で、神は律儀にオレが他人から殺されない呪いまでかけた。それが――」


「報復の呪い」


「ビンゴ」


 お嬢様の答えにカインはウインクを送る。


「カインを殺すものには七倍の復讐が訪れる。つまり、オレを誰かが殺そうとすれば、その痛みは本人に反射される。効果は見ての通り、これがオレが有するスキル『報復』だ」


「なるほど。で聞きたいんだけど、そのスキルってのは何? さっきアタシを攻撃した男もそんなのを使っていたわよね」


 お嬢様からの問いにカインは笑みを浮かべたまま答える。


「スキルってのはこの地獄に落ちたプレイヤー。参加者が持つ固有の能力さ。千人の異常者と言っても様々な人間がいるだろう? それこそ君みたいに殺人を生業とするものだっている。そんな連中とただの一般人が戦闘しても結果は見えている。そこで悪魔はこの地獄に落ちた千人にそれぞれに相応しい固有の能力を与えた。それが『スキル』だ」


「なるほどね。で、さっきのやつは指先から弾丸を飛ばす能力で、アンタのは自分を殺す奴を逆に殺す能力ってわけね。それって反則じゃない? アンタの能力だけでこの地獄のデス・ゲーム全否定じゃない」


「はは、確かに。けど、これはオレの生まれつきの能力であって悪魔に与えられたスキルじゃない。だからこの能力も普段は自動的に発揮されているが、ちゃんとした個人戦……対戦ゲームだと、オレのこの呪いがスキルとして変化するんだ。まあ、それはその時に説明するよ。それに殺されないって言っても多分、人間に対してだけだよ。この第一ゲームの悪魔や死神相手にはさすがに無効だろう」


「そうでないとゲームとして公平ではない、からね」


 言ってカインの説明に紅刃お嬢様は頷く。

 確かにその通りだ。

 悪魔はあらゆる意味でゲームに対して真摯に、そして公平である。

 故にカインだけがそのような殺されないというチートを許すはずがない。仮にあの男が悪魔から愛されていようと、それとゲームは別の問題だ。

 お嬢様が僕の契約者であろうとも、ゲームで僕がお嬢様を決して助けないように。

 いずれにしても、あのカインという男。

 果たしてこのまま簡単に信用していいものか。

 そんな僕の心中をよそにカインは僕の方にも視線を送ると、なにやら意味ありげに微笑むのだった。

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