第10話 悪魔ごっこ②襲撃

「なるほど。三つ質問があるわ」


 そう言って紅刃お嬢様はカインの方を見る。


「このゲーム、参加者千人に対し133体の悪魔と、66体の死神が参加して殺し合いが行われる。じゃあ、その数は1199人のはず。けれど天井の数字は1200人を指しているわ。これはどういうこと?」


「いやいや、それは答えるまでもないだろう。本来、この地獄の参加者ではないプレイヤーが一人混じっている。それはオレが無理やり参加を強要したイレギュラーな人物」


 カインがそう答えると「ああ、そう」とお嬢様は頷く。


「つまり、アタシを入れて1200ってことね」


「そういうこと。で、二つ目の質問は?」


「それはアンタにじゃないわ」


 言って紅刃お嬢様は僕の方を見る。


「翠。アンタはこのゲーム中どうするの?」


 お嬢様のその質問に思わず僕は目を丸くするが、その答えは決まっている。


「もちろん、僕は悪魔ですから。お嬢様の味方はできません。それに知ってのとおり、僕は契約で単にお嬢様の傍にいるだけ。その役割はお嬢様の死を見届けるというもの。ですので、ここでのゲームでお嬢様が敗れて死ぬのであれば、その死は僕が看取ってあげますよ」


「アンタに看取って欲しくはないわよ」


 そう言ってお嬢様は明らかに嫌そうな顔を僕に向けた後、カインに向き直る。


「で、最後の質問は?」


「それなんだけど、さっきのルール、この一回戦は参加者が半分になったらその時点でクリアなんでしょう? まあ、そのために悪魔が参加者を殺すってことなんでしょうけど。それってつまり“参加者同士”でも半分にしてもいいわよね? ってことはさー」


 言って紅刃お嬢様が振り向く。

 その視線の先には数人の男達が紅刃お嬢様達を取り囲むように立っていた。


「こういう目に付いた人間を片っ端から殺そうとする参加者がいてもおかしくないわよねー」


「だな。さすがは紅刃嬢。このゲームの本質を見抜くとは、さすがさすが」


「褒めてないでアンタもなんとかしなさいよ」


「いやいや、そうは言っても彼らもオレからしてみれば同じアダム父様とイヴ母様の子孫、いわばオレの兄弟。そんな彼らを殺すなんてオレにはとても……」


 言ってお嬢様はカインの戯言を無視して、スカートの中に隠していたナイフを取り出す。

 それを見て周囲の男達がいやらしい笑みを浮かべ、それぞれ武器を取り出す。


「へへ、悪いな、お嬢ちゃん。オレ達はここで死ぬわけにはいかないんだよ。まあ、正確には俺ら全員死んでるわけだが、それでも蘇る可能性があるってなら、それにすがりたいのは当然だよなぁ?」


「ええ。だから、殺される前に相手を殺して次のゲームに参加したいんでしょう? アンタ達みたいな低脳の言い訳は聞き飽きてるから、やるならさっさと来なさいよ」


「面白い嬢ちゃんだ。おい! てめえら! やっちまえ! そっちの色白の男と片目隠した男も生かして返すな!」


「ひ、ひいいいいぃ!?」


 男がそう叫ぶと同時に周囲を取り囲んでいた連中が一斉に襲いかかる。

 紅刃お嬢様は向かってくる相手にナイフを突き出し、牽制。

 ジャックはなにやら叫び声をあげ、その場から逃げ出す。

 残るカインは特に逃げる様子もなく、ポケットに手を突っ込んだまま悠々と自分に向かってくる相手に「おいおい、やめようぜ。オレは弟達と殺し合う気なんて、ちっともないぞー」とか言っている。あの人、大丈夫なんだろうか?

 あ、ちなみに僕は彼らが現れると同時に少し離れた位置に瞬時に移動し、殺し合いを観察しております。

 なおその際、紅刃お嬢様が物凄い形相で僕を睨みました。

 ですが言ったとおり、僕はゲームでお嬢様達の味方をするつもりはありませんので。あしからず。


「ひゃっはー! 死ね! 死ね死ね!」


 そうこうしている内にお嬢様に近づいた男が無造作に手に持ったナイフを振り回す。

 が、その攻撃は一切お嬢様に当たることなく避けられ続け、お嬢様が放ったナイフの一閃が男の持ったナイフを弾き飛ばす。


「まるで素人ね。悪いけれど路地裏の喧嘩でアタシを殺せると思わないことね」


 そのままトドメを刺そうとするお嬢様であったが、しかし、ナイフを弾き飛ばされたはずの男が笑みを浮かべる。


「……はは、素人はてめえだ。お嬢ちゃん」


 言って男が指先を向ける。それは手で作った銃の形。子供がよくやるような遊びであり、今更そのようなもので何をするつもりなのか、とお嬢様が眉をひそめた瞬間であった。


「! 紅刃嬢! 避けろ!」


「えっ?」


 咄嗟に背後から聞こえたカインの声。それとほぼ同時にお嬢様の前にいた男が吠える。


「スキル『銃弾』!」


 瞬間、男が構えた指先から本物の弾丸が飛び出す。

 それは咄嗟に回避したお嬢様の頬を掠め、あさっての方へと向かう。


「ひゃはははは! 上手く避けたな! だが、弾はあと五発あるんだよ! おら、死ね! スキル銃――」


 そう続けて男が口にしようとした瞬間、ゴトリ――と鈍い音と共に何かが落ちる音がする。

 見ると男の肘から先の腕が切り落とされ、そこから血の噴水を吹き出している。

 足元に落ちている自らの腕を見た瞬間、男の絶叫が走る。

 が、その絶叫も即座に放たれた紅刃お嬢様の一閃により、首をかき切られ、男はその場で倒れ、二度と口を開くことはなかった。


「最初の不意打ちで仕留めきれなかったのがアンタの敗因よ。暗器を使うなら“絶対に殺す瞬間”に使いなさい」


 そう冷酷に呟くお嬢様に瞳には一切の容赦も、油断も、遊びの感情も消えていた。

 どうやら先ほどの銃弾の一発でお嬢様を本気にさせてしまったようだ。

 これはもう勝負あった。

 お嬢様の言葉を借りるわけではないが、相手を殺すなら相手が油断している時、または遊んでいる時にするべき。

 だがスイッチが入ったお嬢様に、もはやその隙はない。


 離れた位置にいる男がそれに気づいたのか慌てた様子で「スキル――」と何かを使おうとしたが、その隙はもうない。

 お嬢様は隠し持っていたナイフを男の顔面に容赦なく投げつけ、それは男の目を穿つ。

 絶叫と共に目に刺さったナイフを取ろうとするが、その隙をお嬢様が逃がすはずがなかった。

 すぐさま距離を詰めると同時に人体の急所、喉をナイフで深く刺し、男はわずかな苦悶の声を残すと、血の泡を吐きながらその場に倒れた。

 その後、周囲を確認するお嬢様であったが自分の周りに敵がいないのを確認すると、カインの方を振り向く。


「カイン、そっちは――」


 だが、その先で見たのはあまりに信じがたい光景であった。


「――ごっ、ふぅ……」


「ひゃはははは! バカが! 武器も持たず反撃もしないなんてな! これで一人殺したぜー!」


「なっ……!」


 そこに映ったのはカインを取り囲む数人の男達。

 そして、その男達によって体中のいたるところを刺され、血を流すカインの姿であった。

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