第8話 地獄への招待状

「さてと、それじゃあ早速地獄に案内するけれど準備はいいかい?」


「別にいいけれど、どうやってそこに行くの? まさか死ねとか言わないわよね」


「まさか。まあ、本来は死人によるゲームなんだけど特権が認められれば生者の参加もできるさ。特に君は悪魔との契約者だろう? それだけで十分参加の資格はあるよ」


 そう言ってカインは紅刃お嬢様の隣にいる僕を見る。


「ちなみに地獄への案内はオレがするよ。手を握ればすぐに地獄へ向かう。準備がよければ、お手をどうぞ。お嬢さん」


「アンタっていちいち言い回しが役者っぽいわね。演劇部にでも入っていたの?」


「ははっ、そいつは面白いな。まあ、性格的なものでね。気に障ったのなら許してくれ」


 改める気はないがね、という気満々で手を差し出すカイン。

 紅刃お嬢様もそれには呆れた様子で手を握る。


 次の瞬間、二人を中心に空間が歪む。

 奇妙な圧迫感。威圧感。異物感。

 わずかな目眩と共に、次に目を開けるとそこは別世界であった。


「さ、ここが地獄だ」


 カインがお嬢様の手を離すとそこはまるでスラム。

 打ち捨てられた廃墟の街であった。

 周囲にはボロボロになった建物やビルが並んでおり、どういうわけか空には何もない暗黒の空間が広がっている。太陽も星空も月も雲も何もない。

 にも関わらず周囲は明るく、まるで昼のようにしっかりと認識できる。


「……地獄って割には普通の街っぽいわね」


「はは、これが普通の街ね。お嬢さんは面白いね」


 紅刃お嬢様の反応にカインはとことん面白いばかりに笑みを浮かべる。

 僕も地獄に戻るのは久しぶりであったが、このような場所は見たことがない。

 察するに今回の地獄のゲームを開催するために“あの人”が作り出した場所であろう。

 周りが人間の知る建造物で満ち溢れているのも、そういうことだろう。


「か、カイン様! お戻りになったのですね!」


 そんなことを思っていると、こちらに近づく人影がある。

 身長およそ百八十センチ。かなりの長身であり、片目を髪の毛で隠したどこか気弱そうな青年であった。


「よお、ジャック。待たせたな。とっておきのメンバーをスカウトしてきたぜ」


「そうなんですか、よかっ……ひっ!?」


「?」


 しかし、そのジャックと呼ばれた人物はお嬢様を見るやいなやまるでゴキブリでも見たかのように青ざめ、カインの後ろに隠れる。


「か、カイン様……。そ、その人、女の人、ですよね……」


「まあ、見ての通りだな」


「ぼ、僕、女の人はダメなんですよ……! すごい苦手で……! い、言ったじゃないですか……!」


「はは、そうだったな。すまない。だが大丈夫だ。彼女はオレ達にとって有益な存在だ」


「か、カイン様がそういうなら……」


 そう言いながらもジャックと呼ばれた男は明らかにおずおずとした様子で紅刃お嬢様への警戒を怠っていない。

 それをお嬢様も気にしたのか怯えるジャックに声をかける。


「ちょっとアンタなによ。見るからに陰キャっぽい奴ね。そんなにアタシが怖いの? つーか、アンタ誰よ?」


「ひっ!?」


 お嬢様に近づかれ、ビクリと体を震わせ、後ろに下がる男。

 この人、本当に大丈夫なのだろうかと心配すると、


「ぼ、僕は……カイン様のお付きでジャック・ザ・リッパーって言います……。カイン様とお仲間ならこれから一緒に戦う仲間になります……ど、どうぞ、よろしく……」


「はあー!? ジャック・ザ・リッパー!? アンタ、それ本気で言ってんの!?」


「ひ、ひいいいいい!?」


 男の名乗りにお嬢様は信じられないといった叫びを上げる。

 それもそうだ。ジャック・ザ・リッパーと言えば英国を騒がせた伝説の殺人鬼。

 娼婦四人を殺し、その正体が掴めぬまま現代に至るという。

 ミステリやその手の謎が好きな人からすれば知らぬ人はいないという有名人。

 無論、彼が存在したのは百年以上前のこと。今現在、生きているはずがない。ということは――


「……アンタも死人で、今回開催される地獄のゲームに参加して復活しようってことね」


 紅刃お嬢様の言うとおりであろう。

 ここが地獄で参加者が死人ならば、何もそれはここ最近死んだ者達の魂とは限らない。

 それこそカインのように遥か神話の時代の人間が参加していてもおかしくはない。

 思わぬ有名人との出会いに一瞬驚くお嬢様であったが、すぐに状況を理解し頷く。


「い、いえ……僕は別に自分が生き返ることとかどうでもいいですし……単にこちらのカイン様の手伝いが出来れば……」


『はーい! お待たせしましたー! 地獄にいる千人の有象無象さん達ー!』


 その瞬間、この場に、いや、この地獄そのものに声が響き渡る。

 それは可愛らしい少女の声。まるで悪魔とは程遠い天使のような声。

 だが、そこから放たれる言葉はまさに悪魔の一言である。


『これから皆さんには最後の一人になるまで、この地獄で殺し合いをしてもらいまーす♪』


 それは地獄におけるデス・ゲームの開幕であった。

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