第6話 不殺人ゲーム②

「…………」


 ゲーム開始と同時にまずお嬢様は五人の人影を見る。

 左から身長百七十センチ前後、その隣は百五十センチ前後、真ん中の人影は百九十センチ前後、その隣が百二十センチほど、そして一番右が百五十センチほどの人物。

 それ以外に特徴はなく全員が真っ黒なシルエット。

 このような影のみの特徴でお嬢様が誰を殺して、殺していないか判別するのは困難。

 となれば、判別する方法は一つ。


「それじゃあ、質問」


 とお嬢様は一番左に立つ人物に質問を投げかける。


「アンタの名前は?」


「……砂野陸」


 その名を聞いた瞬間、一瞬だけ紅刃お嬢様の表情が強張り「そう」と静かに呟く。


「こいつは殺したわ。これで残るは四人ね」


「お見事」


 そう言ってお嬢様は一番左の人物を後にする。そして、次はその隣にいるシルエットに近づく。


「質問。アンタはどうやって殺されたの?」


「……毒で息絶えた」


 その答えにお嬢様は僅かに考える素振りを見せ、そこではあえて答えをせず、そのまま真ん中のシルエットへ近づく。


「質問。アンタは何をしていたの?」


「館の警備」


 そう答えるとお嬢様は少し考える素振りを見せて、答える。


「こいつは私が殺したわ。間違いない」


「へえ、なんでわかるんだい?」


「だって、こいつ私の父親の館の門を守っていたボディガードでしょう? 体格が似ている。直接目を見て殺したんだもの。どこにいたか分かれば、ほぼ断言できるわ」


 お嬢様のその答えに男は「ヒュー」と口笛を鳴らす。


「こりゃ驚いたな。まさかアンタ、今まで自分が殺した連中のこと覚えてるのかい?」


「ええ。名前を聞いたやつはちゃんとその名前も覚えているわ。何人殺したかも正確に数えられる。それがアタシに取っての殺しに対する矜持よ」


「なるほどねぇ」


 自らが殺した相手を覚える。それは自ら『殺人鬼』を名乗る人物からすればおかしな話だ。どころか、まるで『殺人鬼』の自称に合わない。

 いや、だからこその自称とも言えるのだろうか。

 相変わらず面白いお嬢様だと口の中で呟くが、本人の前では決して言わないようにしている。

 下手に怒らせてお嬢様に刺されるのも勘弁ですしね。


「それじゃあ……」


 そう言ってお嬢様は残る身長百二十センチほどのシルエットに近づく。

 だが、なぜかお嬢様はそのシルエットを無視し、一番右のシルエットへと近づく。


「あなたが死んだ日はいつ? 何年何月何日何時何分?」


「……2017年11月13日18時21分」


「そう」


 その答えにお嬢様はその一言だけを返し、そして、先ほど無視した身長百二十センチほどの影に近づくと、自ら膝をおり目線を合わせるように問いかける。


「……あなたの友達に音霧紅刃って子はいた?」


 妙な質問だ。

 お嬢様が口にしたその奇妙な問いに僕は思わず首をかしげる。

 が、お嬢様の目は本気であった。むしろ、その目にはどこか憧憬の光すら見える。

 そして、そんなお嬢様の問いに対し小さなシルエットは首を縦に振る。


「うん」


「……そう」


 その一言だけを呟き、お嬢様は顔を伏せる。


「さて、これで全員に質問したが、君が殺していない人物は誰だい?」


 問いかける男に対し、お嬢様は静かに立ち上がり顔を伏せたまま答える。


「一番右の人物。多分女ね。そいつよ」


「へえ、根拠は?」


「二番目のシルエット。そいつは浜平海でしょう。アタシが殺した人物でもあるけれど、残念ながら彼女の死因はアタシの武器によるものじゃなく、体内に回った毒。一番右の女が言った時間。その時間はアタシ、別の依頼で別の人物を殺していた。その時の依頼の日時は記憶しているし、アタシがその日殺したのはまったく違うシルエットの人物。それに男だったわ。よって一番右の人物よ」


「へえ、なるほどね。で、そちらの君と友達だった子はどうなの?」


「……答えなくてもわかるでしょう」


 男の問いに瞬間、お嬢様はこれまでにない殺意を男に放つ。

 それを見て、男が大仰に拍手をすると同時に空間が解け、先ほどの五つのシルエットも消える。


「いやいや、正解だ。さすがは音霧紅刃嬢。噂にたがわぬ人物像。自ら殺人鬼を名乗り、サイコパスを自称しながら、殺した人物のことは忘れず、その記憶を大事なものとしている。特に君が最愛としている者をこうして侮辱されれば、容赦ない殺意を見せる。まったく噂通り君は優しすぎる。殺人者には向いていないよ」


「そう、とりあえずアンタ殺すわ」


 そう言ってお嬢様はナイフを取り出し、男へ近づく。

 それは明らかに自分の大事な領域に土足で踏み入った男に対する怒りと殺意に満ちていた。


「おいおい、待ってくれよ。確かにこんな手段を取って悪かった。けれど、君が噂通りの人物か確認をしたかったんだ。ちなみにゲームに対する直感や勝負強さも見ておきたかった」


「それで? それがアンタの遺言。今までの中でわりと面白い遺言だから、まあアンタのことも覚えておいてあげるわ」


「おいおい、待てって言ってるだろう。それに人間にオレは殺せない。つーか、オレを殺そうとするのはやめておいた方がいいぜ。逆にアンタがやばい」


「どういう意味よ」


 お嬢様の問いに苦笑を浮かべる男。

 やがて、男はかけていたサングラスを取る。

 そこに映ったのは異常なほど真っ白な顔に、目の下に出来たクマ。

 アルビノ、というやつだろうか? 男の顔は象牙のように真っ白だった。


「白兎っていうのはまあ偽名だ。最初から本名を名乗っても信じられないだろうからな」


 言って男はどこからともなくマフラーを取り出し、それを首元にかけると自らの本当の名を名乗る。


「オレの名前はカイン。音霧紅刃嬢、あなたの力を貸して欲しい」

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