第5話 不殺人ゲーム①

「『不殺人ゲーム』?」


 男が発したゲームの名前に対し、紅刃お嬢様は眉をひそめる。


「そう。といっても簡単なものさ。ようは『殺してない奴』を宣言するってゲームさ」


 男の説明に更に紅刃お嬢様は不可解といった様子を見せる。


「……1から説明しなさい」


「オーケー」


 お嬢様のそのセリフに対し、男の背後に突然五人の人間のシルエットが現れる。

 大きさや形はそれぞれであったが、服や髪、体格といった全てが真っ黒に塗装された文字通りの影のような造形であり、それらを見た瞬間、紅刃お嬢様の眉が再び不快に歪む。


「ここに現れた五体の影の内、四人は過去アンタが殺した人物だ」


 男のその宣言に対し、紅刃お嬢様は反応を見せない。

 むしろ、その先を続けろとばかりにお嬢様は先を促す。


「で、この中の一人にアンタとは無関係の人間が含まれている。ようはそのへんの街を歩いているような普通の人間だ。で、アンタにはこの五人の中から、そのアンタが殺したことのない人間を見事宣言して当てて欲しい」


「なるほどね。ルールは分かったわ」


 男の説明に対し、紅刃お嬢様は納得する。


「けど、質問があるわ。いくらアタシでもどれを殺したか殺してないかなんてシルエットだけじゃ判別できないわ。まさかとは思うけれど勘で五分の一を当てろなんて言わないわよね?」


「まさか、それじゃあゲームにならないだろう。ちゃんと君に対して判別可能なルールは用意してあるよ」


 お嬢様からの質問に対し男は安心しろとばかりにルールの説明を続ける。


「君はこれからこの五人に対し、それぞれ一度だけ質問をできる。ただし、一度した質問を次の相手に使用することは出来ない。これは似たような質問もそれに含まれる。例えば最初の相手に「名前はなに?」と質問した際、次に「あだ名はなに?」と言ったように名前に関する質問は以後一切出来なくなる」


「なるほどね」


 男の説明に対しお嬢様は即座に頷く。

 なるほど。これは確かに少し厄介だ。

 現状、五体の人物は全員がシルエットであり、男か女かの判別すら不可能。

 この中でお嬢様が殺したことのない人物を一人だけ当てるとするなら、その質問こそが重要な要素となる。


 もしも相手がこれまで依頼で殺してきたターゲットなら、名前なり、目立つ特徴を質問すればわかるだろう。

 しかし、一度使った質問が二度と使えないとなると、相手を判別する要素がドンドン限られる。二度目、三度目までならまだ判別可能な質問も出来るだろうが、四度目、五度目ともなれば判別可能な質問をするのは困難。

 それまでに殺したことのない相手を見極めねばならない。


「ひとつ聞くわ。もしも、このゲームでアタシが負けたらどうなるの?」


 そんなお嬢様からの質問に対し、男は一瞬驚いたような顔を見せて、次の瞬間、思わず吹き出す。


「これは驚いたな。アンタともあろう人間が負けた後の事を考えるのかい?」


 そう言ってクツクツと笑う男に対し、しかしお嬢様は冷静な態度を崩さない。


「当然でしょう。リスクも分かっていないのに相手の土俵に上がるのは考えなしのバカのすることよ。アタシはゲームをする以上、そのリスクを十分に承知した上で土俵に上がる。負けた時も考えず、無条件で自分の勝利を思い込んで勝負に挑むのはただの考えなしであって狂気ではないわ。アタシは自分を


「……なるほど」


 お嬢様からの返答に対し、男は納得した様子で頷く。


「なら、断っておくが別に負けたもアンタに危害はない。魂や命を取ることもない。まあ、あえて言うならアンタの価値がこれで決まるって程度のものだ。安いものだろう?」


「そうね。確かに安いゲームね」


 男の挑発に対し、お嬢様はあくまでも余裕の笑みを消すことなく笑う。

 そして、五人のシルエットの前に立つと悠然と宣言する。


「それじゃあ、始めなさい」


「オーケー。じゃあ、アンタの実力を図らせてもらおうか。音霧紅刃さん」


 男のその宣言と同時に『不殺人ゲーム』なる遊戯が開幕された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る