第4話 ジョーカーゲーム②

「さあ、選びな」


 男が並べた二枚のカード。

 それを前にお嬢様は僅かに悩む素振りを見せる。


「アタシが必ずジョーカーを引く、ねぇ……」


 ボソリと呟き、相手の反応を見るが、それに対して男は絶対の自信をその顔に浮かべていた。


「ああ、お前は絶対にジョーカーを引く」


「ふーん、あっそ」


 その一言でお嬢様は決断をしたのか、左のカードを選ぶ。

 そうして、お嬢様の手に握られたのは――ジョーカーのカード。


「どうだ、言った通りだろう。お前はジョーカーを引くってな」


 男の自信満々の顔に対し、お嬢様は呆れたような表情を浮かべて呟く。


「何が絶対引くよ。それ、単に二枚ともジョーカーなだけでしょう」


 言ってお嬢様は残る一枚をめくる。

 そこにあったのは同じくジョーカー。

 そして、お嬢様がそれをめくると同時に、机の上に残されていたジョーカーの方が消える。


「このゲームは相手に対し二枚のカードを選ばせなければいけない。つまり三枚選ばせる必要なんてない。特殊ジョーカーがあるのなら、エースのカードの方を抜いて、相手に選ばせれば相手は確実にジョーカーを選ぶ。こんなの誰だって思いつくことでしょう」


 そう、それこそがこのゲームにおける必ず相手に一敗を与えることが出来る方法。

 単純なことだが、それに気づくことが重要となる。

 さらに言えば、そこからあることに気づいた瞬間、このゲームの必勝法は完成する。


「そういうことだな。これで一勝一敗。さあ、次はお前のターンだぜ」


「その前にアンタが胸ポケットに隠してるエースのカード渡しなさいよ。渡せるカードがあるなら、渡すのがルールよ」


 お嬢様のその言葉に男はにやけた笑みを浮かべながら、胸ポケットからエースを取り出し、それをお嬢様へ渡す。

 先ほどの策により男とお嬢様は互いに一敗ずつ。

 イーブンに引き戻したことで男の余裕も戻ったのだろう。

 先程までの慌てた状態から僅かに冷静になり、ここから先程と同じ罠が通じるかはわからなくなった。


「じゃあ、アタシの番」


 だが、もはやそんな小細工などする必要もないとばかりにお嬢様は即座に二枚のカードを机に置いて、相手に選ばせる。


「そうだ。アタシも一応言っておくわ。アンタはジョーカーを引いて負けるわよ」


 もはや勝負が見えたようにお嬢様は気だるげにあくびをしながら、そう宣言する。


「……へぇ、そうかよ」


 そんなお嬢様の態度に相手は少しイラついたのか、こめかみに青筋を立てながら、右か左かを悩み、やがて右を選択する。


「こっちだ!」


 そんな相手の怒声と共に選んだカードになど興味ないようにお嬢様はソファに寝っ転がる。

 そして、相手が選んだカードはドクロのついたカード――ジョーカーであった。


「なっ……」


 僅かに驚く男だが、手に持ったカードが自然に消滅していく。

 やがて男はそのカードの正体に気づく。


「特殊ジョーカー……。じゃあ、まさか!」


 咄嗟に男は机の上にあったもう一方をめくる。

 そこにあったのは同じくジョーカーのカード。


「さっきアンタが使った先方、アタシも使わせてもらったわ~。って言うか、そんなの誰でも使うわよね~」


「てめぇ……」


 あくびをしながら宣言するお嬢様に再びイラつく態度を隠すことなく見せる男。

 だが、すぐさま男は深呼吸と共に落ち着きを取り戻し、余裕を見せているお嬢様に宣言する。


「だが、これでお互いに特殊ジョーカーはなくなっただろう。勝負はまだここから変わる可能性もあるぞ」


 そう、まだこれで勝負が決まったわけではなかった。

 次に男がお嬢様にジョーカーを引かせ、お嬢様からのカードでエースを選べば同点。延長戦となる。

 そうなれば男にも挽回のチャンスはあり、それをわきまえたうえでの態度であった。が、しかし。


「いいえ、これでもうゲームは決着したわ」


 お嬢様はそんな男の言葉を全否定する。


「はあ?」


 わけがわからないと言った様子の男だったが、その一言を呟いて、全く反応を示さないお嬢様に男は怒声を上げる。


「おい、ふざけんなよ! なにが決着だ! まだお互いにあと一戦残ってるだろうが! 余裕ぶってないで、さっさとその胸元に隠してるエースのカードを出せや!」


 既にテーブルに残ったジョーカーを握り締めた男だったが、一向に残る一枚を出そうとしないお嬢様に怒りの声を上げる。

 だが、そんな男の怒声に対し、お嬢様はまるで氷のように冷たい一言を放つ。


「ないわよ。もうそんなの」


「……は?」


 その言葉に男は呆気に取られる。

 そして、そんな男をからかうようにお嬢様は胸元のボタンを外し、そこから何かを取り出す。


「言ったでしょう。アンタに渡すカードはもうない。だって――」


 そこから取り出されたのは、バラバラに引き裂かれたカードの破片。

 もはやゴミ屑としか呼べない紙の残骸であった。


「残ったもう一枚。アタシが処分しちゃったから」


 そのまま、ふっーと息を吹きかけ、バラバラとなった紙を吹き飛ばす。

 それを呆然と見ていた男は、その瞬間に何かに弾かれたように困惑が混じる怒声を上げる。


「ば、馬鹿な! な、なに考えてるんだ、てめぇ! そ、そんなのルール違反に決まってるだろう!」


「いいえ」


 だが、そんな男の言葉に対し、お嬢様は事実を突きつける。


「カードを破いてはいけない。なんてルールはない」


 その言葉に男はまさしく絶句する。

 そして、続くお嬢様の言葉に、その真意を悟る。


「そして、言ったようにアタシがアンタに渡せるカードはそのジョーカー1枚のみ。つまり、残る一戦はそのジョーカー1枚を使ってゲームをしないといけない」


「なっ……!」


 そこまで言われて、男も気づいたのだ。

 このゲーム。相手にカードを選ばせたら、その後、その二枚を相手に渡す必要がある。

 だが、この時、特殊ジョーカーが存在し、それが消滅した場合は、手元にあるカードを含めて二枚にして渡さなければならない。

 この時、重要なのは手元に残ったカードを渡すということ。


 つまり、何らかの理由で一枚しか存在しない場合はその一枚のみを渡すこととなる。

 このゲーム、相手にカードを選ばせるというルールに目が行っているが、肝心のそのカードの扱いについては一切に触れられてない。

 それこそ、先程男やお嬢様がやったようにジョーカー二枚を選ばせてもよいし、カードを破いてはいけないというルールすら存在していない。


 そう、このゲーム。実は最初の一敗を相手に与えた時点で、ほぼ勝ちを確定出来る方法があった。

 それこそがお嬢様が行ったカードを破くことによる残りゲームを不可能にすること。


「そう、もうアンタも気づいたでしょう。このゲーム、一枚でもゲーム自体は進行可能なの。ただ相手に選ばせることができないから、そのゲームは不成立で終わるだけ。反則なんて言葉は一言もない」


 そう先程男が質問した時に僕がそう答えたように、仮に一枚を選ばせる状況になった場合は単に不成立になるだけ。それでその試合は終了し、相手のターンに移る。

 これこそが、このゲームの必勝法。

 そして、それを完成させるためにお嬢様は最初の一戦で勝負に出ていた。

 あの時、お嬢様のターンに相手にジョーカーを引かせた。

 その時点でお嬢様の勝ちは確定したのだ。


 だが無論、それに相手が納得するかは別である。


「ふ、ふざけんな! イカサマだ! こんなのイカサマに決まってる!」


 そう言って喚くように叫ぶ男にお嬢様は呆れたように呟く。


「イカサマじゃないわよ。むしろ、これアンタがやっても良かったのよ? アンタが最初にジョーカー二枚を並べたとき、この方法を取っても良かった。それに気付かなかったアンタの失敗なだけよ」


「なっ……!」


 そう、このゲームのルール。僕はお嬢様にもなにも言っていない。

 これはお嬢様が自らそこに気づいただけのこと。

 もし、男が先にそこに気づいたのなら、あそこで男はジョーカーを破り、特殊ジョーカーとエースを並べれば良かった。

 そして、お嬢様が特殊ジョーカーを選び、次にお嬢様からのターンで男がエースを選べば勝負はドローとなり延長戦となり、次のゲームに行けていた。

 最もそうなるのも相当の運と駆け引きが必要であり、どのみち、男が勝つ確率は難しかったかもしれないが。


 いずれにしても、これにて勝負は決した。


「では残るワンゲーム。カード一枚のため、互いのターンの勝負が不成立ということで、これにてゲームは決着」


 そうして僕が下したその宣言に男は絶望の表情を浮かべる。


「ゲームはお嬢様の勝利、よってこれより紅刃お嬢様による殺戮を許可致します」


 敗者には死。

 悪魔が司るゲームにおける絶対のルールが執行される。


「ひ、ひゃああああああああああああッ!!」


 絶望し、席から立ち上がった男がすぐさま出口に向かって走っていく。

 が、すでにこの空間は悪魔である僕が管理する空間であり、男が外に逃げることはできない。

 男は必死にドアノブを回そうとするが、全く反応がなく「クソッ!クソッ!クソッ!」と喚く、男の背後に紅刃お嬢様が近づく。


「だから逃げられないって言ってるでしょうー。ここは悪魔である翠が管理する空間になってるから、人間にどうこうできないのー」


 言って笑顔を浮かべるお嬢様に対し、男は顔面を殴ろうと拳を振り上げる。

 それをため息一つでかわしたお嬢様は、そのまま相手の足を崩し、床に転ばせる。


「ぐ、あっ!」


 まさしく転がるように無様に倒れた男の体の上に、お嬢様がそのまま馬乗りとなる。


「好きなんでしょう? こうやって女の子に馬乗りにされるの?」


「なっ……! てめ――」


 男が何かを口走るより早く、男の首筋に一本の赤い線が入る。

 やがて一拍遅れた後、男の首筋――頚動脈より大量の血が吹き出る。


「が――あ――がっ――あっ――」


 パックリと裂けれた首を必死に両手で押さえつけるが、血は噴水のように溢れ出し、パクパクと魚のように開く唇からは、もはや声にならない叫びしか漏れていない。


「それじゃあ、望み通り、たっぷり上から突いてあげるから、好きなだけ絶頂していいのよ♡」


 右手に握り締めるナイフを両手で大きく振り上げ、そのままお嬢様のナイフは男の体を何度も突き刺していった。











「あーあ、服が汚れたわー。顔中もベトベトだしー。翠ー、悪いけどここですぐ清掃してもらえるー?」


「かしこまりました、お嬢様」


 顔や服のみならず、全身血まみれのお嬢様に対し、僕が軽く指先を鳴らすことで、その全身の血を全て洗い流す。

 それにご満悦なお嬢様は鼻歌交じりに僕へお褒めの言葉を与える。


「ありがとう。さっすが悪魔ね。こういう時、ホント便利で助かるわ~」


「恐縮です」


 うやうやしく頭を下げる僕に対し、お嬢様は床に転がる無残に死体に僅かに一瞥を与えた後、再び僕に命令を下す。


「そうだ、翠。そこのゴミもついでに始末しておいてね~」


「かしこまりました」


 お嬢様の許可を得て、先ほどの男を含め三人の死体を処理する。

 この部屋の各地に散らばった血の痕跡も飲み込み、これでこの場所で殺戮が行われたことは誰にもわからなくなった。


 が、その肝心の主犯であるお嬢様はどこか退屈げに鬱屈した様子を見せていた。


「どうか致しましたか、お嬢様」


「別に」


 と一言を返すも、やはりどこか不満げなお嬢様はしばしの後、心の内に溜めていた本音を漏らす。


「なんだかつまらないって思ってね。正直、こんなゴミみたいな連中を相手にしても全然楽しめないわ……」


「左様ですか」


「……これならあいつらの方が何倍も楽しめたわね」


 それはまるで遊び相手にをなくした猫か何かのように、手に持つナイフをいじるがそれも長くは続かない。


 あれから、お嬢様は時折、以前までの生活と同じように人を殺し、時にはこうして自らの命をベッドにかけたゲームすら行っていた。

 だが、そのどれもお嬢様にとっては退屈しのぎにすらならない遊び。

 自分の命の限界を楽しむ、自らが心の底から殺してもいいと思える相手に合うことなく、いわゆる“平凡な日常”を送っていた。


 非日常であるはずの殺人の日々が“平凡な日々”に落ちるというのは、お嬢様に取ってもはや苦痛でしかない。


「彼らでは楽しめませんでしたか?」


 そんな僕の冗談めかした言葉に、しかしお嬢様は今までにない真剣な表情で返す。


「当たり前よ。アタシが人を殺したいと思うのは、そいつのことを認めているから、こんなどうでもいい連中殺しても何の感慨も浮かばない。アタシが殺したいのは、だけよ」


 それに一体どういう意味があるのか。

 その意味を知るのはお嬢様だけであろう。

 とは言え、もはやここに長いは無用。

 そう思い、お嬢様と共にこの場を立ち去ろうとした瞬間であった。


“ぱちぱちぱち――”


「いやぁ、お見事。ずっと見てたけど結構やるねー。殺人に対する躊躇のなさに、そのえげつなさ。なによりさっきのゲームでのルールの隅をつく大胆さー。さすがだわぁ、音霧紅刃ちゃん」


「……アンタ、誰よ」


 見るとそこにはいつから居たのか、この部屋の扉にて片足を壁に向けて、こちらに拍手を送っている見たことのない男がいた。

 金色の髪に、黒のサングラスにいわゆるストリートファッションを身に纏った男。

 一見普通に見えるが、この状況においてこちらに拍手を送り、先ほどのお嬢様の行動を全て見た上での言動を考えると、普通の人間ではないのは一目瞭然であった。


「あー、オレ? 名前は白兎しろとって言うんだけどー」


「名前なんて聞いてないわよ」


 男のわざとらしい名乗りに少しイラついたの様子のお嬢様。

 しかし、そんなお嬢様に対し、白兎と名乗った男は愉快そうにクツクツと笑う。


「いいねー、その態度、なかなかそそるわー」


「なに、アンタも殺して欲しいの? お望みなら今すぐ馬乗りになって逝かせてあげるけど」


 手に持ったナイフをチラつかせるお嬢様に対し、白兎と名乗った男は再び大仰におどける。


「おっと、そう怖い顔しなさんな。なーに、どうせならアンタお得意のゲームでもしようや」


「ゲーム?」


「そう――」


 その男の単語に反応するお嬢様。

 そして、次の瞬間、お嬢様だけでなく僕にすら感じられた。

 男を中心にこの部屋の空間が塗り変わった事に。


「名づけて『不殺人ゲーム』ってのはどうかな?」

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