第3話 ジョーカーゲーム①
「それじゃあ、まずはオレの先行からだな」
コインによる裏表を決めたあと、ゲームは男からの先行となった。
男は紅刃お嬢様から受け取った二枚のトランプを必死で混ぜたあと、それをテーブルの上に並べる。
「さあ、選びやがれ」
「それじゃあ、遠慮なく」
そうして僅かな逡巡すら見せず、お嬢様は右のカードを選ぶ、めくったそのカードの図柄は――スペードのエース。
「なっ!」
「きゃは、ラッキー♡」
めくったカードを唇に持っていき、軽くキスするような動作をするお嬢様。
それに対し男は「ただの運だろう……」と吐き捨てるが
「違うわよ。アタシにはわかっていた。こっちがエースだってね」
「は?」
再び迷うことのないその断言に男は眉を潜める。
「アタシ、わかるのよ。アンタの考えが」
が、そのお嬢様からのえも言えぬプレッシャーに男はデタラメだと断言することができずにいた。
「だから宣言しておいてあげるわ。アンタは次、自らジョーカーを選ぶ」
「な……に馬鹿なことを!」
だが、そんな男の叫びに対し、お嬢様はただ楽しむような笑みを浮かべ掌にある二枚のカードを並べる。
そして、次なるお嬢様の一手に対し、男は明らかな狼狽を見せる。
「さあ――どうぞ」
スッ……とお嬢様は右側のカードを相手の方に向けて押し出す。
「……ッ!」
それは一見すれば明らかな罠の動きであった。
明らかにジョーカーを思わしきカードを相手の方へ差し出すというシンプルな作戦。
それをされることにより多くの相手は、そのカードがジョーカーだと思い、警戒する。
だが逆にそちらこそが白という可能性もよぎるだろう。
ゆえに思考はどん詰まりとなる。
どちらを選べばいいのか、その不自由な二択のみが目の前に記される。
悩むこと十数分。
お嬢様が行った即決とは異なり、長考の果てに男が選択したのは――
「――こっちだ! お前が差し出したカード! こっちがスペードのエースだ!」
そう言ってそのカードを手に取る男。
だが、その表情はすぐさま、絶望へと変わる。
「きゃははは! 引っかかった引っかかった! 残念ね~。そっちがジョーカーよ」
蠱惑的な笑みを浮かべ、相手を罵るように紅刃お嬢様は笑う。
それに対し歯ぎしりをし、憔悴した様子の男。
正直、先ほどの一手に関しては、ほぼお嬢様の手のひらの上であったと言っても過言ではない。
最初の相手からのカード。
あれをお嬢様がスペードを引いたのは単純に運であった。
いくら悩んだところで二分の一の確率に変わりはない。
だからこそ、お嬢様はあえて悩むことなく直感に委ねた。
それで負けたとしてもさしてダメージはなく、逆にスペードを引ければ、それは利用出来る。
即決という決断が、あたかも結果がわかっていたように演出出来る。
しかも相手が悪魔を従えるような人物なら、尚の事そうした妄想にハマる。
その後のジョーカーを差し出しての一手。
こうした状況の際、多くの場合、相手は差し出された方を選んでしまう。
無論、それではない可能性も多いが、相手の発言をブラフであると信じたいという心理が胸のうちにあるからだ。
なぜなら、その発言がブラフだと証明出来れば、自分は相手よりも上だという自信を得られる。
しかも、その直前に「自らジョーカーを引く」なんて言われれば、それをブラフだと信じ込みたくもある。
加えて、先ほどの流れからの思考により男の考えが単調化するのも致し方ない。
あの長考もどちらを選ぶか、ではなく、差し出された方をどういった理由で選ぶかという思考に差し変わっていたのだ。
選んでいるように見せかけて、最初から選ばされていた。
このゲームはただの二択ではなく、相手にどちらを選ばせるか、それを選択させるゲームなのだ。
その本質を見誤った時点で、男のこの一敗はもはや取り返しがつかなくなるだろう。
最も、それを自覚するのはもう少し後になりそうだが。
続いて再び男のターンが回ってくる。
自分の手元にある二枚のカードと、胸ポケットにある特殊ジョーカーのカードを見る。
そうして思考を繰り広げていた際、男は何かに気づく。
「……おい、ちょっと待て。質問だ。このゲーム、相手に選ばせるのは最低二枚のカードからじゃないとダメなんだよな?」
「ええ、その通りです」
「じゃあ、仮に一枚だけをテーブルに置いて選ばせようとしたら?」
「その場合はそもそも不成立となります。二枚のカードがそこに揃っていないなら、無条件で相手はカードを引かず、その勝負は終了。相手にカードを渡し相手のターンとなります」
「そうか……わかった」
僕の説明に納得したのか、男が頷く。
そして、顔を上げたその表情は先程とは異なりある確信を得た表情であった。
「女……さっきはよくもコケにしてくれたな。だが、今度はオレが宣言してやるよ」
言って男の顔に蛇のような笑みが刻まれる。
「次の勝負お前は必ず――ジョーカーを引く」
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