第2話 執事は悪魔

 執事の日課は大変である。

 常にご主人であるお嬢様の要望に答えなければならない。


「翠ー、早く来なさいよー、翠ー」


 そう例え外出中のお嬢様から連絡がかかってきても、即座にその場所に移動しなければならない。

 ため息を一つつき、僕は軽く一歩を踏み出し、お嬢様のいる場所へと移動する。


 見るとそこにはどこかの寂れたバーのような場所であった。

 客もオーナーもいなく、使われなくなった建物か。

 そんなバーの床に二つの死体と、腰を抜かし倒れている男の姿があった。


「翠ー、遅いじゃないー。さっきからずっと呼んでたのよー」


「申し訳ありません、無視していました」


 僕の正直な答えに対し「あっそ」と返すお嬢様。

 一方、目の前で倒れている男はお嬢様と、その隣に“突然現れた”僕を指差しながら、震える声を出す。


「お、お前……! い、今どうやって現れた……い、いや、そ、それより、お、オレをどうするつもりだ……!!」


 明らかに怯えた様子の男に対し、お嬢様はうんざりした様子でため息をこぼす。


「お嬢様。こちらなんですか?」


「知らないわよー。街歩いてたら、声かけられてモデルにならないとかなんとか、それで興味本位について行ったら、こんな寂れた場所に案内されて急に襲われたのよ。まあ、襲ってきた奴らは反射的に殺しちゃったけど」


 ああ、そういうことですか。

 お嬢様、見た目だけは可愛いですからね。

 でも残念。殺人鬼でした。


「それで、こちらの彼はどうします?」


「そりゃ、襲ってきたんだからこいつも返り討ちにするわよ。ヤるってことは殺られる覚悟もあるってことでしょう♥」


「ひ、ひぃー!!」


 完全に怯えた様子で後ろに下がる男。

 しかしすでに後ろは壁であり、完全に挟まれた形となる。

 そんな男に対して、お嬢様は懐からカードを取り出す。


「けど、アンタとアタシじゃ勝ち目なんて目に見えてるわけだし、そこでお互いのために公平なゲームで取り決めをしない?」


「げ、ゲーム?」


「そう。アタシが勝ったらアンタを殺す。アンタが勝ったら、このまま逃げていいわよ。アタシ達は追いかけないから」


 そんな突然のゲーム宣言に対し、疑惑の顔を向ける男。


「そ、そのゲームにオレが勝ってお前が追いかけてこない保証がどこにある」


 まあ、それはそうでしょうね。

 しかし、それに対しお嬢様は自信満々に宣言する。


「それに関しては心配しなくても保証してあげるわ。これは一種の『契約』だから、アンタが勝ったらアタシは絶対に手を出さないわ」


 ただし、とお嬢様を唇に手を当てる。


「アタシが勝ったら、約束通りアンタの命をもらうわ」


「よ、よし、いいだろう。やってやるよ」


 その瞬間、双方の取り決まりが決定し、お嬢様は近くのテーブルに座り、男もそれに倣うように向かい側へと座る。


「じゃあ、まずルールを説明するわ」


 そう言ってお嬢様は片方の手に「ジョーカー」。

 もう片方の手に「スペードのエース」を見せる。


「これからお互いにこの二枚を使って、片方を相手に選ばせる。もし相手が『ジョーカー』を選んだら一敗。相手が選んだあとはこの二枚を相手の方に渡し、今度は相手が同じようにこちらへ引かせる。これをお互いに三回繰り返して、最終的に相手に多くの『ジョーカー』を引かせたほうが勝ちよ」


「単純なゲームだな。いいぜ、やってやるよ」


 普通にやり合うよりはまだ勝ち目があると踏んだのか男の顔に余裕が浮かび上がる。

 だが、それを打ち消すようにお嬢様がある宣言をする。


「ただし、ここから特別ルール。お互いにこの『特殊ジョーカー』を持つとするわ」


 その宣言と同時にお嬢様の右手に特殊な図柄のジョーカーが現れ、男の右手の中にもそのジョーカーのカードが現れる。


「な、なんだ、このカード?! いつの間に?!」


 慌てる男に対して、しかしお嬢様は最初と変わらぬ態度のまま説明を続ける。


「この『特殊ジョーカー』。一度だけ、次に相手にカードを引かせる際に、カードに混ぜて使っていいわ。ただし、一度カードに混ぜて使えば、相手が選んだあと、この『特殊ジョーカー』は消滅する。これはその時、相手が選んでても選んでなくても同じ。まあ、要は使った『特殊ジョーカー』を相手にそのまま渡さないための処置でもあるわね。あと相手に引かせるカードは最低二枚からじゃないといけないわ」


 そのお嬢様の説明に男は辛うじて理解したという顔を向けるが、それ以上に男の視線は僕の方へ移っていた。

 なぜなら、先程その『特殊ジョーカー』を出した際、僕が指を鳴らすことでお嬢様と男の手にその『特殊ジョーカー』を出したのだから。


「それじゃあ、始めようかしら。ああ、そうだ。その前に最後に一つ教えておくわね」


 そう言ってお嬢様は悪魔のような淫靡な笑みを浮かべ告げる。


「このゲームを管理するのはアタシじゃなく、悪魔だから。その辺のルールはお互いに極めて公平とだけ言っておくわ」


「あ、悪魔? ど、どういう意味だ?」


 再び困惑する男にお嬢様は僕に目線を送り、それに答えるように僕は静かに頷き、閉じていた目を開く。

 そこにあったの真紅に輝くこの世ならざる人の眼。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕の名前は翠。今はお嬢様の執事をやっておりますが、正体は悪魔です。ですので、先ほどのお嬢様の宣言通り、あなたが負ければ死を、勝てば命を保証します」


 すっかり紹介が遅れて申し訳ありません。

 改めて、僕の名前は翠。

 殺人鬼・音霧紅刃様に仕える、しがない悪魔でございます。

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