第6話

 押入れの中に入ると、そこは板張りの古い日本家屋のようだった。正方形の部屋は四隅に黒い柱があり、壁は全面が障子の戸になっている。

 物はなにもなく、神社の一室のようだった。


「殺風景じゃろ。妾はここに神の職についてからずっといる」


 そう言うと神様は障子戸の一面を開けた。

 そこにはのどかな春の山が広がっている。

 外から先程の建物を見ると、ちんまりとした、あの一部屋しかない建物のようだ。


「神様、ここの山を降りるってことは出来ないんですか?」


 深い茂みなどがない、よくある日本昔話のような山を指差す。が、神様は首を横に振る。


「だめじゃ。ある条件を満たさないとここからは出れん。ずっと歩いてもここに戻ってきてしまうんじゃ」


 心なしか寂しそうに見える神様。

 そりゃあ見た目はまだ子供っぽい神様だから、いろいろ会いたい神様もいるんだろう。


「ある条件ってなんですか?」

「うーん、それは言えんのじゃ。ヒミツじゃ。だが、ここから出て自由になれるのなら、姉様に会いたい」


 そう言うと神様は、


「……ま、ここはこれしかなくて、面白味がない場所じゃ。つまらんから出てくれ」


 と、手をパンっと打ち鳴らすと、俺はもとの部屋にいた。なんとなくしんみりとした空気になった気がしたので、


「そうだ、神様。部屋を整えてもらってありがとうございました」


 とお礼を言う。

 口でお礼を言われることがなかったのか、ちょっと頬を紅くした神様は、それでも相変わらず


「ふふん、このぐらいお茶の子サイサイじゃ」


 と得意げに言っていた。


 ***


 次の朝。

 俺は、髪の毛ボサボサで不機嫌な女性の前にお菓子を差し出した。


「隣にこしてきた柏木と申します。よろしくお願いします」


 このスーパーお菓子なら!

 きっとスイーツ好きな女性なら!

 いいや、女性全般誰しもが!

 ほんのり甘くて柔らかいこのお菓子にっ!

 メロメロになるはずであるっ!

 むしろ俺が食いたい。大好物だしっ!


 そんな期待をしている俺に対し、目の前の女性は俺のお菓子に一瞥をくれたあと、ジロリと俺の顔を睨んだあと、チッ、朝っぱらからこんな用事で起こしやがって、と小さな声でつぶやいた。

 ……あのその、おねーさん、聞こえてますからっ。

 それでも一応の体裁は整えたいらしく、女性は下を向いてはぁーっ! と長いため息をついたあと、


「…………どうも」


 女性はそれをボソッと一言話したあと、お菓子をひったくるように俺から奪い、バタン! と扉を閉めた。

 アパートの廊下には、俺と酒臭い匂いだけが残されていた。

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