第5話 金魚

 池のほとりに着くと、まず時間を確認した。まだ5分程ある。


「とりあえず、満月を堪能たんのうしようぜ。」


 隼太の提案で空を見上げる。もうすっかり真っ暗になった夜空に、煌々こうこうと輝く月が浮かんでいる。


 満月の光と、その光が池に反射して、辺りは少し幻想的な空間をかもし出していた。池の中の鯉がゆったりと泳ぎ水面みなもが揺らぐ。ときおり静かな風が吹き、樹木の葉のこすれ合う音がする。


「これって、スーパームーン?」


「でかいな。」


 彩花と慎士の声が重なった。


「今まで意識して月を眺めた事なんか無かったから、良くわかんねえな。」


「そうよねぇ。いつが満月かなんて、気にした事無いし。」


「私も。」


 隼太と彩花の感想が自分と同じだったので、私はうなづいた。


「そうか。俺は部活や塾の帰りに良くながめてたけどな。」


「おおっ、慎士クン、ロマンチストォ!」


「うっせぇ、隼太。茶化すな。」


 男子二人はふざけ始める。


「ちょっと!!」


 彩花が怒った様な声を出す。


「はいぃっ、ごめんなさいぃっ。」


 隼太がふざけたまま返事をしたが、彩花はそれを気にも止めずに月を指差した。


「あれ、何だと思う?」


 今一度、4人で月を見上げる。すると、月の表面に黒い点があり、それが少しずつ大きくなっている。


「虫?それとも鳥?」


 私が呟くと、慎士が答えてくれた。


「いや、動きが変だ。羽のある感じじゃない。」


「ああ。どっちかっつーと金魚だろ。」


 隼太が突拍子とっぴょうしも無い事を言い出す。


「何バカなこと言ってんのよ。隼太の家は金魚を飼ってるから見慣れてるかもしれないけど、金魚が空を飛ぶわけ無いじゃない!」


 彩花が猛烈に批判する。しかし、どんどん近づいて来るソレは、確かに羽ばたくと言うより、うねりのある動きをしていて、明らかにその色合いは…。


「確かに金魚の色、してるね…。」


「それは認めるけど、でも…。」


 私と彩花は見ている物の仮説を認められず、うわごとの様に話した。飛んで来るソレから目が離せない。


「なんか、速いし…でかくね?」


「彩花、石田さん!かくれて!」


 隼太の言葉を受けて慎士が慌てて言うが、ソレはもうすっかり金魚だと認識出来るサイズになるまで、近付いていた。


「早く、その桜の木の後ろに!」


「えーっ、桜ってこの時期毛虫がいるじゃない。」


「大丈夫。変質者より金魚の方が断然良いし、空飛ぶ金魚ってすごいと思う。」


 彩花の返事と私の感想に慎士の肩がガクンと下がった。心配してくれたのに申し訳ないとは思うけど、空飛ぶ金魚だなんて不思議な物、2度と遭遇しないだろう。そう思ったら目を離すなんて出来なかった。


 すると隼太が右手で慎士を突っつく。体ごと私達の方を向いていた慎士は、金魚に背中を向けている。慎士が首だけ動かして隼太を見ると、隼太が苦笑いで左手で金魚の方向を指差す。


「うわあああ!!」


 振り返った慎士の前に、1メートル程の大きさの金魚の顔があったのだった。


「金魚さん、はじめまして。」


「隼太っ、何言ってんだ!!」


 慎士は素早く周りを見渡し、足元の枯れ枝を拾って身構えていた。


「す、すみません。」


 そんな慎士に対し、巨大金魚は口をぱくぱくさせながら話しかけてきた。私は彩花と顔を見合わせた。彩花はにっこりとして、言った。


「すごーい。」


「招待状って、キミがくれたの?」


 私達の反応に慎士は『この3人、ズレてる』、『まさか、俺の方がおかしいのか?』と呟いた。


 金魚は隼太の質問に対し、体ごと縦に2回頷いた。その巨体から風圧を受ける。


「あ、あの、助けて下さいっ。…いやっ、そのっ、招待したのは間違い無いのですが、大変な事になってしまって。」


 金魚はあせりながら、必死に話す。その様子を見て、慎士がまた『見た目は化け物だが、悪い奴では無さそうだ』と呟いていたけど、枯れ枝から手を離さなかった。


「た、助けて下さい。」


 再度、金魚が言う。


「助けるって、どうやって?」


 彩花が質問してくれた。


「とにかく、一緒に行って下さい。背中に乗って下さい。」


「オッケー!」


 隼太がノリノリで金魚によじ登る。


「隼太、さすがに早計過ぎるだろ。金魚、急いでる様だがもう少し情報をくれ。俺達を何処に連れて行く気なんだ?」


「チャイルドフット アイランドです。」


「ちゃいるどふっと…。」


 彩花がオウム返しをしようとすると、金魚が悲痛な声を出した。


「ああっ、時間が無い。お願いです、背中に乗って下さい。」


「取り合えず行こうぜ。何が待ってるか分かんねえけど。…夏は始まったばかりだぜ!」


 隼太がドヤ顔で言うが、金魚にまたがっているため締まらないと思ってしまった。彩花は私の顔を見て頷いて見せると、金魚の方に寄って行った。


 私は、というと内心『このまま付いて行って大丈夫か?』と思ったのだが、『彩花となら、今まで引っ込み思案で母に頼りきりだった自分を変えられそう』と考え直した。


 金魚に近付くと、先に乗った彩花が手を伸ばして乗るのを手伝ってくれた。


 しかし慎士はまだ躊躇ちゅうちょしている様だった。


「慎士。隼太の暴走止められるの、キミしかいないでしょ?来てよ。」


 彩花が柔らかな口調で言った。慎士は「いや、止めらんないし。俺よりむしろ彩花の方が…」と呟いていたが、ヤレヤレと枯れ枝から手を離し、金魚をよじ登ってきた。


「では、行きます。しっかりつかまって下さい。」


 金魚はゆったりと浮き上がると、満月を目指してうねうねと泳ぎ出したのだった。


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