第2話スーパームーン

 一週間後の帰り道、私は駅の階段を下りながら梅雨明け宣言をされそうな青空を見上げた。つい最近までぐずぐずしていた曇天とは大違い。今日は空が高い。


 日向は暑そうだな、と思いながら見回すと色の薄い月を見つけた。どうやら満月の様だ。


「あれ、何だっけ?」


 満月というワードが心に引っ掛かる。歩道を歩きながら考えていたら、昨夜の母のセリフを思い出した。



「明日はスーパームーンなんですって。」


 スーパームーン?と思ったが、ヘタに食いつくと母の話は長い。とにかく長い。友達にライン返して無い、とか、汗かいたから早くお風呂に入りたい、とか、こっちの都合もお構い無しだ。私の話も聞いてくれるが、ちょっと困ってしまうときもある。なので昨日は分かった様なふりをして、「へえ。」とだけ答えた。もちろん、後からネットで調べちゃったんだけど…。


「スーパーって言うほど大きく感じないけど。まだ外が明るいからかな、後で見てみようかな。」


 私は小さく呟き、帰路に着いた。



 夕食後、自室でスケジュール帳を開いた。夏休み中の美術部の予定や友達との約束を書き移す為に。…気持ちが夏に向かって行くのを自分でも感じていた。


 色ペンを使おうと机の引き出しを開けると、白い封筒が出て来た。その瞬間、満月とスーパームーンが結び付く。反射的に窓を見たが、部屋の小さな窓からでは月は見えなかった。だが、開けた窓から夏祭りの練習だろうか、太鼓と笛の音が聞こえてきた。心が弾んで来る音色だと感じた。


 スマホで時間を確認すると、6:28を表示している。


「月見神社、すぐそこだし…、ちょっとだけ覗いてみようかな。」


 さっき迄夏休みの事を考えていたせいか、いつもより猜疑心さいぎしんが薄らいでいた。



「ちょっと散歩してくる。」


 そう言って家を出ることにした。スーパームーンの話は振らない。そんなことを言えば母が…。なので母には、「コンビニの方に行くなら、帰りにアイス買ってきて。」と言われただけだった。きっと母は、今朝の会話を忘れてるんだと思う。大人は何かと忙しいんだろうし。


 歩きながら、どうして手紙のことを母に話さなかったのだろう、と考えた。最近、こういう事が増えて来た。


 一人っ子なのもあるかもしれないけど私は母と仲が良い。前は何でも母には話していて、特に高校受験のときにはさんざん話を聞いて貰っていた。それなのに、と思う。あれからまだ半年弱しか経っていない…。


 私は、自分の気持ちに対して何だか良く分からない不安に(ちょっと覗いてみるだけだし、いざというときはスマホで連絡すれば良いし…)と、心に蓋をした。

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