第1話 不思議な手紙
私は走っていた。空が急にどんよりと暗くなって来たからだ。まだ降らないで欲しいと願う気持ちも空しく、頬に水滴が当たる。
「あーあ、もう少しで家に着くんだけどなぁ。」
今朝の天気予報で雨が降るのは知っていた。学校のロッカーには折り畳み傘も入っている。が、今はテスト期間で帰宅が早いし、高校を出るときは初夏らしい青空が広がっていたので、持ち帰るのをやめたのだ。
ポツリ、ポツリと少しずつ雨の粒が増えていく。さっきまでの夏の香りを含んだ熱気がこの時期特有の雨の匂いに変わって行く頃、やっと自宅の門が見えた。
癖でポストを覗くとダイレクトメールが何通か入っていた。
「ただいまぁ。」
家の奥に声をかけながら靴を脱いでいると、母が「おかえり」と言いながらタオルを持ってきてくれた。それを受け取り、ダイレクトメールを渡す。
「制服、今のうちに洗っちゃおうか?」
「濡れたの少しだから良いよ。スプレーしてハンガーにかけとくから。」
「そう?じゃ、いつもみたいにブラウスだけ洗面所に置いといて。直ぐご飯の用意するから、着替えてらっしゃい。」
言われて階段を上り始めたが、母の言葉が追いかけてきた。
「待って、手紙があるわよ。」
よそのお母さんは分からないが、ウチの母は私の手紙を誰からとか、何の手紙かとか詮索することはない。差出人が母のよく知る友達からで、それが葉書であっても勝手に内容をチェックすることはしない。後から「何かあったら何でも言ってね」、と言うだけだ。年頃になった私を母なりに気遣ってくれているのだろうと思う。
「気付かなかった。ありがとう。」
追いかけて手渡してくれた母から手紙を受け取る。母は軽く頷き、昼食の準備に階下へ戻って行った。
夜、私は明日のテストの予習をしていた。期末テストは明日で最終日。気持ちは大分軽い。苦手な数学が終わっているのも大きいが、明日は大好きな音楽と得意な国語があるのでやる気が続き易いのだ。
眠気覚ましにお気に入りの音楽を流して、シャープペンを走らせる。辞書で確認したいことがあり、本棚に手を伸ばそうとして白い封筒が目に入った。
「誰からだったっけ?」
封筒には[石田莉奈様]、とフルネームが印字されてあるだけで、差出人の記名が無い。指先で封筒を摘まみ取り、休憩がてら手紙の内容を確かめようと思った。
引き出しからハサミを取り出し封筒の端を切り落とす。中には手紙が1枚のみだった。『手紙の内容が1枚しかないときは、何も書いてなくても、もう一枚添えるのが礼儀です。』中学のときの先生の話をふと思い出したが、気を取り直して手紙を広げた。
『しょうたいじょう
らいしゅうの まんげつのよる
(7じくらい)
月見神社の おくの いけに
きてください
おむかえに いきます』
まずは怪し過ぎると思った。封筒は普通のダイレクトメール風なのに(いや、差出人名どころか相手側の住所も無いから、それもおかしいけど)、中身は子供の字だし、平仮名だし。
それも池よ!と思う。月見神社は家からは近く、駅までのメイン通りの途中にあって神社の手前は公園になっている。外灯が整備されていて夜間でも明るいし、部活や塾帰りの学生がしゃべっていたり、(向かい側のコンビニで買った)軽食を食べていたりと寂しい場所では無い。参道も明るくて夏の夜は8時くらいまでカブトムシ等を探しに来た親子連れもいたりする。
…けれど奥は真っ暗だし、それに池の周りはフェンスに囲まれていて立入禁止のはずだった。
「変なの。…気分転換にはなったけど、明日のテストのが大事かな。」
私は便箋を封筒に戻すと、机の一番上の引き出しにしまった。
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