第七話
久しぶりの変身はそうと思えないほど馴染んでいる。大火力は望むべくもない非戦闘用スーツでも早速3隻の小型艦を落としていた。積極的な攻撃ではなく空中を飛び回り同士討ちを狙う戦法がうまくっていのことだが、重要なのは結果だ。
だが最も巨大な母艦を落とさなくては大局は変化しない。だが、勝つ必要はない。あの少年が逃げ出す時間を稼ぐだけだ。
母艦のあまりの巨大さで太陽が隠れ空は夜に変わっている。独楽に似た形状をした敵性星人の強襲殲滅艦。小惑星なら単体で粉砕することも可能な、既に滅んだ星の残党狩りに持ち出すには大袈裟すぎる兵器だ。
「容態変化、ショットギブス!」
武装を変化させ、両腕にギブスを装着する。先端から発射された光弾は全弾母艦を直撃したが、わずかに表面が割れただけで内部には届いていない。
走る向きを変え、母艦から降り注ぐ砲弾を回避する。地を駆け宙を飛び動き回る。目まぐるしく切り替わる視界に自分の位置を見失いそうだった。だがこの星は既に廃墟で、その点では周囲に気を使う必要が無い。
(貴様らが、そうしたんだ)
怒りにはやりそうになる気持ちを抑える。自分と敵だけ、それだけの関係に没頭するのはまだ早い。できるだけ最初の場所から引き離さなくては、脱出する彼の身に危険が及ぶ。
もう一度ギブスで上空へ向かってデタラメに打ち、すぐに移動しながら横目で確認する。通じていない。
このスーツの力で挑むのは無謀でしかなかった。ケガの重度によって火力が変動すると言っても出力には限界はある。抑制することのできるダメージについても同じだ。
もしここに正規スーツがあったとして、眼前の敵は数も質も一人で対応できる限度を超えている。
だがそれは重要なことではなかった。今の任務は敵の注意を集め、この星から一基脱出ポッドが逃げ出す迄の間を持ちこたえることだ。勝つ必要も生き延びる必要も無い。
(その見込みさえ……無いな)
にも関わらず戦意は漲っていた。勝つつもりで、生き残るつもりで戦っている。その理由は胸に手本となるヒーローがいるからだった。ただしそれは自分が理想とした英雄でも、練習生時代に教育されたマニュアルとも違う。
(彼のように、精一杯に戦わなければ!)
彼は死を覚悟して戦ったりはしない。必死は必至の無理を押し付けられても命懸けで生き逃れようとする。自分が彼に押し付けたものを考えれば、自分はこの死地にいつまでも踏み留まっていなければならない。
「容態変化、サージカルバインド!」
テープを伸ばしてビルの先端に巻きつけ、全速力を遠心運動で変換して真上へ飛ぶ。
ケガ人マンスーツ、生き残りの少年がそう呼んだこのスーツは宇宙ヒーローにとって非常時に備えたアンダーウェアだ。正規スーツは反発エネルギーを生み出し攻撃を無力化する効果を持っていて、それを突破された場合に備え予めこの非常用スーツを着用しておくことでダメージを抑え命を守る為にある。つまり現状は下着姿で命綱を振り回して敵を威嚇しているに等しく、当然と無謀と言えた。優秀な道具ではあるが優秀な武器とまでは言えない。多少の攻撃力は持っていても、包丁や金槌で戦車と戦うことはできない。
「容態変化、シーネ――」
空中で体ごと反り返して腕を掲げ、一気に振り下ろす。
「スぅラぁあッシュ!」
腕部が超長大に変形して出来上がった銀の刃は小型艦を叩き、うまく推進部を破壊してふらつかせて近くにいた母艦上へ墜落させた。母艦のほうはビクともしない。すぐに浮上しようとした小型艦が母艦から砲弾で砕けて爆散する。
これだけ豪快に犠牲を出すからには無人艦なのだろう。敵には失うものが無く、こちらはこの命ひとつっきりだ。
散り際に小型艦から拳大の飛行体が無数に放たれた。まるで死体から羽化した蛆が飛び出しているかのようだ。これには見覚えがある。廃墟と化したこの星に残っていた兵器がこれだったからだ。
「容態変化、ネットバリアー!」
大きく広げた網でいくつもの飛行体を逃さず絡めとる。これほど他愛の無いものに負傷させられ、ヒーロースーツまで失ってしまった自分が不甲斐ない。故郷の惨状を目の当たりにして戦意を保てなかった。それが敗因だ。
「容態変化、サンダーショック!」
両手に金属板を構え、電撃を放ってネットごと焼き尽くす。
残らず破壊した爆炎の火と煙で姿を隠し、敵の熱源センサーから消え攻勢に転じる。通常ならそうするところだが、今回ばかりは違う。ひたすら動き回り、ここぞというところで逃げに転じ続ける。スーツの有無は関係無く、これが時間を稼ぐ戦いであるからには攻めは百に一つで充分だった。
「こうも無様に戦うのは初めてだ! だがお前たちにもありはしないだろう、懸命な臆病者と戦った経験は!」
今のところうまく陽動し撹乱できている。砲弾は廃墟を平たくするばかりで、一つも触れられてはいない。こうなると敵の数も幸いしていた。射線が入り乱れる分回避は至難を極めるが、その分同士討ちも多くなる。
(まだか、彼はまだ出発しないのか?)
優勢はいつまでも続かない。非常用スーツという質の劣る道具、慣れない戦術、体力と気力が底を尽きかけている。
臆病を武器に戦うならもっと軽傷で変身するべきだったかもしれない。いや、そもそも今より低いレベルの出力では戦いにすらならなかった。そもそも彼を見習うのなら、進んでケガをすること自体間違っている。集中が乱れ雑念がぐるぐる巡り始めた。
横へかわして間近で炸裂した砲弾に対応が遅れた。とっさに両手で顔をガードしてもこのスーツはどこを損傷しようと変身の起因となったダメージへ帰結する。今回の場合は手首からの出血だ。
縮めた体に2発、直撃した瞬間意識が飛びかけた。
「容態変化――サージカルバインド」
作り出したテープで傷口を更に縛り上げ、逆の端を前方の廃ビルに引っかけ軌道を変える。落下からブランコ運動へ移り地表を滑って軟着陸することはできたが、本当は地面を蹴って更に先へ飛ぶつもりだった。もう思う通りに体が動かない。
「まだか、避難艇はまだ飛ばないのか! 救援信号も出しているのに!」
天に吠えても返事はない。この星は二度見捨てられる。
「くそっ! 容態変化、ジェットシート」
とにかくここから動かなければと、呼び出した噴射口付きの起動椅子へ乗り込もうとするが、それすらうまくいかない。失血が多過ぎて前後不覚に陥る。
今は射線の影になってはいてもそのうち小型艦に回り込まれるなり建物ごと破壊するなりされれば砲撃に晒される。すぐに位置を変えて、どこかへ逃げなければ時間稼ぎができなくなる。
(でも、もう……)
朦朧とした状態でしがみ付いた起動椅子に途中で放り出され、開けた場所を転がった。あの少年が通う学校に指定していた場所、その校庭だ。といっても幻影だけでなく、この建物は実際に学校だった。ほんの数週間前までそうだったように今でも子供たちの声が聞こえてきそうに錯覚するほどある程度の形を残している。
(ここなら……いいか)
最期の場所に相応しい。そう思えた。
起き上がる意欲も無く空を仰ぐとここからは敵母艦の影も遠く、視界は空でいっぱいに占められた。二度目の制圧の最中とは思えないほど気持ちの良い晴天だ。
その空に白煙が昇っていく。煙の根元はここ学校から見て憶えが深い方向で、煙の先で脱出ポッドがぐんぐん上昇していく。あの脱出ポッドは宇宙連合から支給されたそれなりの品だ。殲滅を目的として砲身のほとんどが下向きに備わっている敵艦の装備、そして位置からいっても補足される不安はない。
(持ちこたえた……)
自然と頬は緩んだ。満足だ。
無事あの少年が安全な星に向かって旅立っていく。要請した自分の救援が間に合わないのなら、これ以上時間を稼ぐ理由はもう見当たらない。自己犠牲という一種のヒーローの志が自分の中にも残っていたことを誇らしく思えた。
小型艦の駆動音が聞こえる。もうさほど待たなくともいいようだ。
これ以上尽くせる最善は無い。諦めの境地に達していると感じていたものの、悔しさがどうしようもなくあとから湧いて出た。役立つ風にはもう動かせない手足がぶるぶる震える。怒りが血が巡る。
(すまない、何もできなかった)
後悔が無いはずがない。故郷の星は滅ぼされ、今また蹂躙されている。
唐突に周囲が騒々しくなった。涙を遮断しようと閉じていた瞼を開き体を起こすと驚くべき光景が広がっていた。目を疑い、耳を疑う。子供たちが楽しそうに遊んでいる。ボールを追いかけ、長縄を飛び、楽しげに声を上げて思い思いに校庭を動き回っている。
追い詰められて気が狂ったわけでもなければ幻聴でもない。幻聴ではないが、かといって事実でもない。少年を騙す為に自分で用いた投影装置が作り出す虚像だ。校庭や校舎だけでなく、見える限りの町並みがまた作り出されている。
「ご作動? そんな、確かに設定は切ったはずだ」
こんなものは見たくない。もう二度と戻らず、守れなかったものを見せつけられながら死ぬなどまっぴらだ。
空中に操作パネルを浮かべて投影装置に働きかけようとしたが、アクセス権を弾かれた。
「まさか――」
ハッと気がつけば小型艦が間近に迫っている。下向きに集中した砲身から弾丸が発射され、半分をその影に侵食された校庭を無慈悲に砕き始める。
「やめろ! そんなこと――やめてくれぇ! みんな逃げるんだ!」
これは映像であって現実ではない。そうとわかってはいても大きく腕を振って声を張り上げた。子供たちはこちらにも敵艦にも反応せずにそれぞれ遊びを続けている。現実との干渉をオフに、設定が切り替えられている。
「ウソツキ。守るものが無いなんて、嘘ばっかりじゃないですか」
子供たちの中に、ここにいるはずのない姿があった。あの少年だ。
「そんな、なぜ君が? じゃあ、あの避難艇は――」
見上げると天へ登っていた白煙は大きく向きを変えて地上を差し、落下してきた脱出艇は目の前の小型艦を直撃して爆砕した。小型艦が浮力を失って傾ぎ、校舎に墜落する。
脱出ポッドは乗り込めば自動的に作動するように設定してあった。それを書き換えられている。投影装置といい、この少年に以外にそれができる者はいない。
「君、もしや記憶が戻ったのか?」
「まだですよ、残念ながら。でも色々本当のことを教えてもらって、やっとわかったんです。……アンタが何者か」
少年はポケットからリボンを取り出した。ピンク色の長いリボン。
「凛華に貰ったこれ、俺にくれたってわけじゃなかったんですね。だとしたら色々辻褄が合うってわかったんです。連れションとか、女物の服を着せようする変な趣味とか」
反射的に自分の髪に触れて確かめた。もうかなり傷んでいて、強く引っ張ればちぎれてしまいそうなリボン。
「外家ナオ、それは俺じゃない、アンタだ。子供の頃からヒーローを夢見てたのは俺じゃない。
アンタは記憶喪失の俺を、自分が過ごした昔の町の姿に放り込んだんだ。テキトーに作られた偽物ってわけじゃない、ここはアンタの思い出の中だ。
俺の感覚とこの町の文明技術が見合わなかったワケも俺が時々宇宙に出てたからじゃなくて、本当に時代が違ったんだ。記憶は全然だけど、投影装置も避難ポッドも操作方法はなんとなくわかりましたよ」
少年は自力で正解に辿り着いた。だからと言ってなにか景品を差し出せるわけでもない。必要と思った贖罪は彼が自分から放棄してしまっている。引き換えにするつもりでいた自分の命とこうして並んでいる。
「それで、ここに残ってどうするつもりだ。答え合わせをしてほしいわけじゃないだろう? 私が君にしたことに限って言えば今君の指摘した通りだ。君の正体については私も知らない」
「散々騙されたんです。今何か教えてもらったって信用できないですよ」
「ならば復讐か? 記憶が無いならいっそ復讐心も湧かないはずだ。君は一体何がしたい? この町を見ろ! 手の施しようも無い完全なる死人だ。見捨てても何も失うことはない。ここに何かがあると言うのなら私に教えてくれ」
「ふざけんな!」
怒鳴り声に驚いた。鼻に皺を寄せ歯を食いしばり、怒っている。散々な目に遭わせてきたが、こんな少年の顔を見るのは初めてだ。
「そんな顔で、ここに守るものは無いなんて言わせない!」
言われて顔を撫でた掌は濡れていた。
「スーツを渡してください。アンタが俺をヒーローにしたんだ。今更引き止められるなんて心外です。責任持って最後までちゃんと見届けてくださいよ。アンタは俺の主治医なんでしょ?」
差し出された手に、乗せていいのだろうか。これは重い重い重いものだ。少年がもう戻れない所にいるにしても、最後まで誰かに守られているべきではないだろうか。彼を守ったシェルター程の確かな約束をできない自分が憎い。
「まだ私を……主治医と呼んでくれるのか」
「しょうがないです。一応命の恩人ですし。記憶喪失になった俺をアンタが助けて、凛華に会わせてくれた。そのことには感謝してますから」
「凛華のことは――」
「いいんですよ騙してたことなら謝らなくて。じゃなきゃ凛華に会えなかったし、ここにも残ってないです。それより……先生にとって俺はまだ抱き枕ですか?」
ふっと、笑いがこぼれた。この状況で安らいでいる自分に驚く。それもこの少年が持つ力なのだろう。確かな、ヒーローの資質。
「まさか。君は立派なヒーローだ」
「それも本当は勘弁してほしいんですけどね。まあ、他に色々言いたいことはあるけど、とりあえず生き残らないと話にならないんで」
見上げると、艦隊がゆっくり近づいてくる。
「君は生き残るつもりで……あれに勝つつもりでいるのか」
「だって死ぬのって怖いじゃないですか」
いつも通りの調子で返ってくる言葉にとうとう声を出して笑ってしまった。つい今しがた死ぬつもりでいたところを、すっかり癒やされてしまっている。
「わかった。君に従う。コマンドコントロール、退院」
鼻からバンソーコーを外し、じっと上を向いて待っていた掌に託す。
「頼む、ケガ人マン。私の町を――」
『守ってくれ』と、そう言おうとした言葉を飲み込んだ。
「守ろう……一緒に!」
力強く返ってくる頷きの下で膝が震えていることは、彼が何も変わらない彼のままでいるとわかってむしろ安堵した。
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