26:女装でおしごと

 俺が母に恥ずかしい姿を見られた翌日のこと。


 俺とユウは二人で事務所までやってきた。今日も、仕事をするユウの付き添いだ。

  

 「どうも、おはようございます」  

 

 と、事務所のドアを開けてあいさつする。

 

 「あぁ、竜也くんおはよう。今日もよろしくね」

 

 と、マネージャーさん。

 

 ふと、彼女は伸び上がってこちらを見た。

 

 「あれ? 優斗くんは?」

 「あぁ、居ますよ。俺の後ろに」


 今この瞬間も、ユウが俺の背中を掴んでいるのを感じる。

 

 「……ほら、ユウ、早くあいさつくらいしろよ」

 「だ、だだだだだってぇ……❤」

 

 俺の背中にしがみついて、ユウは隠れている。

 

 まったく、何をそんなに恥ずかしがっているのやら。

 

 「コラ、挨拶はちゃんとしなきゃダメだぞ。それっ!」

 「やぁぁぁぁぁぁっ……❤」

 

 無理やり、ユウを引っ張って事務所の中に押し込む。

 

 「!? ゆ、優斗くん……! ど、どしたのその格好!?」

 「う、うぅぅ……お兄ちゃんが、着れって……❤」

 

 ユウが身に着けているのは、学校の制服だった。

 

 白い生地の上に、赤いスカーフがよく映える。

 

 紺色のプリーツスカートは、膝上くらいまでに調節されて、可愛らしく活発な感じだ。

   

 着ている人間のほうが可愛いこともあり、その制服は最大限に魅力を引き出されている。ご飯三杯はいけそうなほど、似合っていた。

 

 ただし、それが女子の制服であるということを除けば……だけど。

 

 「わぁ~~っ♡ セーラー服なんて! すごい似合ってるよ、優斗くんっ!」

 「うっ、うぅ~~~っ……❤」

 

 恥ずかしさのせいか、ユウは顔を押さえてうずくまった。

  

 「ユウ、スカートでそういう格好すると、パンツ見えるからやめたほうがいいぞ」

 「の、覗き込みながら言わないでよぉぉっ、お兄ちゃんっ……❤」

 

 なぜユウがセーラー服など着ているかというと、話は昨日に遡る。

 

 俺がエロい動画を見てるのが母にバレた、その後の話だ。

 

 「……ところで、お母さんこんなもの見つけたのよー。すごいでしょ」

 

 と、母はカバンから何かを取り出した。

 

 それは、セーラー服だった。


 「え……!? 何それ」

 「お母さんが学生の時着てたのよー。実家で、偶然見つけてね。なんとなく持ってきちゃった♡」

 

 セーラー服、それからスカートが広げられる。脱いだ状態の女子制服を見ることなんてないから、なんだか新鮮だ。

  

 「へー、昔の制服もけっこう可愛いもんだなぁ」

 「でしょぉ?♡」


 ユウと同様、ちょっと色っぽい声で、母は微笑んだ。

 体の前に、制服を当ててみせる。

  

 「まぁ、お母さんはもう、着られないと思うけどね」

 「……サイズ的に?」

 

 母は、とつぜん俺の後ろに瞬間移動してきた。

 

 「わっ!?」

 

 次の瞬間、俺の頭が両こぶしでぐりぐり圧迫される。

 

 「あーっあいたたたたたたたたっ!?」

 「お母さんはまだそんなに太ってないわよぉ、タッちゃん。ふふふふふっ」

 

 次の一瞬、また母は俺の前に瞬間移動した。この人は、忍者か何かだろうか……?

 

 母はいちおう笑っていたけど、目だけは笑っていなかった。怖い……。

 

 「で、でも、着られないのに持って来てどうすんの?」

 「うーん、どうしようかしら……❤ 捨てるのも忍びないし、とりあえず、クローゼットの中にしまっておこうかなぁ。タッちゃん、着たいなら着てもいいよ♡」

 「着ないよそんなの!」

 

 たぶん、体格的に俺は絶対着れないだろう。

 

 「それか、カノジョさんに着てもらうのもありね。『制服着てると燃える』って言う人、よくいるもの。あ、お父さんもそういう――」

 「明日香はまだ現役女子高生だよ!」

 

 聞きたくもないエロネタを口走られそうだったので、俺は急いでツッコミを入れる。

 

 やがて、ふんふんと鼻歌を歌いながら母はいなくなった。

 

 それにしても、セーラー服か……。

 

 「……うん、これは使えるかもな」

 

 

 「――というわけで、ユウにセーラー服着てもらうことにしたんですよ」 

 

 と、俺は説明を終えた。

 

 「ふぅん、なるほどね」

 「お、お兄ちゃん!? だからってなんで、ボクが着ることになるの!?」

 

 ユウは自分の体を抱き、涙目で制服を隠した。椅子の上に座りながら、脚を抱え込んでいるので、やっぱりパンツがちょっと見えてしまう。

 

 パシャッ。

 

 「まぁまぁ、硬いこと言うなよ」

 「と言いつつ、下着を写真に撮っちゃうなんて、ちょっとはっちゃけすぎじゃないかい? 竜也くん……」

 

 マネージャーさんは、呆れて脚を組んだ。

 

 その目線の先には、俺のスマホ。

 

 ユウのスカートの隙間から覗く魅惑の三角地帯が、ばっちりと画面に記録されていた。

 

 「ちょっとぉ、お兄ちゃんっ……❤」

 「ま、これは冗談ですよ」

 「……竜也くんって、けっこう鬼畜な所あるよね」

 

 ユウも、マネージャーさんも、困った顔をしていた。申し訳ないが、俺の嗜好をバラすのはNG。

 

 「ほら、ユウって声優やってるけど、なるべく正体ばれたくないでしょ? だから、仕事する時は、セーラー服着たらどうかって言ったんです。そうすれば、何かの拍子に誰かに見られたって、男子中学生とはバレないっすからね」

 

 俺は滔々と語った。

 

 「ははぁ、なるほどね。まぁいいんじゃないかな」

 「ま、マネージャーさんっ、納得しないで下さいっ……❤」

 

 結局、セーラー服のまま「せっぷチュ♡ サムライ☆ガール」の収録現場に向かったのだが……。

 

 まず、セーラー服&ミニスカートなどという瑞々しい格好のせいで、ユウを目にした男性スタッフは全員前かがみに。

 

 しかも、思わぬ「副作用」はそれだけじゃなかった。

 

 ユウは恥ずかしがっていたので、心なしか演技にもそんな感情が入ってしまう。いつもの2割り増しくらいのエロボイスに、男性はもちろん女性スタッフさえ、聞いてるだけで頬を真っ赤にする始末だった。

 

 恐るべし、セーラー服の威力……!

 

 「なんだ、いいこと尽くめだったじゃないか。やっぱり女装は最高だな!」

 「ふぇぇぇぇぇぇっ……❤」 


 しかし、ユウが女装かぁ……。

 

 はっきり言って、めちゃくちゃイイな。その線もちょっと考えてみてもいいのかもしれない。俺はニヤリと笑い、頭の中で妄想を膨らませていった。

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