23:ウグイス嬢(男)
さる日曜日。
俺と明日香は、野球場へとやって来た。もうすぐ、試合が始まる。
いちおう、付き合ってるんだから、これは「デート」ということになる。
の、かな……?
「お、明日香、始まるぞ! ビデオの準備は万全か!?」
「オッケー、任せといて!」
ノリノリで返事をしつつ、明日香はビデオカメラを回した。
次の瞬間、球場のスピーカーがうなりをあげる。
『皆様、ながらくお待たせいたしました……❤ ただいまより、第2回戦・○○高校対××大学付属の、選手をお知らせいたします♡』
――という、やたらにハートマークのついた、色気のあるアナウンスが大音量で流れ始めた。
がやがやしていた客席が、急に少々静かになる。
かと思うと、一瞬後、また盛り上がりを見せた。
「何このアナウンス――」
「ウグイス嬢が――」
とか、そんな言葉が聞き取れた。
どれも、やたらとセクシーな声に驚き笑い、そして興奮している。
そしてここにも、虜になったのが一人。
「わぁーっ、ユウくんの声、やっぱすごいねぇ。スピーカー越しでも、すごいえっちだよぉ……!」
と、顔を恍惚とさせる明日香。
「そうだな……! やっぱユウは最高のウグイズ嬢だよな! 男だけど!」
そう。
「デート」といいつつ、実は二人きりではない。
ユウが一緒なのだ。今、ユウは球場のアナウンス設備のところにいる。つまりは、事務所の仕事をしているのだ。
俺と明日香は、ユウの仕事っぷりを記録するために来たというわけだった。
『――選手は、以上です♡ どなた様も、両チームの選手に、暖かい声援をよろしくお願いいたします……❤ 試合開始は、午後1時を予定しております♡』
「うわぁ……っ」
ユウの艶めいたボイスが、超拡大されて球場中に響いていた。
「な、なんか、聞いてるこっちが恥ずかしくなって来たわ……」
「そ、そうだね。タッちゃん、なんかニヤニヤしちゃってるよ♪」
「うわっ、カメラ向けるな!」
ニヤニヤを抑えつつ、カメラをさえぎる。
「ん~、でもニヤニヤしちゃうよね~。私のユウ君の声が、みんなに……!」
「おい、今『私のユウ君』って言ったか?」
明日香は、俺を無視し、
「大切なものを寝取られたような、なんだか複雑な気分ね……ふふふっ♡」
えぇ……?
き、気持ち悪いなこいつ。いったい何言ってるんだ……。
「あ、今気持ち悪いって思ったでしょう!」
「鋭いな、明日香……」
「タッちゃんだって、男のクセに弟を
「……」
返す言葉もございません。
試合終了のタイミングで、俺達はユウのところに向かう。
マイクに向かって、しゃべる準備をしてるユウがいた。
それとなく手を振ってみると、
「……あ、お兄ちゃんっ♡」
と、中からぶんぶん手を振り返してきた。
「なんだか、授業参観みたいね」
クスッと、明日香が笑う。
ほどなく、ユウは最後のアナウンスをした。
『――本日の試合は以上です♡ お疲れ様でした♡ どなた様も、お気をつけてお帰りください……❤』
色っぽくかすれた余韻を残しつつ、ユウはマイクの電源を落とす。
こんなに可愛らしい声じゃ、みんな帰りたくなくなっただろうな……。
てきぱき後始末をするユウに、俺は嘆息した。
「仕事してるユウも、けっこうかっこいいな」
「……そうだね。ユウ君も、だんだん大人なんだ」
明日香は、ちょっと寂しそうな顔をする。
「ついこないだまで……っていうか今も、すごいちっちゃくて可愛くてえっちな子としか思ってなかったのにっ」
「……それ、けっこう酷くないか?」
「タッちゃんだって思ってるでしょ! だって、
「うっ……!?」
やっぱり、返す言葉はなかった。
せっかくユウのお仕事姿を見に来たので、最後に写真を撮ることにする。
俺は、カメラを構えた。
スマホではなく、一眼レフカメラ。
いちおう、写真屋の息子なので、これでも父にけっこう仕込まれている。カメラの撮り方には、うるさいつもりだった。
「じゃあ、ユウ、そんな感じで。はい、チーズ!」
この時撮れた写真は、限界まで引き伸ばし印刷をされて、俺の部屋の枕元に飾ってある。
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