09:恋人っぽくない恋人
弟にうつつを抜かしている俺。だが、真面目に学校は通っている。
今日も今日とて、ユウと一緒にマンションを出た。
マンションの一階に「フォトスタジオ・インディゴ」と看板のかかった店がある。
そこが俺らの家だ。
店のことを手伝わされたりはするけど……一階なので、上り下りしなくていいのは楽だな。
「あ、お兄ちゃん、来たよ」
「お、本当だ」
エレベータでなく、わざわざ階段で降りてきた女子がいる。
そいつは、うちの学校の制服を着ていた。
息を乱した様子もなく、
「やぁユウ君、オハヨー! 今日も良い天気ねっ♪」
と、手にしたテニスラケットを上げてあいさつした。
「
ユウは、ていねいに頭を下げた。
俺は、その女子にツッコミを入れる。
「……おい明日香。なんでカレシじゃなくて、カレシの弟へ先にあいさつしてんだよ」
「え~? ごめんごめん、怒った?」
と、明日香がポニテを揺らしながら言った。
この女子は、いちおう俺のカノジョである。
昔からこのマンションに住んでいて、学校も同じだった。まぁ腐れ縁というやつか。
家族ぐるみで付き合っていて、親同士もよく行き来している。
恋人になったのも、友達の延長という感じだ。基本的にクセがないやつなので、話しやすいのが助かる。
可愛さでは、ユウに負けるけど。
ていうか、そこでユウに勝てる女なんて、クレオパトラくらいだろう。
「だって、ユウ君って超可愛いんだもん!」
「そうだよな。なら、許した」
と、俺は即答した。
「えぇっ……ちょっと、お兄ちゃん?!」
「あははは! だよね~。ユウ君、私より絶対カワイイもん!」
「そ、そんな……ボク、男ですよ? 明日香さんのほうが――」
ユウはおろおろしていた。恥ずかしそうというか、はがゆそうだ。
「かわいい」と言われるのが好きじゃないのかな?
「もう、謙遜しちゃって、このこのーっ」
「ひゃっ!?」
明日香が、ユウのこめかみをぐりぐりする。ユウは、目を回した。
「おいおい、その辺にしとけ。ユウのほうが可愛いからって、嫉妬するなよ」
「えーっ、ひどっ?! カノジョになんてこと言うのっ」
明日香はラケットを振り回した。
「安心しろ。ユウに勝てるやつなんていないから」
「まぁっ、そうだよね~。張り合ってもしょうがないね!」
態度をコロッと変え、明日香はラケットを納める。
「えぇぇぇっ、明日香さんまでぇ……っ!❤」
ユウは泣きそうな声で言った。
その声も、またかなり魅力的。
俺も明日香も「ゾクッ」と身震いする。
さすがは声優、って感じだ。
「え、二人とも、どうしたの……?」
「「な、なんでもない!」」
俺と明日香は、慌てて何食わぬをした。
「さ、学校行きましょっか」
「その前に、明日香。ちょっと話があるんだ」
俺は、建物の影に、明日香を引っ張っていく。ユウからは見えない位置だろう。
「明日香!」
と、彼女の手を握る。
「えっ、えっ、どしたのタッちゃん!?」
タッちゃんというのは、俺のあだ名だ。
某野球マンガとは、なんの関係もない。
「ありがとう! あのチョコレートもらって、マジで助かったわ!」
と、俺は半分涙目で言った。
何しろ。あのチョコレートボンボンがなければ、ユウをお手軽に昏睡させられるなんて気づかなかったし。
「え? あれ、そんなに美味しかった? 食べきれないからあげただけだけど……」
「それでもいいんだよ! なんでも礼するぞ!」
「えぇっ!? なんでもっ? うそ、どうしよ……なんか迷っちゃうな」
明日香は、急にウキウキしだした。
「いっとくけど、高校生の小遣いの範囲でできることだけな」
「分かってる分かってる。ま、考えとくよ。早く学校行こう? 朝練遅れちゃう」
俺たちが戻ると、ユウが気まずそうにもじもじ立っていた。
儚げな表情と華奢な体つきで、そんなポーズはすごく絵になる。雑誌の表紙になっても、おかしくなさそうだ。
「あ、お兄ちゃん、明日香さん」
「……どうかしたのか、ユウ? そんな可愛い顔して」
「え? ええと……」
ユウは、ますますモジモジした。
「あの、ボクもしかしてお邪魔なのかなぁって……?」
「邪魔?」
「うん、二人の……」
「二人???」
すこし考え込んでから、俺は、
「あぁ、二人って俺と明日香のこと?」
明日香とつきあってることを、一瞬忘れてしまっていた……。
「う、うん。だからね、ボク、これからは邪魔にならないように一人で登校しようか……?」
その瞬間、俺は目を剥く。
「は!? な、何言ってるんだよ! お前は一人で出歩いたら襲われるだろ?! 性的な意味で!」
俺は力説した。
明日香も力説する。
「そうよユウくん、遠慮しないで! それに、毎朝ユウ君の顔を見るのだけが、私の毎日の清涼剤なんだから!」
……どうやら、カレシの顔を見るのは、清涼剤じゃないらしい。
ともかく、俺も明日香も食い下がった。
「わ、分かったよ……。じゃあ、お兄ちゃんたちと一緒に行くね♡」
恥ずかしそう、かつ嬉しそうに、ユウは微笑んだ。
学校に着くと、ユウは中学部校舎へてくてく歩き去った。
「あぁっ……ユウ君って本当に可愛いよね。私ほんわかしちゃう……♡」
「うん。世界で一番可愛いな」
「ホントホント! いやー、タッちゃんがうらやましいなぁ、あんな子と毎日一緒にいられるんだもん」
と、大盛り上がりで高等部校舎に向かう俺と明日香。
いちおう恋人どうしなんだけどなぁ。
二人とも、ユウのことばかり話題にするって、やっぱりおかしいよな……?
だがやめない。
「今度さー、ユウ君、うちに泊まってったらいいよ!」
「それはダメ」
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